集団的自衛権論議における新しい問題点

 

(2004.1.28) 清宮寿朗

 

 国会において、安倍幹事長が「自衛権の行使」の概念解釈について、「個別的自衛権」のみならず「集団的自衛権」も含めることを容認するべきではないか、と質問していました。

 私は元々、集団的自衛権も自衛権の一種であるという解釈には賛成していました。いまでも概念解釈として、国連憲章51条や日米安全保障条約との整合性から、また、いわゆる周辺事態を具体的に想定すれば、一定限度内で日米が軍事協力をする必要はあるわけです。

 具体的に言えば、米国の海軍や民間の艦船が日本周辺において某国より一方的に攻撃を受けたような場合、その攻撃を排除したり危険回避のための日米軍事協力は必要で一定の限度内で日本も積極的に協力するべきだと思います。

 周辺事態法は北朝鮮を仮想敵国として成立した法ですが、北朝鮮と日本が日朝友好条約を結び、北朝鮮も70年代以降の中国のように変化してゆけば、周辺事態ということは想定されなくなるわけです。もちろん、米国内の軍産複合体勢力にとっては日朝友好条約締結は邪魔でしょうから、良い兆しが現れても、横やりがあって、なかなか日朝交渉は前進しないかもしれません。

 しかし、日朝友好条約締結は遅くとも10年以内という時間の問題です。そこで、中長期的にみて、米国の軍産複合体勢力が、その主要マーケットである米国の国防予算と日本の防衛予算を現状維持させようとすれば、日米軍事同盟を周辺事態対応からグローバル化させざるを得ません。

 そこで集団的自衛権論争となるわけですが、しかし、集団自衛権とはいえ、それはあくまでも、「日米両国の自衛権の行使」の範囲内であるべきものです。それ以外では、国連安保理決議に基づく軍事行動だけが認められることになります。

 ここで問題となるのは「日米の自衛権の行使」の具体的当てはめ、つまり文言解釈ではなく、運用解釈が問題となります。

 たとえば将来、米国のイラク攻撃のようなことが南アジアの国に対してあったとしたら、つまり、「米国は南アジア某国より攻撃を受けた証拠がある。引き続き攻撃される蓋然性が高く大量破壊兵器も保有している可能性ある。したがって、日本も集団的自衛権を行使して、米国とともに参戦せよ」と米国より要請があったら、「攻撃の大義(国際的正当防衛・緊急避難)」を検証をすることなく、日本は参戦することになってしまうのではないでしょうか。

 「大儀なきイラク攻撃」を容認あるいは追認する、ということは、そういう曖昧な集団的自衛権解釈に道を拓くことになりかねません。ここをしっかり議論しておかないと、「集団的自衛権」の解釈が実質上、「集団的先制攻撃権」にまで拡大解釈される日がきっといつか来ると思います。