奇妙な祭り 3
年老いた兵士の話

「私はね」
「これまでに2040人の人間を殺したんだ」
片目の年老いた兵士はゆっくりと語りだした

周りの人に手当りしだいに声をかけていた孤独なペンギンが
ようやく興味を覚えたのがこの年老いた兵士だった
「その目はどうしたんだい?」
孤独なペンギンは遠慮というものを知らない
「随分とひどい事になっているね、君」
相手が誰でも孤独なペンギンの口調は変わらない
年老いた兵士はその片目で僕達を交互に眺めてから
気を悪くした様子もなく
ゆっくりと語りだした

「これまでに2040人の人間を殺したんだ」

彼は極めて優秀な兵士だった
東南アジア、中南米、中近東、アフリカ
世界中のあらゆる戦場で戦っていた
すべての銃器の扱いを心得ており
必要とあらば素手でも人を殺す事が出来た
彼はプロの兵士として
ただ雇い主の指示に従い人を殺し続けた
昨日は反政府ゲリラのリーダーを狙撃し
明日は軍の輸送機に爆弾を仕掛けた
彼の仕事は彼の意思とは関係なかった
そこにはただ契約だけがあった

「本当に」
孤独なペンギンがちょっと笑って問いかけた
「本当にそう思ってるのかい、君」
「君の仕事に」
「君の思想や」
「君の憎悪や」
「君の意思や」
「君の魂が関係なかったって」
「本当にそう思ってるのかい?」

年老いた兵士はわずかに眉をよせて答えた
「私はね」
「プロの兵士だったんだ」
「プロの兵士として2040人の人間を殺したんだ」
ちょっと俯いてから
「自分の意思で人を殺す者は兵士とは言わないんだよ」
「それはただの人殺しと言うんだ」
孤独なペンギンはまたちょっと笑って言った
「オーケイ」
「君はプロの兵士として人を殺した」
「それでいいだろ、君」
年老いた兵士は何も答えず話を進めた

彼はプロの兵士として人を殺し続け
そして2年前に片目を失った
その時彼はブラジルのジャングルにいた
麻薬組織のリーダーを追って
険しい森を進んでいた
密林の中の小さな集落を通りかかった時
彼の背後で気配が動いた
彼は慌てずにしかし神速で振り返った
極めて優秀なプロの兵士であった彼は
目標を確認せずに銃を撃つ事などなかった
一人のやせた男が立っていた
震える手に小さな銃が握られていた
「隠れていろ」
男にそう告げて再び進みだした彼の耳が
背後でカチリという小さな音を捕らえた
今度は振り向きざまに撃った
極めて優秀なプロの兵士であった彼は
必要とあれば無関係の民間人を撃つ事にもためらいはなかった
銃弾は正確に男の胸を貫いた

倒れた男をそのままに
彼は森へと足を運んだ
今度は右手の小屋で気配が動いた
そこには5才位の男の子が立っていた
ギュッと拳を握って
暗い目で彼を睨み付けていた
男の子が言った

「人殺し」

彼は黙って近付いた

「人殺し」

彼は立ち止まり目を瞑った

「人殺し」

 彼は黙って男の子の言葉を受け止めようと思った
しかし男の子は次の言葉は吐かず
代わりに拳の中の小さなカプセルを
彼めがけて投げ付けた
カプセルは直撃し
強力な酸が彼の左目を焼いた

「うっわぁ〜」
孤独なペンギンが露骨に顔をしかめた
「酸だってさ、酸!」
「ねぇ、たまらないだろうね〜」
孤独なペンギンは僕に同意を求めたが
僕は黙って頷いただけだった

「私はね」
「それで銃を置いたんだ」
孤独なペンギンが聞いた
「片目じゃやっぱりつらいのかな?」
「極めて優秀なプロの兵士として働くのは」
僕もその事は疑問だった
それ程までに優秀な兵士なら
片目でもそれなりに優秀な兵士として働けるのではないだろうか?
「そうだね」
「私程の優秀な兵士だったなら」
「片目でも十分働けただろうね」
「でもね」
「私はプロの兵士としては働けなくなったんだ」
年老いた兵士はその焼け爛れた左目に触れた
「あの酸はね」
「私の左目と一緒に」
「私の中の何かを焼いてしまったんだ」

僕は黙って頷いた
孤独なペンギンはまた聞いた
多分そろそろ話に飽きてきたのだろう
「それで今はこのフェスタに招待されてる」
またちょっとだけ笑って続けた
「世界で一番優秀だったプロの兵士として」
年老いた兵士はその片目をちょっと悲しそうにして
「いや」
「世界で一番優秀だった人殺しとして・・・だね」
今度はやはりちょっと悲しそうにして
彼は笑った

めにゅうへ