「ここは、敬遠しかあるまい。」

3−0ながらワンナウト満塁。

先ほどまで余裕でジュースを飲んでいたキールも慌ててマウンドに駆け寄った。

「碇シンジはまずい。ここは敬遠・・・・いや、ボール球4つだ。」

もう一度、集まった内野陣に言い渡す。

全員の表情は暗い。

かりにシンジを歩かせても3−1。

次のリツコは抑えれるであろうし、9番のマヤはへとへとだ。

キールの策は、勝つためには最上かもしれない。

だが・・・

「つまらないねぇ・・・」

そんな中、一人関係ありませんというふうな表情であったカヲルが呟いた。

「なに?」

キールが反応するが、カヲルの視線はそちらにはない。

グラウンド外に向けられていた。

「楽しいかい?」

カヲルの呟きは続く。

「きっと、誰も楽しくなんかないだろうねぇ」

先ほどから静まり返るぜえれ側応援団。

とても勝っている側とは思えない。

「途中から参加しておいてなんだけど、ボクはこんな風に勝ってもうれしくともなんともないね。」

初めてキールと視線を合わせた。

赤い瞳がモノリスを捕らえて離さない。

「監督・・・・」

黙っていた投手、ラミアルが口を開いた。

「逃げて勝っても私はうれしくありません。勝負させてください。」

シゲルを4連続敬遠、アスカを歩かせたラミエルもやはり勝負がしたいようだ。

「確かに、このまま勝っても勝った気がしないな。」

「ああ、俺もたいした役にはたてなかったがこれじゃあな・・・」

内野陣も口々にこぼす。

「おじいちゃん。ただ勝つだけじゃ、ダメだろ? 去年、その前も彼にやられたんだよね?」

「ああ、そうだ。碇の息子にしてやられた。」

「だったら、応援にきてくれてるみんなも、シンジ君を抑えて勝ってくれることを祈ってい

るんじゃないかな?」

もちろん、キールもそうしたいのはやまやまだ。

しかし・・・・決断のつかないキール。

6連敗。

彼の頭をよぎるのはそのフレーズ。

「フィフス・・・お前はどうしたい。勝ちたいか?」

「そうだね・・・僕にとっては、勝つことも負けることもそんなに差はないよ。

 ただね、この場面で彼が何を見せてくれるかには興味はあるね。」

「そうか・・・・・・・・」

グラウンドの外に目を向けると、そこには商店街の応援団がいる。

子供もたくさん来ていた。

「子供達にそういう試合をみせるわけにはいかんな・・・・・」

マウンドに背を向けるキール。

「後は任せたぞ。」

ゆっくりとベンチに向かって歩き出した。






ねるふ商店街のみなさん  第11話 だきゅうのゆくえ、しあいのゆくえ





「碇、大丈夫なのか?」

ベンチに下がるキールの姿を見たコウゾウは難しい顔をゲンドウに向けた。

「問題ないですよ、冬月先生。もしもの時のシナリオも用意はしてあります。」

その目はゆっくりとベンチに腰掛けるモノリスに向けられていた。

コウゾウが懸念しているのは、もちろんシンジが歩かされること。

そうなればねるふには後がない。

だが、彼の懸念をよそに試合は展開していった。

「プレイ!」

打席で大きく深呼吸をすると、バットを握る手に力をこめたシンジ。

こういう場面、落ち着くには深呼吸が一番よい。

脚は痛む。

思い切り踏み込んでボールを打ち返すことができるのか・・・・

自分にも分からなかった。

それでも彼はきた球を全力で打ち返すしかない。

一生懸命に投げてくれたマヤのため、フォアボールで歩かされて悔しい思いをしたアス

カのため、

それになによりもこの試合がんばってきてくれたみんなのために打ち返さなくてはならない。

フルスイングは何回できるか・・・・

とにかく球筋を打席で見たみたいと考え、最初の1球は見送ることにした。

バッテリーのサイン交換は早かった。

マウンドでの話し合いの時から決まっていたのだろうか。

ランナー満塁。

よってピッチャーは振りかぶって投げる。

大きく振りかぶって・・・・・投げた。

「ストライーク!」

ど真ん中にストレートが決まった。

今までで一番速いのではないかというストレート。

すごい・・・

シンジの素直な感想だ。

2球目。

同じようなコースにストレート。

シンジは思い切ってバットを振りぬいたが、空を切るだけであった。

イメージ以上に球の伸びがいい。

カウント2−0。

「碇。」

「・・・・・。」

冬月を無視してシンジを見つめるゲンドウ。

その組まれた手に力がはいっている。

3球目が投じられた。

カキッ!

ボールの下をかすった打球は審判の後方フェンスに突き刺さる。

タイミングは合った。

しかし・・・・・シンジは脚に激痛を覚えていた。

2度のフルスイングはまだ癒えぬ脚に相当の負担となっていた。

後1回でいい。

痛む脚に言葉を投げかける。

再び打席でボールを待った。

シンジの目には相手投手とボールしか入らない。

応援団の声援もまったく届いていない。

聞こえてくるのは、自分と相手投手の息遣いだけ。

投手の投球動作に合わせてさらに集中力を高める。

その指から離れたボールが真っ直ぐに伸びてきた。

この瞬間だけ脚のことは頭にない。

思いっきり踏み込んでバットをボールに合わせる。

カキーーーン!!!!!!

センター方向に大きく打球が飛んだ。

あらかじめ、深く守っていたセンターがその打球の先を追う。

伸び行く先を追っていた全ての人が声を失い、そこにあった全ての目が注がれた。

センターはバックしつづける。

そして・・・・バシャーンと音を立てて川に落ちてしまう。

打球は川に吸い込まれた。

「入った・・・・」

ベンチの前に飛び出していたミサトが呟いた。

それを呼び水になったのか、大歓声が上がる。

レナはレイに抱きついていた。

マヤは涙ぐんでいる。

マコトは踊っていた。

「お疲れ様でした。」

ユイがそっとコップを夫に差し出した。

「ありがとう、ユイ。」

受け取ってゆっくりと飲み干す。

彼がこの試合中はじめて口にした水分だった。

歓声に包まれてホームインしようとしたシゲルであったが、

バッターボックスから3歩ほど進んだところで止まっているシンジが目にとまった。

そこで片足を抑えて立っている。

歓声が静まって、ざわめきに変わった。

「あなた。」

「大丈夫だ。」

心配するユイをよそにゲンドウは麦茶をゆっくりと飲んでいた。

「やっぱり痛いや・・・」

左足を押さえているシンジ。

これ以上ベースを回るのは厳しいなと感じていた。

不意にシンジは左腕をつかんで起き上がらせられる。

見ると相手投手のラミエルだった。

「まわるぞ。」

「は、はい。」

シンジの左足に変わってラミエルが左側を歩く。

「あ、あの・・・・」

「なんだ。」

「ケーキ屋さんにいた方ですよね?」

「そうだ。」

ラミエルは修行の為にぜえれ商店街のケーキ屋に来ていたことがあった。

なんでも、異国の地で精神修行をするためだったとか。

「やっぱり。僕、あのチーズケーキが好きでよく買いにいってましたから。」

正確には、アスカに買いに行かされていたのだが・・・・・

「そうか。」

その二人の姿に拍手が起こった。

「なんか、テレますね。」

「そうだな。」

2塁をまわった。

「あの・・・ありがとうございます。」

「いや、いい。」

3塁に近づいた。

「シンジ君、みせてもらったよ。君のあの一振り、好意に値するね。」

「あはは、君が何を言っているかよくわからないよ。」

「またね、ってことさ。」

笑顔で手を振るカヲル。

シンジとラミエルは3塁をまわりホームに近づいた。

すでにホームインしたアスカを含めてみんな笑顔でまっていた。

いや、ゲンドウはその場にいなかった。

3塁側ベンチ、モノリスの前に来ていた。

「なんだ、笑いにきたのか?」

「違いますよ。」

「では何をしにきた。」

無言で右手を差し出すゲンドウ。

「なんの真似だ。」

「あの場面、敬遠していれば勝てる可能性はもっと高かったはずです。それをしなかった貴方に

 敬意を表して。」

「これ以上、あんな試合を子供達にみせられはせんだろう。碇、お前ならどうした?」

「ご想像にお任せしますよ。」

左手でメガネを上げるしぐさをする。

「そうだな。」

キールは素直に右手を取った。

「提案があるのですが。」

「言ってみろ、今なら大概のことならOKだ。」

「今年からは、試合後の宴会を親交会として一緒にやりませんか。」

「お前のことだ、もう手はずを整えてあるのだろう。」

すでに堤防沿いの道にはトラックが数台止まっていた。

「・・・・・いつからこうなっていたのか・・・・」

「今までのことは胸の中の思い出にしていれば、今はそれでいい。違いますか。」

「ふっ、ワシはお前には勝てんということか。」

笑い出すキール。

ホームベースではシンジが胴上げされていた。

余談だが、この試合のツケは2週間入院という形でシンジに帰ってきた。

医者と看護婦から長々と説教というオマケつきで・・・。





つづく



新年あけましておめでとうございます。
公私いろいろありまして遅くなりました。
次回から、シンジ君は入院中ですが夏休み編です。