教育の本質(1)

 

2003410()

大学での教育のあり方の基本は、たぶん自然科学や社会科学のすべての分野でおなじなんだろうと思います。

自分の頭で考え、本質的な問題点を発見し、その解を仮説的に立案する。そういうロジカル・シンキングの訓練やその仮説を情報処理して検証する訓練。さらには、その仮説を実現するためのコミュニケーション・スキルの修得の場でしょうか。

自然科学の場合には、さらに自由な研究空間が。社会科学の場合には実務とのつながりが必要になってくると思います。

米国の大学院に短期留学して、そういう教育が米国で実際に行われているのを目の当たりにして、最初はびっくり仰天したものです。最初の2週間は頭が混乱してしまいました。しかし、そういう教育方法の目的がしだいにわかってきてからは、確かに胃を悪くするほど大変でしたが、ワクワクするほど楽しいものでもありました。

日本の大学教育(公務員等の受験予備校もそうですが)では、最初に用意された模範解答があり、それを丸暗記すれば優等生と評価されるシステムで、そういう評価でしか大学院や研究室に残れないわけです。また、国家公務員上級試験などはまるで科挙試験のようです。