「知らない天井だ・・・・・」

シンジが目を覚ましたところは市立病院の1室であった。

なぜこんなところにいるんだろう?

シンジは軽い記憶の混乱にあった。

今更ながら、全身包帯だらけであることに気がつく。

右腕は包帯でぐるぐるになっており、左脚は吊られている。

シンジは起きあがろうとしたが、痛みのために起きあがれない。

起きあがるのを諦めたシンジは、ぼんやりと昨日のことを思い出し始めた。

アスカの声を聞いた瞬間、逃げなくてはならないと直感したシンジは逃げ道を窓に見つけた。

そして、クッションを期待して飛んだが、結局地面に激突。

そこで意識を失っていたのだった。

「今、何時なんだろ?」

病室を見渡すが時計はない。

外は・・・・明るいようだ。

カーテンの隙間から空が見えた。

ふと窓際の花瓶が眼に入る。

花瓶いっぱいの”かすみ草”がいけてある。

じっとそれを見つめるシンジ。

ふいに病室の扉が開いた。

「あら、シンジ目がさめたの?」

紙袋を持ったユイが入ってきた。

「うん。今、何時?」

「え〜っと、11時すぎかしら?」

そういうと、ユイはベッドの脇の椅子に腰掛ける。

「なにか食べる?」

お見舞いの品であろう、フルーツの詰め合わせを指差す。

ラッピングを見る限り、日向さんのとこのだなとシンジは予測する。

「そうだね、なんだかお腹がすいちゃった。リンゴいいかな?」

シンジの言葉にユイはにっこりと微笑むと、リンゴを取り出してむきはじめた。

「お腹だってすくわよ。まる1日眠ってたんだから。」

リンゴの皮を捨てるユイ。

「えっ!?」

「シンジが2階から落ちて、救急車に運ばれてから1回意識が戻ってずっとそのままだったのよ。」

「そうなんだ・・・」

「みんな心配してたけどお医者様が、大丈夫ですよって言ってくれて安心したの。」

「あはははは・・・・」

ユイは切り分けたリンゴを皿にのせ、爪楊枝を刺すとシンジに渡す。

「ありがとう。」

シャリッ。

季節外れのリンゴはあまり甘くなかった。

「キョウコが持ってきてくれたのよ。」

「うん。」

小さい頃から可愛がってくれたアスカの母《惣流キョウコ》。

・・・・いじめられたりからかわれたりした記憶の方がシンジには多い気もするが。

「そうそう、シンジ。意識が戻った時になんて言ったか覚えてる?」

「ううん。僕、何かいったの?」

にこにことするユイ。

「それはアスカちゃん達に聞きなさい♪」

なぜか楽しそうなユイ。

しかし、アスカの名前を聞いて一気に顔色が悪くなるシンジ。

「アスカ、何かいってた?」

「いろいろ言ってたわよ。」

「うっ・・・・・」

「でも、レイちゃんとレナちゃんのことは理解したみたいよ。」

さすがにユイにはシンジの考えることはお見通しである。

が、突如ユイの表情が真剣なものになった。

「シンジ。ああいう危ないことはやめてね。みんな心配したのよ。」

無言でリンゴをかじるシンジ。

「窓枠からすべって落ちるなんて、もうそんなに子供じゃないんだから。」

えっ、という表情でユイを見るシンジ。

「そういうことよ、わかった?」

ユイはウインクしてみせる。

「うん、わかった。」

リンゴをかじるシンジにはそれがなんだかとても甘く感じるのだった。





ネルフ商店街のみなさん  第4話 らいばる




シンジが目を覚ましたその夕方。

シンジの病室はにぎわっていた。

「この程度の怪我で1週間も入院ですって?日ごろの鍛え方がたりないのよ!」

そういってアスカは脚のギブスをポンと叩く。

「アスカ、碇君は怪我人よ。いたわってあげなきゃ。」

こちらは委員長こと洞木ヒカリ。

「せや、惣流はホンマ凶暴でかなわんわ。」

ちゃっかり椅子に腰をかけているジャージメンこと鈴原トウジ。

そしてその傍ではケンスケがシャッターを切っている。

「なにしとんや?」

「ああ、碇のこういうのって、女子のうけを狙えるかなって。」

無心にシャッターを切るケンスケ。

「悪趣味ね〜、そんなの誰もみたがらないわよ。」

アスカがジト目で見るが、他の女の子はまんざらでもないようだ。

包帯とシンジという組み合わせにいけない想像を働かせている人物もいるほどに・・・

ガチャッ。

ドアが開いて、花瓶をもったレイが入ってくる。

「ありがとう、綾波。」

シンジはレイに感謝の言葉とともに、笑顔を送った。

桜色に染まるレイの頬。

「問題ないわ。」

レイは花瓶を窓際に置く。

「かすみ草ってきれいだよね。誰のお見舞いなのかな? かあさんがもってきたのかな?」

花瓶を眺めていたシンジがぽつりといった。

「おねえよ。それ選んだの。」

なにやらペンでシンジのギブスに落書きしていたレナが答えた。

「そう、綾波が・・・・」

シンジは花瓶の花とともに、そのそばに立つレイを見た。

「かすみ草って、綾波に似合ってるね。」

たいした考えもなく言葉が口からでた。

「なにを言うのよ・・・・・・」

レイの頬が再び桜色に染まる。

普通なら、ここでアスカがちょっかいを出すところなのだが今は他のことに気を奪われていた。

「アンタ、何書いてんのよ!」

シンジのギブスを指差して叫ぶ。

「あいあい傘。」

そこにはレナの書いた、”シンジ・レナのあいあい傘”が書かれていた。

さらに、その隣には”レナ命!!”とも書いてあった。

「ほんと、ガキは困るわね〜。どこにでも落書きしたがるし。」

皮肉たっぷりにアスカは言ったが、

「いいもん、ガキでも。シンちゃんとレナちゃんのらぶらぶギブス〜♪」

レナはさらに書きこみをする。

「ちょっと、やめなさいって言ってるのがわかんないの!」

アスカが怒る。

「アスカ、ここは病院・・・」

「わかってるわよ、ヒカリ。」

アスカは一息入れると、レナからペンを奪う。

そして、ギブスに”アスカ様の下僕”と大きく書きこんだ。

「ちょっと、なにするのよ。」

「これが正しい記述よ!」

2人の目線がぶつかり合う。

それを横目にケンスケとトウジはバナナを食べていた。

「けっこううまいな。」

「わしは、くえればええ。」

さらにその横ではヒカリがアスカ・レナの一触即発のムードにおろおろしている。

そしてベッドでは、シンジと傍にいるレイがなんだかいい雰囲気であった。

そんなわけのわからない空間に新たな風が吹き込んだ。

「シンちゃ〜ん、げんき〜。」

ビールの使徒葛城ミサト。

ナンパ師加持リョウジ。

マッド赤木リツコ。

のティーチャートリオがやって来た。

「ミサトさん、加持さん、リツコさん。来てくれてありがとうございます。」

「おみまいよ〜ん。」

ミサトは1升瓶をどかっと置く。どうやら店からもってきたもののようだ。

「私はこれよ。」

リツコは小さな瓶をシンジに渡す。中にはエメラルドグりーンの液体が入っている。

「一発で治るかもしれない薬よ。」

リツコの言葉にシンジは苦笑いするだけだった。

怪しいことこのうえない薬だ。

「シンジ君、俺からはこれだ。」

加持は包みをシンジに渡す。

「後で、一人になったらこっそりあけるようにな。」

シンジの耳元で加持はささやく。

なんだか分からなかったシンジだが、とりあえず頷いた。

「それにしても元気そうでよかったわ。」

シンジの髪を手ですくリツコ。

母親ともどもシンジのことが大のお気に入りなのだ。

決してショタコンではない・・・・・・・と思う。

そのリツコの雰囲気にアスカ・レイ・レナは不穏なものを感じていた。

「でも、シンちゃんもドジよね〜。窓から落っこっちゃうなんて。」

「まあ、誰にでもミスはあるさ。」

ミサトの言に加持がフォローを入れる。

「そうそう、加持君もこういう風に入院したことあったわね。」

リツコがクスクスと笑う。

「あの時は惨めだった・・・・」

加持が遠い目をする。

「そうそう、今のシンジ君みたいにギブスにらくがきされてね。」

ミサトの方をみながら笑うリツコ。

「くる奴くる奴に笑われたよ・・・・・」

シンジのギブスを見つめる加持。

「あの、どういうこと書かれたんですか?」

アスカが聞く。

「それは、秘密ってやつさ。なあ葛城。」

ミサトはバツの悪そうな表情をしていた。

「ただね・・・」

「リツコ!」

何かをいいかけたリツコを真っ赤なミサトが遮る。

「さあ、帰りましょ。いつまでもいたらシンジ君の治りが遅くなるわ。」

体勢不利になったミサトは撤退しようとする。

「そうだな、帰ろうか。」

こちらもあまり過去を掘り出されたくない加持。

「ミサトの言うことも一理あるわね。」

立ちあがるリツコ。

「貴方達も早く帰るのよ。」

そう言い残してミサトは部屋を出ていった。

加持も「じゃっ」と言ってそれに続く。

最後にリツコは出て行く前に一言、

「あまりギブスに落書きするとシンジ君が困るわよ。」

と言い残して出ていった。

「いつもながら、ミサトは騒がしいわね〜。」

アスカが腕組みして言う。

「そうだね。」

とシンジは答えながらも、アスカとミサトはよく似ていると思うのであった。

「私達もそろそろ帰りましょうか。」

ヒカリが提案する。

「そうね。」

シンジの元気そうな顔を見て安心したアスカはまた明日も来ようと思っていた。

「そうやな。」

トウジも腰を上げる。

「そうだね、碇も元気なことがわかってよかったよ。」

フィルムの入れ替えが終ったケンスケも帰り支度に入った。

「じゃあね〜、気をつけて〜。」

レナは4人に手を振る。

「じゃあ。」

レイも手を振っている。

「アンタ達も一緒に帰るのよ!」

アスカは2人の手を引いて病室から出ようとする。

「ちょっと、私はこれからシンちゃんに夕飯を食べさせてあげるんだから〜。」

レナは抵抗する。確かにもうすぐ食事が運ばれてくる時間だ。

利き腕が包帯でぐるぐるのシンジは食事をとりづらいに違いない。

「今日はユイおばさまがいるから大丈夫よ!」

アスカは2人の手を引く。

が同時に、明日はユイが店のためにいないであろうから、自分が食べさせてあげようと考えていた。

名残惜しそうなレナとレイを引っ張って、アスカは病室を出た。

「じゃあねシンジ!」

「シンちゃ〜ん、また明日ね〜。」

「・・・・・・・」

その3人について、残る3人も病室を後にした。

その場に残ったのはシンジと花瓶いっぱいのかすみ草だけとなった。








病院の帰り道。

ケンスケ・トウジ・ヒカリはなにやら用事があるとかですでに別れていた。

「ねえ、惣流さんはシンジ君のこと好きなの?」

レナがアスカに爆弾を投下した。

「なっっっっ!!!!そんなわけないでしょ!!」

アスカは真っ赤になって答える。

「本当に?」

レナは真剣な眼差しでアスカを見る。

「シンジはただの下僕よ!幼なじみよ!好きとかは関係ないわ!」

「じゃあ、私達シンジ君にモーションかけるよ。」

レナの背後でレイが頷いている。

「アンタ達、2日前にシンジに会ったばかりでしょ。」

「そうよ。」

レナの答えにレイも頷く。

「でも、好きになっちゃったんだもん。」

レナの答えにレイも頬を染めて頷く。

「だから、確認したかったの。シンジ君に一番近そうなあなたに。」

「勝手にすれば!」

アスカは踵を返して歩いていく。

「そう?じゃあ、とりあえず明日はご飯を食べさせてあげて、体をふいてあげたりして・・・」

歩くアスカのこめかみがひくつく。

「トイレ行くときに肩を貸してあげたりして、でバランスを崩した2人は・・・・・」

レナ妄想モード。

参考までにレイはすでにその先まで妄想中である。

「ちょっと!明日シンジにご飯を食べさせるのはアタシよ!!!」

アスカは我慢が出来なくなって、振り向きざま言い放った。

「やっぱりね。好きなんでしょ、シンジ君のこと。」

「そうよ、シンジのこと好きよ!シンジはアタシのだから!!!」

アスカは真っ赤な顔して言いきった。

「でも、私も負けない。」

レイがすっと前に出た。

「私も負けないわよ。」

「ハンッ、私とシンジの14年間にかなうとでも思うの。」

アスカは自信あふれる態度でいった。

「そうね、今は負けてるかもしれないわ。でも、これからシンジ君のこともっと知って、

 もっともっと好きになるから♪ すぐにそんなモノ埋めてみせるわ。」

「絆は作るものだから・・・・」

いい目をしてる。

アスカは二人の表情から素直にそう思った。

まだ会ってそんなにたってないというのにこの二人にはシンジのなにが分かっているのだろう?

でも、きっとその分かっていない部分も含めて今、この二人はシンジのことが好きだと言っているんだな。

二人の言葉をアスカはそう受け止めていた

シンジの容姿は女の子うけがいい。

今までも何人もシンジにそれっぽく言い寄ってきた女はいた。

しかし、みなアスカの前にあきらめてしまっていた。

自他ともに認める美少女アスカ。

彼女とはりあおうという気が起こるまでシンジのことを思っていたわけではなかったのだ。

彼女達の当時の年齢を考えれば、そこまで思えるほど精神的な成長がなかったからかもしれない。

それはある意味仕方ないことなのかもしれない。

一緒にいることの多いシンジとアスカの姿を見ていれば敵わないな、と考えるのもあるであろう。

そのため今アスカの目の前にいる二人はアスカにとって本当の意味でのライバルなのだ。

「アンタ達の言いたいことはよくわかったわ。でもね、私は負けるわけにはいかないのよ。」

「私だって負けなわよ、惣流さん。」

「負けない。」

3人の視線が交差する。

「惣流さんてのはやめてよね、アスカでいいわ。私もレイ・レナって呼ぶから。」

「分かったわ、アスカ。」

「(コクン)」

ここにシンジをめぐる女の闘いが開幕することとなったのである。







<つづく>




後書き

どうも、せーりゅーです。
予定を2つくりあげた話となってしまいました。
勢いで3話目を書いてしまい、シンジ入院という事態を
まったく考慮に入れていなかったため、シナリオの変更を余儀なくせまられることに。
アスカが2人を認めるプロセスをもっと書きたかったけど、
そうなると、物語が円滑に進まなくなりそうなので、こういう風にしました。
いかがでしたか?御意見いただけるとうれしいです。厳しいものも待ってます。



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