「なるほどね、これが碇・・・・・・シンジ君だね。」

照明の落とされた部屋。

スピーカーからは、優雅なピアノの旋律が流れている。

その一角に、静かな微笑をたたえた美しき薔薇は、ひっそりと咲いていた。

「碇の息子は怪我で今回は出てこないらしいぞ・・・・」

その後ろには怪しいバイザーをした老人が、モノリスっぽい着ぐるみを着ていた。

見るからにやばそうな、じいさんである。

大きさが違うのがあと2つはいてもよさそうな雰囲気でもある。

「そうなのかい?残念だねぇ・・・・・・」

心底残念そうな顔をする美少年。

しかし、画面からその視線がそれることはなかった。

その表情はどこかうっとりとしているようでもある。

「じゃあ、今回はボクの出番は必要なさそうだね。」

一時停止をかけ、画面を見つめる少年の声が静かに響いた。

「そうだな。だが、念には念を入れなければ・・・・・聞いてるのか?フィフス!」

「今いいところなんだよ、おじいちゃん。」

後ろを振り返らないで答える少年。

画面には笑顔のシンジが映っている。

「まぁ、いい。奴等が自滅してくれたおかげでこちらは有利になったからな。」

回れ右をして、部屋をのそのそと出て行くモノリス。

「ふふふふ・・・・・シンジ君・・・・・・好意に値するよ・・・・・」







ねるふ商店街のみなさん 6話 ちょっとおやくそく







なんとか無事に退院することができたシンジはまだ松葉杖をついているが、

親睦会の練習に参加していた。

無論、マネージャーとしてである。

「サード。」

河川敷のグラウンドにゲンドウの低い声が響く。

日曜の午後、チームねるふの練習が行われていた。

ゲンドウの打球がサードの左、ライン際を襲う。

いい反応でマコトがその打球をさばく。

1塁への送球も鋭く、文句なしであった。

「ナイス、マコト!」

その送球を受けたシゲルが声をあげる。

今ではCDショップを営んでいるが、高校時代には甲子園のヒーローと呼ばれたこともある。

血が騒ぐのであろう。

「次、ショート。」

レナの遥か右を目指して打球が飛ぶ。

普通ならセンター前ヒットになるようなあたりに追いつくレナ。

すばやく立ち上がり、1塁に送球する。

「レナ、すごいな〜。」

ベンチでヒカリとボールを磨いていたシンジから感嘆の声が漏れる。

その小さな声を聞き逃さないアスカ。

シンジの声を聞き取ることのみ、聴力が急上昇するようだ。

長年の恋する心の力なのか?

「セカンドこーい!」

ノッカーのゲンドウに向かって、グラブを叩いてみせる。

ボールを持つ手でちらりとアスカに合図すると、ゲンドウはこれまた厳しいコースへと

ノックをする。セカンド左、これもセンター前になりそうな打球だ。

「このっ!」

その打球にアスカは飛びつく。

グラブがそれをギリギリ捕らえると、アスカはすばやく立ち上がり一塁に送球する。

少し送球がそれたが、シゲルのグラブにボールは収まった。

「ナイスプレー、アスカちゃん!」

だが、彼女にはシゲルの声は届いていない。

視線がさりげなく(本人はそう思っている)シンジに向いていた。

が・・・・・・・・・・

「マヤさん、ナイスボールですね。」

ピッチング練習しているマヤのそばにいるシンジが視界に入った。

「でも、ブランク長いから。」

「そんな、ブランクなんて感じませんよ。」

「ありがとう、シンジ君。」

ちょっとテレたマヤは、ひさしを持って、帽子をかぶりなおした。

「いいえ、マヤさんが教えてくれたんですよ。」

「なにを?」

「想いのこもった球は打たれない、って。今日のマヤさんの球には気迫がこもっているように感じます。

だから、ブランクなんて感じなかったんです。」

「そう?それはきっと・・・・・・」

じっとシンジを見つめるマヤ。

その頬は、ほのかに朱がはいっていた。

「どうかしましたか?」

「ううん。なんでもないわ。さぁ、練習練習。」

笑顔で会話する2人に、アスカは心の中で高空ドロップキックを放った。

いや、真面目にあそこまで行ってドロップキックを見舞いたいほどであった。

しかし、今は大切な試合のための練習中。

さすがにアスカはそのことをわきまえていた。

そのかわりに、試合が終わったらシンジに毎晩ハンバーグを作ってもらおうなどど勝手に決めていた。

「アタシの活躍のおかげで勝ったんだからね。出番がなかったシンジは私に奉仕するのよ。」

なんて、勝手なシナリオまで出来上がっていた。




自分のためだけに、厨房に立ってハンバーグを焼いてくれるシンジ・・・

なんか普通は男女逆やろとツッコミがきそうだが、アスカの中ではこれでいいのだ。

笑顔で「できたよ、アスカ。」と、あつあつのハンバーグを持ってきてくれるシンジ・・・。

「ねぇ、シンジ。」

「なんだいアスカ?」

「もうひとつ、我侭言ってもいいかなぁ?」

「アスカの頼みならなんでも聞くよ。」

「えっと・・・その・・・・」

「僕はアスカの為になら、なんでもするよ。」

「じゃあ・・・・・・・・・食べさせてほしいな♪」

「えっ!?」

「シンジ、あ〜ん♪」

「恥ずかしいよ・・・・」

「お・ね・が・い♪」

「・・・・」

「あ〜ん♪」

「ふう・・・アスカは仕方ないなぁ。はい、あ〜ん」

「あ〜・・・」



刹那、アスカの腹部に鈍い痛みが走る。

「ボディが、がら空きだぜ・・・・・」

センターに位置していたレイがぼそりとつぶやく。

アスカの妄想中に、ノックの順番がセカンドに回ってきたようだ。

痛みをこらえて、ヒゲを睨みつけるアスカ。

しかし、サングラスが妖しく光っただけであった。

「アスカ!」

シンジが救急箱を持って、歩み寄る。

まだ完治していないため、走れないのだ。

「大丈夫?」

「これくらい平気よ。いちいち心配そうにしてるんじゃないわよ!」

内心うれしかったアスカであったが、自分の醜態を恥じ、立ち上がってグラブを構えた。

シンジの手当てを受けている場合ではなかった。

アスカの意地である。マヤだけに良いかっこさせれない。

「もういっちょ、こーい!」

練習から白熱していたのであった。









「アスカ、先に行っててよ。」

親睦会まで後1週間を切った。

シンジの脚も順調に回復をしていたが、今週の試合には間に合いそうにない。

「こんな時間じゃ、アスカまで遅刻しちゃうよ。」

自分の歩く速さにあわせてくれている幼馴染にシンジは言った。

ぴたりと隣を歩いてくれている。

「あんたね〜、いくらアンタの準備が遅れたからといって・・・」

もちろん、準備にてまどったのはアスカの方だ。

隣を歩いていたアスカが、早足でシンジの前に出る。

そして、眉間に向かってビシッと人差し指を突きつけた。

「もしもアンタが交通事故にでもあってみなさい。アンタが化けてでそうでいやなの。

だから、学校につくまで監視よ、監視。それに日ごろからおばさまに

”シンジのことよろしくね、アスカちゃん”って頼まれてるのよ。しかたないじゃない。」

確かに遅刻確実だが、今日は所用でレイ・レナが先に登校したため、

シンジと久しぶりに二人っきりの登校となったのだ。

出来るだけゆっくりと歩きたいというアスカの思いもあった。

そのためいまいち説得力のない言葉であったが、アスカのやさしさだ分かっているシンジは、

「ありがとう、アスカ。」

笑顔でアスカに感謝した。

久しぶりにシンジの笑顔の爆弾を受けたアスカ。

「ちゃんと分かってるじゃない。」

顔を赤くした彼女は、シンジに悟られないようにと背を向けて歩き出した。

一応、この歩道は安全なので、少し先の交差点まで先に行って、

顔の火照りをなんとかおさめようとしたのだ。

その頃、その交差点付近にはひっそりと薔薇が一輪咲いていた。

どこか憂いを帯びているその表情は、その薔薇を一層美しく見せていた。

「ふぅ・・・シンジ君をひと目見ようとここで待ち伏せをしたものの・・・」

手の中の写真を見つめる彼。

どこで入手したか謎だが、着替え中のシンジの写真であった。

「どうやら、今日は休みみたいだねぇ。風邪でもひいたのかな?」

空を見上げるカヲル。

夏の太陽が、白い肌に照りつける。

「行ってみようか・・・・・・ねるふ商店街へ・・・・」

ポケットに手を入れたカヲルは、気落ちしているのか下を向いて歩き出した。

「どうしてもキミに会いたくて、学校を自主休校してきたというのに・・・」

交差点に差し掛かるカヲル。

中学を自主休校とは、将来が不安な少年である。

「ああ〜、キミに会いたい!」

歩きながら両手をおもむろに広げた彼は、見えないなにかを抱きしめるために、

両手を自分の肩に持っていくハズだったのだが・・・・・

本当になにかをその腕に抱きしめた。

「えっ!?」

その物体が声を上げた。

閉じていた目をカヲルが開くと・・・そこには赤い髪の美少女がいた。

その髪と同じく、顔中を紅潮させて・・・・・・

「なんだい? キミは?」

こんどはカヲルが声を出す番であったが、それを合図にするかのように、

鋭いフックがカヲルを襲った。

1発でふっとぶカヲル。

「あんたこそなによ!まだシンジにも抱きしめられたことないのに〜」

全力ダッシュでその場を離れるアスカ。

「フ○ッシングフック・・・」

そう呟くと、カヲルは気を失った。

その時シンジは横の公園を見て昔を思い出していたため、その一部始終を目撃できなかった。

「あのブランコでよく遊んだな・・・」







<つづく>


大変遅くなりました。
7Kそこそこと短いですが、お送りいたします。
レイ・レナのボケ、暴走を期待しておられた方、今回は彼女達には
出番といえるようなものがありませんでした。
次回は、しっかりと活躍してくれるのでご心配なく。
変わって、今回目立ったのはやはりアスカでした。
今までめだてなかった分、めだってもらいました。
いかがでしたか?


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