「実物はやっぱりすごいねぇ・・・・」
相手投手の投じる球をまぶしそうに見ているカヲル。
すでに投げられた6球によって、2者連続3振をきっしていた。
「お前なら打てるか?」
3点差に余裕が出たモノリスは、レモンスカッシュを飲んでいる。
余裕が出てきたようだ。
「無理だね。打ってみたいし、打席であの球と勝負してみたいけど・・・打てないよ。」
「そうか・・・だが、もう試合はこちらのものだ。」
あの投球を見ていても、3点差で最終回という事実がモノリスを落ち着いてベンチに座らせていた。
「さぁ?どうだろうね・・・・」
グローブを持ってカヲルが立ち上がる。
「ストラーイック!バッターアウッ!!!」
3者連続三振をとったマヤがマウンドで小さくガッツポーズをとっていた。
が・・・・・その膝が崩れ落ちる。
マヤは両膝をついてマウンドに座り込んでしまった。
「マヤ!」
「マヤさん!」
ナインが、ベンチのメンバーがマウンドに駆け寄った。
肩で息をするマヤが精一杯の笑顔を作りながら立ち上がる。
「久しぶりに投げたら、ちょっと疲れたみたい。大丈夫よ。」
「なに言ってんだよ、ほらっ!」
強引にマヤを抱え上げるシゲル。
「ちょっ、ちょっと青葉君!」
さすがにマヤも抵抗した。
そんなことは無視してシゲルはマヤを抱きかかえたままベンチに向かう。
いわゆるお姫様だっこというものだ。
二人に大きな拍手が送られた。
相手側のぜえれからも送られている。
「もう・・・・強引なんだから・・・」
いつもより真剣な表情のシゲルに、顔を赤くしたマヤは抵抗をあきらめていた。
ねるふ商店街のみなさん 第10話 しんうちは・・・・・
3−0。
最終回のねるふ商店街の攻撃。
「諸君、私が君達に言う言葉はただひとつだ。」
ねるふメンバーは、ベンチのゲンドウの前に半円になって集合していた。
「メイクミラクル・・・・」
自分のセリフににやりとするゲンドウ監督。
背番号33が奇跡を呼んでくれそうだが、一気にメンバーの力が抜けることとなった。
「父さん・・・そんなこといわれると、なんか勝てそうにないよ・・・・・」
「シンジ。」
色眼鏡の向こうの瞳がシンジを捕らえる。
「これだけは忘れるな。最後に勝つのは、勝ちたいという強い意志をもつものだ。」
先ほども真剣な言葉であったろうが、今度は心に言葉とその意味が伝わった。
シンジだけではない、全員の心にそのセリフは刻まれた。
「そうよ、勝つのはアタシ達なのよ!」
「そのとおりよ、アスカ。さぁ、最終回。サヨナラ勝ちといきましょう!」
ミサトの掛け声に全選手が応えた。
まだ試合は終わっていないのだ。
「とりあえず、私からいってくるわねん。」
バットを持ったミサトが打席に向かう。
先頭打者の自分が出るかどうかで勝負が決まる可能性は高い。
ミサトの口は軽かったが、その瞳は真剣そのものであった。
狙いは初球。
女のカンが初球を叩けと言っていた。
その初球が投じられる。
カキーン!
打球は三遊間を襲った。
が、3塁手カヲルがぎりぎり追いつき1塁に送球。
「アウトッ!」
塁審の手が上がる。
ミサトの全力疾走も間に合わない。
ヒット性の当たりであった。
ただ、カヲルの守備範囲が広すぎただけなのだ。
ショートへの打球さえも捕ってしまいそうな勢いだ。
ベンチに引き上げるミサト。
「ごめんなさい・・・」
ヘルメットを脱いだミサトは誰にでもなく謝った。
「ほら、なにやってんのよミサト!さっさとアンタも応援しなさいよ!」
打席にはすでにシゲルが入っていた。
当然ながら捕手は立ち上がっている。
「まだ試合は終わってないのよ!!ミサトの分までアタシが打ってあげるから。」
「アスカ・・・・」
アスカのこういうところがミサトは好きだった。
一見傍若無人に見えても、他人を思いやることもできる女の子だと。
アスカに心配されるようじゃ・・・・私も歳をとったのかな?
なぜだか笑顔になるミサト。
試合はまだ終わっていない。
ミサトはベンチにヘルメットを置いた。そして、
「このヘボバッテリー! 敬遠ばっかすんじゃないわよ!!」
大きな声で相手を野次った。
ギャラリーからもヤジは飛ぶ。
当然だ。
今日4つめの敬遠である。
しかし、そのヤジをまったくもって気にもとめない様子のバッテリーは、
淡々とキャッチボールをするかのような敬遠を行った。
「ボールフォア」
バットをベンチの方へ軽くなげるとシゲルは一塁へ軽い駆け足で向かった。
マヤのピッチングに応えるためにも、なんとしても打ちたかった。
もしかすると、打ちたいという気持ちはチームの誰よりも強かったかもしれない。
だが、この打席も勝負してもらえなかたことに彼は大きく不満を抱いていたわけではなかった。
これでランナーが一人。
逆転への一歩を刻めたと考えればよいのである。
あれだけのピッチングを披露してもらった。
今度はチームが応える番だ。
次のバッタートウジも気合十分。
いや、常に気合十分な彼は十二分といったところか。
この状況で燃えない男はいない。
それが熱血ジャージバカならなおさらだ。
彼の頭にあるのはただひとつ。
打席に入る前にゲンドウに言われたこと。
思いっきり叩きつけるバッティングをする。
それだけだ。
初球。
ブンッ!
思いっきり振ったバットは空を切った。
この期に及んで物怖じしたスイングをするような男ではない。
「「「トウジ! トウジ!!」」」
ギャラリーからの声援も彼を後押しする。
ヒカリも声を張り上げていた。
そんな声援も耳には届いていないかのような集中力をみせているトウジ。
カーブがきたら仕方ない。
男は真っ直ぐを待つ!
ストレートのみを待っているトウジ。
2球目。
カキーン!
トウジのバットがボールを捕らえた。
待っていた真っ直ぐであったが、ボール球を叩いたその打球はつまりながらもみごとライト前に転がった。
気合と執念で外野にもっていったというところだろうか。
1アウトランナー1・2塁。
1発が出れば同点の場面。
迎えるバッターは・・・
「ここでアタシが同点にしてやるわ!」
ネクストバッターズサークルから立ち上がって打席へと入るアスカ。
さきほどの打席はきっちり捕らえてセンター前ヒット。
今度はフルスイングで捕らえきってみせる自信が彼女にはあった。
バッターボックスに入る前に軽く素振りをする。
相手投手の目をみながら打席に入った。
初球は多分、ストレートだ。
目でそれを感じ取った。
それを思いっきりひっぱる!
イメージを浮かべながら素振りをするアスカ。
「プレイ!」
トウジに打たれたヒットをまったく気に求めてないような投手。
ゆっくりとセットポジションに入った。
やや長めの静止から・・・・初球を投げた。
球種はアスカの狙いどうりのストレート。
ただ、それが力みすぎてバッターの足元でワンバウンドするような暴投となった。
やはりこの流れに動揺していたようだ。
この機を当然ながら見逃すわけはなく、シゲル・トウジはそれぞれ進塁した。
ワンアウト2・3塁。
ワンヒットで2点のチャンスに広がった。
「「「「かっせ、かっせ、ア・ス・カ!!」」」」
声の限りに応援団が叫ぶ。
軽く素振りをして打席に入りなおすアスカ。
チャンスはさらに広がった。
相手が動揺している今こそチャンス。
構えて相手を待つ。
「「「「かっせ、かっせ、ア・ス・カ!!」」」」
声援が彼女を後押しする。
こういう声援が彼女の大きな力となる。
マウンドをしきりなしにならしていた投手もセットアップに入った。
左足が上がり・・・・・2球目を投じる。
内角に浮いた球が来た。
フルスイングするアスカ。
そのバットが球を捕らえた!
カキーン!!!!!
甲高い音がして、打球がレフト方向に舞い上がる!
いい角度で打球は上がる。
飛距離は十分に思えた。
後は・・・川の方角、つまりライト方向から吹く風と少しスイングが早かったために、
打球がきれるかどうかだ。
そこにいたカヲルを除く全員が打球の行方に釘付けになった。
が・・・
「ファール」
審判がファールのジェスチャーをしながらコールした。
レフトのポールからわずかに外。
大きなため息が漏れた。
バットを握る手に力がこもるアスカ。
「ちっくしょう!!」
バッターボックスをならして、再度敵に向かう。
次は必ず・・・・アスカの集中力が再度高まった。
3球目。
さすがにあの当たりを見た後からか、外に大きく外してきた。
これでカウント1−2。
もう、アスカの頭に読みなどというものはなかった。
来た球を思いっきり叩く。
それだけだ。
4球目。
内角高めに浮いた球はストライクゾーンを大きくはずれていた。
この時、この球を見たアスカはバッテリーの意図を悟った。
自分を歩かせるつもりだと。
1アウト2・3塁。
これが1アウト満塁になっても、あと二人打ち取る、又はゲッツーで試合終了。
満塁ならば守りやすくなるし、2点までなら許してもいいのである。
さらに、この後に続くのは今日まったくいいところなしの3人。
妥当といえば、妥当な策かもしれない。
それでも・・・・それでもアスカは次に投じられたあからさまなボール球を空振りした。
本当にただ、”振っただけ”である。
ボールはほとんどみていない。
相手の投手さえも・・・・・。
アスカは微動だにしない。
「アスカ・・・・」
シンジにはわかっていた。
アスカが本当に、心からくやしがっていることを。
右手をゆっくりと握り締めて開く。
彼女に対して投じられたラストボール・・・・・やはりボール球であった。
「ボールフォア」
審判のコールにアスカはバットを軽く放ると駆け足で一塁に向かった。
その横顔。
目には見えない涙がシンジには見えたような気がした。
アスカが心で泣いている。
くやしがっている。
本当はボール球に手を出してでも打ちたい。
でも・・・マヤが、みんなが必死でがんばってきた試合を壊すわけにはいかない。
アスカと付き合いの長いシンジにはそれがよくわかっていた。
だから・・・・・
「僕を代打に使ってください!」
父親に嘆願した。
日ごろのシンジからは想像できないような力強さで。
「怪我人に何ができる? それにお前はマネージャーとしてここにいるのだろう。」
目を合わせずにゲンドウは問う。
「僕もねるふ商店街の一員です! 闘わせてください!」
よく言った、シンジ。
そう心の中で呟くゲンドウ。
さすがに口に出して息子にはいえないようであったが。
しっかりと、隠れ親バカである。
「シンジ、思い上がるな。お前が次のレナ君以上に力を出せるとでも思っているのか。」
それでも口からでたセリフはシンジを戸惑わせるものであった。
「それは・・・・・・・」
ゲンドウの厳しい一言にシンジは答えられなかった。
正直全力で一塁に走れるか怪しく、フルスイングも何回できるか・・・・という状態。
言葉につまっているシンジ。
その彼の横に、ネクストバッターズサークルからやりとりを伺っていたレナが立つ。
すっと自分の持っていたバットを差し出した。
「私は、シンちゃんを信じてますから♪」
シンジは必ず打ってくれる。
そう信じているレナの笑顔は、シンジが今までみた中でも最高の笑顔だったかもしれない。
笑顔のレナにつられてシンジも笑顔になる。
「ありがとう、レナ。」
その手からバットを受け取る。
「ならば行け、シンジ。」
姿勢を崩さずゲンドウは言い放った。
「ありがとう父さん、レナ。」
バットを受け渡したレナは、ちょっと背伸びして自分のヘルメットをシンジにかぶせてあげた。
「がんばってね、シンちゃん♪」
離れ際に右頬に軽くキスをした。
一瞬のことであった。
シンジは呆然としている。
みながあっけにとられている。
数秒後に起こされた音によって意識が覚醒するまでは・・・
スパーン!!
見事なハリセンの使い手は彼女の姉。
一体どこから取り出したかは謎だ。
レナが頭を抑えている。
「痛いよ、おねぇ・・・・」
ちょっと涙目。
「なぜそんなことするの?」
レイは怒っているようだ。
目が怖い。
「だって、シンちゃんにレナちゃんパワーを分けてあげようと思ったからだもん♪」
「そう・・・・・」
レイはスタスタとシンジに近づいた。
そして・・・・・・左の頬にキス。
「お、おね、お、おねぇ!?」
「がんばって、碇君・・・・・」
さすがに恥ずかしかったようで、頬をピンクに染めていた。
両頬に両手で触れるシンジ。
何が起こったか、少し間をおいて理解できた。
が、その刹那一塁の方向から強い電波を受信したように思えた。
そこには当然ながらアスカがいるわけで・・・・。
なにやらアスカはブロックサインをシンジに送った。
『打てなかったら、死!』
シンジにはそう受け止められた。
最後の、右手で首をかっきるようなジェスチャーはどう見てもそうとしか取れない。
「あはははは・・・打たなきゃね」
から笑いをしながらバッターボックスに向かうシンジ。
まだ完治していない脚を引きずることなくそこに向かうのだった。
<つづく>
こんばんわ、せーりゅーです。
激動の2週間があり、結局予定よりも全体的に1週おくれることとなりました。
年内にはこの親善試合が終わらせたいな。
またおつきあいください♪