@宇宙の歴史の線分と人類の歴史の線分を比べる
宇宙の誕生から、今日までの時間の比率を黒板に図示する。黒板の端から端まで長い線分を書き、その端を今から140億年前のビッグバンとする。もう一つの端を今現在(0年前)とする。そして、地球の誕生40億年前、生命の誕生35億年前とその線分上のどこにあたるか、線分の上に落としていく。そして、最後に人類の誕生の400万年前がその線分上のどこにあたるか、生徒を指名し、前に出てこさせ、線分上にしるしをつけさせる。おそらく線分上ほとんど今現在と近接した場所に400万年前を記さなければならないのに、生徒はどうしても400万年前と今現在の間を広めにとってしまう。それを指摘しながら、教員がほとんど今現在(0年前)に近接した場所に400万年前の人類の誕生をしるす。このことによって、宇宙の歴史や地球の歴史にくらべて、人類の歴史がいかに短いかを気付かせる。さらには、人類の歴史のうち日本の歴史がいかに短いか気付かせる。
現在 人類 生物 地球 宇宙
0 400万 35億 40億 140億
A東アフリカで人類が発生した理由を説明する
400万年前人類がどこの大陸で誕生したか、生徒に問う。定時制高校は生徒の学力の幅が様々なので、世界にどんな大陸があるかも知らない生徒もいる。そのことにも注意しながら、人類発生の大陸をたずねる。あてた生徒が分からなかった場合、ヒントで、人類はどの動物から進化したか(答え 猿)。猿はどんなところでの生活が得意か(答え 森などの木が生えているところ)。木がいっぱい生えるところは暖かくなければならない、暖かいところはどこか。などの質問をし、アフリカ大陸で人類が発生したということの確認に至る。そして、当時のアフリカには西風が吹いて海の水を運んで降らせ、アフリカ全体に木々が生い茂っていた。そうしたアフリカは猿たちの楽園で、様々な猿が誕生しゴリラやチンパンジーの祖先のような高度な猿も登場したいたことなどを説明。また、今のような砂漠はアフリカにはなかったことも説明する。
次に、こうした猿たちの楽園であったアフリカ大陸にある悲劇が襲う。地殻変動が起き、アフリカを南北に走る山脈が隆起して、アフリカを東西に分断してしまったこと。その結果、アフリカの西の方には、湿潤な西風が相変わらず吹きつけ雨を降らし豊かな森林が続いたが、アフリカの東の方には雨が降らなくなり、森林はまばらになり、猿たちにとっては過酷な環境になったことを説明する。そして、ここで生徒に発問する。
発問:人類は、どっちの方で誕生したか、森林豊かなアフリカの西側か、森林がない過酷なアフリカの東側か。
答えは、過酷な東側
ここで生徒にこんなたとえ話をする。「苦労しなきゃ進化しない」ということだと。生物や人間も苦労した方が成長する。君たちも苦労した方が苦労しなかった場合より必ず成長するよと。
西の方の猿たちは、相変わらず森林があるので、今までの猿のままでよく人類に進化する必要はない。この西側ではゴリラやチンパンジーが誕生した。一方東側が今までの猿のままではもはや生きていけない。さらになにか高度にならなければ絶滅する。多分何種類もの猿が東側で絶滅した。その中で、たまたま人類に進化できた猿だけがほんのわずか生き残った。
たぶん、樹上での生活に限界を感じた一部の猿が勇気をもって地上に降り立った。今まで木にぶら下がるために使っていた前足が、地上に降りたことでフリーになり、それで地上の食べ物(動物の死肉など)をかきわけて探すようになった。こうして手が発達する。また二足歩行がはじまる。二足歩行によって、頭を体全体で支えることが可能となり、他の動物とちがって脳を大きく重たく進化させていくことが可能となった(猿を含め他の動物は、頭が体の前に突き出るので、頭を頭の筋肉で支えなければならず、頭の大きさの発達には限界があるらしい)。さらに手を使うことが脳を発達させる。それはボケ防止に手先を動かす作業が有効であるのといっしょ。こうして、人類は誕生した。それがアウストラロピテクスである。そして、人類は進化しつづけアフリカ大陸の北からアジアヨーロッパに広がっていく。
Bねつ造遺跡をあえて取り上げる
こんな授業をしていいかわからなかったが−−−−−−−−−−−。
人類がいつごろから日本に住み着いたか発問する。生徒は首をかしげる。そこで、数年前の教科書や図説のコピーを配布して考えさせる。それにはねつ造遺跡で有名な上高森遺跡が載っていて、それが60万年前の遺跡であることが誇らしげに取り上げられている。生徒はそれをみて「60万年前」と答える。
私は、それを受けて、「日本には60万年前に人類がいたんだ。北京原人より古いかもしれない。」というような説明をあえてする。生徒もほこらしげな顔になる。しかし、なかにはねつ造事件のことを知っていて、すでに首をかしげている生徒もいる。しかし、そうした雰囲気を無視して、私はあえて「上高森遺跡 60万年前の打製石器発見」というような文句を板書する。そして、「かなり大昔から人類が日本にいたんだね。」などと言ってみる。
しばらくの間を明けて
そして、私は続ける。「つい数年前まで、自分はこういう授業をしていた。そして、この上高森遺跡は受験にでるから絶対おぼえろとまでいった。−−−−しかし、それはうそだった。まちがっていた。自分はまちがったことを教え続けていた。」と言って、黒板の「上高森遺跡」の場所に×を大きく書く。生徒は驚く。続けて、ねつ造事件を報じる新聞の一面を生徒にみせる。
以下、ねつ造事件の顛末を語る。生徒は食い入るように聴いている。そして、最後に、たとえ教科書や資料に書かれていることでも、決して無謬のものではないこと、批判の精神を忘れてはならないことなどを語る。
私はこのねつ造事件は本当にくやしい。歴史の教員はこれを人ごとにしてはいけない。この問題は一歴史教員にはほとんど責任がないのかもしれない。しかし、ともかく生徒には一教員としてうそを教えつづけてきたんだから。その事実は消えない。私はあえて、そういう自分を正直に生徒にみせてから、日本史の授業をはじめたい。そして、歴史教員の語ることにだって、もしかして嘘がや間違いがあるかもしれないと生徒に警戒させたい。
このねつ造事件は、たしかにねつ造した人が悪い。しかし、ほかの歴史的分野がかなり定説化してからでないと教科書に取り上げられないのに対して、新遺跡の発掘に関しては、教科書にも簡単に取りあがられすぎてきた嫌いがある。また、我々新遺跡の発見に関して鵜呑みにして「すごい遺跡が発見された」と喜んで生徒に伝えてきた。我々歴史教員の責任もまったくないとはいえなのではないか。
Cオオツノジカの角の実物大を黒板に書く
オオツノジカの角の大きさを黒板に書く。静岡県清水市の東海大学の自然史博物館には、恐竜の化石とともにオオツノジカの化石が展示されている。それを間近にみた経験から、黒板にオオツノジカを実物大に描いてみる。生徒はこのオオツノジカという動物がいかに角をいびつに発達させてきたか気付く。気候が温暖化した時代にこの動物が適応できなくて滅亡したということも納得できる感じがするのであろう。オオツノジカがなぜ角をこんなに発達させてきたかを説明する。角が大きい方が戦闘に強い。だから、便利だということで発達させてきた。そうした話に続いて、人類も便利だといっていびつに発達させてきているものがある、という話をする。そして、その一つが「核兵器」であり、もう一つが「コンピュータ」という説明をしながら、黒板のオオツノジカの角のところに、「核兵器」「コンピュータ」と書く。そして、人類もオオツノジカのようにある部分をいびつに発達させた結果滅びなければいいね、としめくくる。
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