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    4.内緒の生活    
       
(21/又は継続される顛末)

  

 第七小隊が展覧試合の後始末を終えるまでの間、ミナミとマーリィは中央統合連盟府本部ステーションのリゾート・エリアにある、瀟洒なホテルのゲスト・ルームに案内される事になった。

 本来ならば、モノレールの貴賓車輌でやって来たふたりがファイランに帰れるのは明日の午前中、定期便のモノレールが運行されてからなのだが、そこはさすがに抜かりのないクラバインが、第七小隊帰還用に手配した特別便に乗車出来るよう手続きを取ってくれらしい。

 リゾート・エリアは、闘技場のあった議会施設からフローターで三十分ほどの距離。誰もかれも忙しいし、暇なミナミとマーリィに付き合ってもいられないだろう、と小声で話し合うふたりを闘技場のゲートで迎えたのは、いつの間にステーションに来ていたのか、ミラキ家の執事頭リインだった。

「…案外神出鬼没」

「クラバインにいさまとリインの行動に疑問を持ったら、夜も眠れなくなります」

 だから諦めましょう。と可憐な笑みを向けられて、ミナミはなんとなく「…そう」と生返事した。

 外からは中の見えないマスク・シェードの立派なフローター。その後部座席のドアを開け放ち、きっちり背筋を伸ばしてミナミとマーリィの到着を待っていたリインも、その通りでございます。と計算しつくされた朗らかな笑みで二人を迎え入れる。

「ご希望であれば本日はホテルにお泊まり頂く事も可能となっておりますが、いかがなされますか? ミナミ様」

「…なんで俺に訊くんだよ……」

 ハンドルを握るリインに軽く抗議しながら、ミナミがちょっと疲れた溜め息を吐く。

 本当に、いろいろあった。正直疲れているので、休んでいい、と言われるのは嬉しいのだが…。

「ステーションの高級ホテルの最上階だから!」

 胸の前に手を組み合わせて目を輝かせたマーリィが、必要以上に広いフロータの、向かい合った後部座席、運転室側でうっとりとした声を上げる。

「ステーションの高級ホテルなんて、ロビーだって一般市民には縁遠いんですよ、普通は。その更に最上階にあるゲスト・ルームと言ったら、それこそ、陛下か貴族院の幹部議員くらいしか足を踏み入れられない、夢のような場所ですっ!」

 ふわふわの少女に力説されて、ミナミは唖然とした。

「ちなみに、お金があっても泊まる事は出来ないんですよ、ゲスト・ルームって。あくまでもそこは、ステーションのゲスト用に支度されているんですもの。? なら、どうしてわたしたちが通されるんでしょう? 確かに来賓扱いでステーションには来ましたけど、連盟にしてみたら、貴賓でも来賓でもないのに…」

 真白い髪を微かに揺らしたマーリィが、さも不思議そうに小首を傾げる。とミナミは視線をマーリィからリインの後頭部に移し、少し考え、彼にそっと訊ねてみた。

「陛下のご厚情って受け取るべきなのか? それ…」

「ご自由に」

 さて、ここでそう含み笑いで言われてしまうと、先の質問が、ひどい意地悪か裏のある懇願のどちらか、という疑いが出てくる。マーリィは特に気にした様子もなくぴかぴか光る真紅の瞳で、色気のない議会施設から抜け、リゾート・エリアに差し掛かった車窓、華やかなショップの並ぶ町並みをを見つめているだけだが…。

「…きっと、二度と見る機会もないでしょうね…。こんな、賑やかな場所」

 不意にぽつりと呟いたマーリィが、背凭れに身体を預けて短い溜め息を吐いた。俯いて長い睫をしばたたかせるのを観察者の瞳で見つめるミナミに気付かず、少女はとつとつと独白する。

「わたしは自由だけれど、浮遊都市という全ての場所はわたしのような…遺伝子に欠損のある人間には冷たいんですもの。それを気にしている訳でもないし、卑屈になりたいなんて思ってなくても、時々、やっぱり感じてしまいます。居ても居なくても同じ。陛下も、アリスも、わたしを知る誰もが「そうじゃない」って言ってくれるけど、その他大勢にとってはわたしなんてどうでもいい、透明な人間と一緒。本当なら…、ファイランからの降下証明さえ取れなくて、ただ、天蓋の向こうできらきらするステーションを見上げるのが関の山だわ」

「? 降下証明が取れねぇって…なんで?」

「…だから、遺伝子欠損のある人間は、行動を制限されているんです」

 だから。という諦めに似たマーリィの言い方が気になって、ミナミは小首を傾げた。

「自然分娩で遺伝子欠損を抱えた子が誕生するというのは、どこかでなんらかの交配異常が発生した、という事に他ならないのでございます、ミナミ様」

「それは、都市の恥なんですって」

 リインのセリフを受け取ったマーリィが、真紅の瞳で笑う。

「でも陛下はそう思ってねぇよ」

 ぶっきらぼうに言い捨てられて、マーリィはきょとんとミナミを見つめ返した。

「だからマーリィをステーションに案内したし、堂々と貴賓車両で駅に降りるよう言ったんだろうし、エスト卿だとか、ミラキ卿だとか、クラバインさんだって、ちゃんと迎えに来てくれたんだろ」

 無関心そうに淡々と述べながら、ミナミは窓の外に目を向けた。

 民衆は無遠慮で有り難く、残酷だ。当たり前に暮らしているのが「当たり前」であって、どこかで様々な事情を抱え藻掻いているひとには、無関心だ。それが悪いとは思わない。何もかも理解して哀れんでくれとも思わない。ただどうせ無関心を装うなら、徹底的に無関心なままでいて欲しい、とは思った。

 そっとしておいて欲しい。

「……………………」

 ふと、判った。

 当惑するマーリィにゆっくりと顔を向けたミナミが微かに笑って見せると、なぜか少女は両手を、ぱっと薄紅色に染まった頬に当てた。

「ミナミさんて…ほんとーーーに綺麗ですよね」

「…って言われても、あんま嬉しくねぇんだけど…」

「何言ってるんですか、贅沢ですよ。それにしても、ハルにーさまがこうも完璧なメンクイだったとは知らなかったわ…」

 後でからかってやろ。などとうきうきし始めたマーリィのふかふかした笑顔を暫く見つめ、なんとなく他愛ない話しをしているうちに、フローターは件のホテルに到着した。ここでも一分の隙なく見事なまでに執事然としたリインが素早く運転席を離れ、ドアを開けてマーリィに手を差し伸べる。それを取って車外に出た少女に続きエントランスに降りたミナミは、豪奢なホテルの外装をなんとなく見上げ、なんとない口調で、背後に佇むリインに小さくこう言った。

「もし、俺とマーリィがここに泊まりたいつったら、あのひとたち…第七小隊はどうすんの?」

「皆様、陛下から直々に、無事お二人をファイラン王城エリアまでお送りするように命令されておりますので、お二人がこちらにお泊まりになれば、必然的にご同行いたすものと思われますが」

 ふうん。と素っ気無い返答の割に、ミナミの口元が微かに笑っている。それを、不思議そうに見上げるマーリィ。

 ミナミはいつでも観察者だった。記憶力にも自信があった。

 そして、彼は決して馬鹿でもなかったし、何よりも、観察者であるから、どこをどう無関心に通り過ぎ、どこでどう振舞えば誰かが…せめていっときでもささやかな幸せを手に出来るのか、知ることが出来た。

 ミナミはそんな自分を常々「無責任なヤツ」だと思っていたが、今日ばかりは、考えられる可能性を肯定しようと自分を納得させる。

 ここはつまり、ゲスト・ルームのあるホテルなのだ。

「マーリィは、家に帰ったら一番最初に何すんの?」

「? 一番? そうねー、アリスと一緒にとりあえずお茶でも…」

 突然何を言い出すのか? としきりに首を傾げるマーリィから背後のリインに顔を向けなおし、ミナミはわざとのように肩を竦めた。

「俺は、あのひとが脱ぎ散らかす制服拾って歩く。すっげー久しぶりに遠出して、やっと家に戻っていきなりそれってねぇよ、とか、思わねぇ?」

 だから。

「泊めてくれるっての、断る手はねぇよな」

「…では、そのように手配いたしましょう」

 ミナミに小さく会釈したリインがふたりの先になって歩き出し、マーリィが「きゃぁ!」と歓喜の悲鳴を上げて執事の背中に駆け寄って抱きついた。

「うれしーーーーっ!」

「ってさ、いっこだけ教えてくれると俺も安心出来んだけど、いいかな?」

「わたくしでお答え出来るのであれば」

 立ち止まってミナミに向き直る、背中に少女を貼り付かせても尚、完璧な執事。ここで「なんなりと」と言わないリインの主人が誰なのか考えを巡らせながら、ミナミは素っ気無く問いかけた。

「これって、陛下のご厚情、なのか? ホントに…」

 その質問にリインは、口元の笑みと深い礼で答えた。

「ミナミ様、…………ありがとうございました…」

 答えはそれで、十分だった。

2002/07/12(2002/10/08) sampo

  

   
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