「反小泉」という言葉の意味について

 

2004年1月15日(木) 清宮寿朗



 よく「反小泉」という言葉をききますが、その意味するところがよく理解できません。政府の重要政策をすべて小泉氏が、独裁者のごとく単独で判断し決定していて、かつ、その政策決定すべてについて反対する、という場合であれば「反小泉」という言葉の使い方は理解できます。

 しかし、道路関連4公団の民営化の具体案についてだけ反対するとか、イラクへの自衛隊派遣(あるいは現時点での自衛隊派遣)についてだけ反対するとか、そういう個別具体的な政策についてだけ反対・反論することは「反小泉」とは言わないと思います。

 また、政府の重要課題については小泉氏が独裁的に単独で判断し決定しているわけではなく、内閣(行政府)が組織的に行っているわけです。しかも、実質的には官僚サイドから登用された内閣官房副長官が主催するトップ官僚によるシャドウ・キャビネット・「事務次官会議」でほとんどの重要案件が決済されており、内閣はそれをほぼ丸飲みする形で形式的に閣議決定しているにすぎません。もしかすると「反小泉」というのは、「反中央官僚」ということなのかもしれませんね。

 「反中央官僚」という言葉を使う場合でも、国家の重要政策を実質的に事務次官会議で決済するという官僚主導の国家社会主義的「システム」そのものを批判する場合と事務次官会議で決済された事項につき、そのすべてについてではなく個別に、是々非々で反対・反論する場合の二通りが考えられそうです。

 たとえば、某自民党員・甲野太郎氏の場合、昨年の自民党総裁選挙においては小泉氏を支持し、総選挙でマニャフェストを重視して民主党に投票し、道路関連4公団民営化の具体案決定については小泉内閣決定を支持し、しかし、現時点でのイラク自衛隊派遣については反対。というように、甲野太郎氏のような判断をしている自民党員も少なくないと思われます。

 なんでもかんでも小泉内閣の決定(実態は事務次官会議決定)には賛成である、という自民党員は、国会議員も含めて、そんなにいるとは思えません。いるとすれば、その国会議員は中央官僚の広報マンのようなもので、国会(立法府)、内閣(行政府)、裁判所(司法府)の三権分立の原理・原則、精神から逸脱していますし、議院内閣制も主客転倒して理解しているということになりそうです。

 最後に、政府と自民党(政党は国家組織ではない)を一体のものとして理解する方がいますが、これは本来おかしなことで、もし仮に政府・自民党が一体のものだと自他共に認知するのであれば、国会における自民党の政府に対する質問は無駄だし矛盾することになってしまいます。

 まずは、自民党も国民政党として、内閣に対しては是々非々でのぞむべきであるし、自民党も自由と民主を旗印にしているわけですから、自由活発な議論・討論を党内でやってもらいたいものです。党議拘束も、その上での決定でなければ説得力がないと思います。