文明と文化について


2003年12月2日(火) 清宮寿朗

 

 国際社会において諸事、欧米諸国に追従したり模倣したりするのではなく、日本は日本なりの独自の発想で進むべき道を選択をし主張してゆくことが求められていると思います。

 この「日本なりの独自性」は、表面的な部分に属する文明の中に見いだすことは困難で、やはり内面的・精神的な部分に属する文化の中に見いだすことになるかと思います。

 日本独自の精神的文化という場合、それを日本学と称してすぐれた研究成果をあげているのが米国のコロンビア大学にある「ドナルド・キーン日本文化センター」です。

 ここでは、日本文化の原点が中世(鎌倉時代から織豊時代まで)にあるとし、中世研究を土台にして近世・近代の両文化も比較研究しています。

 確かに、華道、茶道、能、小笠原流礼式、床の間なども中世に誕生し、平家物語や徒然草、方丈記、御伽草子、狂言、連歌、謡曲なども中世に生まれた芸術です。

 これらの中世における文化、精神は近世にも受け継がれており、芭蕉や近松、北斎、広重、歌舞伎、日本舞踊などのように、庶民の精神文化へと広がりをみせていました。

 しかし、明治に入りますと日本は文明開化と称して西洋文明一色に染まり始めます。文化が文明の荒波に飲まれ、海底に沈んでいったのが明治以降昭和20年までの近代70年間の歴史だったのではないでしょうか。

 もしかすると2003年の今でも、中世・近世にあった日本の精神的文化は、文明という荒海の中で埋没しつづけているのかもしれません。

 「アメリカ人と日本人」「中国人と日本人」というように、外国人と日本人の文化、「ものの見方・考え方」の違いをあらためて考察して、国際社会に生きる現代の日本人の方向感覚を少しでも取り戻してみたいと思うようになりました。