チュンチュン・・・チュンチュン・・・・・

「おはよう、すずめさん達。」

スズメの鳴き声に目が覚めたようだ。

大きく伸びをすると、ゆっくりとベッドを降りた。

いつもならあわただしい雰囲気の窓の外からは、スズメの声しか聞こえない。

カーテンを開けて風と光を部屋に入れた。

太陽の光が彼を照らし出す。

「いい朝だねぇ・・・・」

一糸まとわぬ姿で外を眺めている彼は、まぶしそうに目を細めた。

幸い、商店街が休みのため人通りはなかったのだが・・・・。

「んっ・・・・・」

大きく伸びをした。

「さてと・・・・本物のシンジ君に会いに行こうかな。」

ベッドに横たわるなにかがプリントしてある大きな枕にキスをすると、

優雅に着替えていたのだが・・・・・ふと時計が目に入った。

短い針が10を指している。

大きく息を吐くと目覚まし時計をもう一度確認する。

やはり短い針は10を指していた。

「真打は最後に登場するものだしね・・・・・・・。」

ちょうどプレイボールがかかっている時間であった。

手元のリモコンを手にとる。

再生ボタンを押すと、スピーカーから彼の愛する名曲が流れる。

「朝のティータイムは欠かせないよねぇ・・・・・」

遅刻確実の彼であったが、それでも急ぐことなくグラウンドに向かうのだった。

エレガントに・・・・・






ねるふ商店街のみなさん  第9話  おもいをぼーるに




「マヤさん、ナイスピッチングでした。」

1回の守りを終わって、引き上げてきたエースにタオルを渡すシンジ。

「ありがとう、シンジ君♪」

笑顔で受け取り、汗をふき取るマヤ。

1番シャムシエルを2−1と追い込み、ストレートで見逃し3振。

2番サンダルフォンを2−0から空振り3振。

3番バルディエルを2−1から見逃し3振。

3者連続3振にきってとって、最高のスタートを切ったのだ。

「あ〜ぁ。こっちは暇で汗もかかないわ。」

シンジが自分にタオルを持ってきてくれなかったことにちょっとご立腹アスカちゃん。

それでもこの試合はマヤのピッチングにかかっていることがわかっているから、

あからさまには・・・・・不満を述べていないつもりであった。

談笑している2人をベンチにドカッと座ってじっと見ているアスカ。

こうなったら、ホームランしかないわ!

シンジに私をみせつけるんだから!

ドリンクのストローをかむアスカ。

その後ろのベンチでは・・・・・・レナがすでにレモンのはちみつ漬けをおいしく食べていた。

「やっぱり運動にはこれよね〜。」

大きい入れ物5つ分を用意してもらったレナ。

これが彼女の動力となるのであろうか?

「アスカも食べる〜?」

「いらないわよ、後でもらうわ。」

本気でホームランを狙っていたアスカは、ピッチング練習中の相手投手に釘付けであった。

聡明さを誇る(?)アスカだけあって、少しでも相手のデータを入手しようと必死だ。

さすがに速い。

ピッチングフォームはマヤの方が数段良いが、筋力が全然違う。

1番バッターのレイが打席に入った。

それらしい構えで打席に立つ彼女。

しかし結局1回もバットを振らないまま3球3振。

とことことベンチに帰ってくる。

「レイ、アンタ1回位ふってらっしゃいよ。」

「問題ないわ。」

「大有りよ!ボールを前に飛ばさなきゃ意味ないじゃない!」

レイが野球の事をよく理解していないと思ったのか、アスカの口調がちょっときつくなった。

「大丈夫。指令の指示だから・・・・・」

はぁ? という表情でその指令を見るアスカ。

後ろのベンチの真中に冬月とともに座って試合を見ている姿があった。

アスカなりにあの怪しい男を(将来はお義父さんになる予定なので・・・)評価していたのでもうそれ以上

なにも言わなかった。

グラウンドを見ると・・・・マコトがセカンドゴロに倒れていた。

「やっぱり重い球ですね。」

戻ってきたマコトのコメントだ。

「じゃぁ、私もちょっち行ってくるわねん。」

軽い足取りでボックスに入ったミサトだったが、その瞳は真剣。

甘く入ってきた初球を叩いた。

が、深く守っていた外野手がなんとかその打球においつくことができ、3アウトとなった。

「やはり研究しているようだな。」

「ああ。問題ない。」

そのぜえれの守備体型を見た2人が数少ない会話を交わす。

「さぁ、まだ試合は始まったばかりよっ!」

アスカが一番最初にベンチを出て、守備位置に向かった。

レモンをくわえてレナも続いた。

「鈴原、ちゃんと守るのよ。」

ヒカリがトウジにグローブを手渡す。

頬が少し赤いのはお約束だ。

「ワイの華麗なプレイをみせたるけんな!」

受け取ったグローブを手に高校球児のように全力疾走するトウジ。

ベンチを出る前にヒカリに向かって、ちょっとガッツポーズをしたのは彼なりの照れ隠しか。





2回表のぜえれの攻撃も3者3振に終わった。

これで6連続3振。

マヤの球はいい伸びをみせている。

しかし、捕手のミサトはなにかひっかかりを感じてか素直に喜べなかった。

まぁ実際にミットを通しての感触は最高のものであったから、彼女もそれが杞憂だと思うことにした。

2回裏。

ねるふ4番のシゲル登場だが・・・・・・

「ボールフォア!」

0−3から外に外れた球でフォアボールとなり出塁した。

あからさまな歩かせだ。

高校野球では屈指のスラッガーとして鳴らしていた彼である。

まともに勝負するハズがない。

例えそれが、野球ではなく他の道を選ぶような男でも。

「おっしゃ!」

気合十分にバッターボックスに入ったトウジ。

その初球は・・・・・大きく曲がるカーブだった。

完全にタイミングと打ち気をそらされたトウジはひっかけてしまい、ピッチャーゴロゲッツー。

「男なら、まっすぐで勝負せんかい!」

当然ながら、相手投手は答えない。

そして打席にアスカが入る。

ツーアウトランナーなし。

好きなことをしてもよい場面だ。

まずは、打席で球筋をじっくりみたい。

追い込まれるまで手を出さない作戦にでた。

確かに伸びはいい。

でも、打てない球ではなかった。

2−0と追い込まれる。

3球目。

投じられた球は・・・・・カーブだった。

中途半端なスイングは空を切った。

完全な読み違いであった。

この悔しさを次の打席に持っていったのだが・・・・・結局その打席でも手はでなかった。





























試合は膠着状態のまま9回を迎えた。

0−0のまま。

ねるふはランナーを出すものの3塁を踏めない拙攻。

ねるふ4番のシゲルにいたっては、3打席連続フォアボール。

完全に勝負を避けられていた。

ヒットを打ったのはミサト、アスカ、トウジが1本づつ。

わずかに3安打のみ。

対するぜえれは、8回までマヤにパーフェクトに抑えられていた。

なんとこの時点で奪った3振は14個。

しかし、さすがに疲れが見えている。

ミサトにはその理由はよくわかっていた。

ぜえれ側は徹底して、マヤに球数を投げさせる作戦に出ていたのだ。

そのため、ついにスタミナが切れてきたのか、コントロールが甘くなり最初の打者にフォアボールを与えてしまった。

次の打者には・・・なんとバスターを決められて、ノーアウト1・2塁。

ミサトはタイムをとると、マウンドに向かった。

「葛城さん、すみません・・・・」

さすがに肩で息をしているマヤ。

「ドンマイよん。まだ点をとられたわけでもないし。」

「は、はい!」

とは言ったものの、ミサトもこのピンチをどう乗り切るか思案にくれているのだ。

そんなやりとりをしていると、ぜえれ側の応援団から歓声があがった。

特に女の子の声が大きい。

なんだ?とグラウンド内外の目がそこに集まった。

堤防の上には少年が立っていた。

夏の風がその髪をやさしく揺らした。



「「「カヲルさん〜」」」

「「「カヲル君〜」」」

「「「カヲル様〜」」」



ぜえれ商店街で今年結成された”渚カヲルファンクラブ 薔薇組”なる組織のメンバーが送る声援に軽く応えるカヲル。

ゆっくりとベンチに向かった。

「どっかで見た覚えあるのよね・・・・・」

あの交差点の事件では、相手の顔をしっかりとみていたわけではないアスカ。

記憶が定かではなかった。

カヲルの方も一瞬のことであり、いきなり目にも止まらないパンチをもらっては相手を覚えているはずもない。

「フィフス、遅かったな。」

「おじいちゃん、真打は最後に現れるものなんだよ。」

「ふむ、まぁいい。」

モノリスは立ち上がると、ベンチを出た。

「代打、渚カヲル!」

その低い声で審判に交代を告げた。

「やれやれ・・・きてすぐに出番かい? もう少しゆっくりしたかったね・・・」

バットを持って打席に向かうカヲル。

「頼むぞ、フィフス。」

「わかってるよ。」

素振りもせずにバッターボックスに入った。

ぜえれ側からは大声援が起こる。

「プレイ!」

ミサトはバットを持つ少年を見た。

このひょろっとした少年がぜえれの切り札にはとても見えない。

それでもこの場面でわざわざ投入してきた選手だ。

初球は用心して・・・・サインを送った。

マヤが頷き、セットポジションから第1球を投じた。

ストレートが外角に外れる。

カヲルはまったく無反応。

打ち気などというものはまったく感じられない。

それならばとミサトは次のサインを送った。

マヤは頷き・・・第2球を投げた。

大きく曲がるスローカーブ。

「ストライーック!」

この球にも無反応だった。

この打者が何を狙っているのかわからない。

よみかねたミサトは内角いっぱいに構えた。

マヤが渾身の力を振り絞ってそこに投じた。

「ストライーック!」

内角一杯にきまった。

それでも彼は無反応。

いや、キャッチャーのミサトに話し掛けてきた。

「つまらないね・・・・・」

呟きのようなセリフ。

「イナズマボールを打たなければ意味がないのに。これじゃ、わざわざビデオを見た意味がないじゃないか。」

イナズマボール。

マヤが高校時代に甲子園予選を勝ち抜いた魔球である。

相手に向かう気持ちが乗った最高のボール。それがイナズマボール。

カヲルの言葉にミサトはカチンときた。

この少年はマヤの球を打てるといっているのだ。

それもこんな球を打ってもうれしくないと・・・・。

次にミサトが要求した球にマヤはクビを振った。

それでもミサトは同じサインを出す。

しぶしぶクビを縦に振るマヤ。

第4球は・・・・カヲルの顔の間近。

ぜえれベンチと観客からブーイングがとぶ。

それでも・・・・カヲルは動じていなかった。

まったくよけようともしていなかった。

よけいに腹が立つミサト。

最後のサインをだした。

マヤも頷き・・・・第5球を投げる。

ハーフスピードの球が・・・変化する!

この試合でまだ1球も投げたことのないスライダーだ。

だが、カヲルはまるでそのタイミングをはかっていたかのように、バットを振った。

右中間に打球が上がる。

レイ・トウジが必死で打球を追うが・・・・・打球は川へ飛び込んだ。

バットを投げ捨ててカヲルが1塁に向かう。

ミサトはがっくりと膝をついた。

打たれればもっとも飛んでしまうスライダーを要求した自分のミス・・・・。

マウンド上のマヤも打球の先をじっと見ているだけだ。

ぜえれのランナーが次々とホームインする。

3−0。

最高潮の盛り上がりを見せるぜえれ側。

がっくりとするバッテリーに慌てて1塁のシゲルがタイムをとってマウンドに行く。

他の内野手もマウンドに集まった。

ベンチからはシンジが向かった。

「ごめんなさい・・・・・」

うなだれているマヤ。

「マヤちゃん、元気だせよ。まだ試合は終わっちゃいないぜ。」

「ううん・・・・もうだめ・・・さすがに現役の時みたいにはいかないわね。」

苦笑いをするマヤ。

「そんな・・・そんながんもちゃんなんてみたくない!」

グローブを叩きつけるシゲル。

「俺と・・・・俺と戦っていたときの君はそんな顔しなかった。いつもいつも・・・・いつも闘志

 あふれるピッチングで向かってきてくれた!だから、」

「僕もそんなマヤさんは見たくないです。」

シゲルの熱い語りにベンチから駆けつけたシンジが割り込みをかけた。

「今でもマヤさんが地区大会のマウンドで一生懸命投げていた姿を覚えています。イナズマボール

 を駆使して勝ち上がっていくマヤさんを・・・」

シゲルは口があいたままだ。

「あの時、僕がイナズマボールってどうやって投げるの? って聞いたら、マヤさんこう答えてくれました。

 イナズマボールは誰でも投げれるのよって。相手に向かっていく気持ちの入った球。それがイナズマボール

 だって。だから・・・・・ごめんなさい、試合に出れない僕がこんなこと言って・・・・」

うなだれるシンジ。

それでも、集まった全員が彼の言いたいことは分かっていた。

いつもなら口をはさむアスカも、シンジの気持ちはわかっているから何もいわない。

「ありがとう、シンジ君。私、自分にいいわけしてた。」

シンジの肩をつかみ彼の顔を起こすマヤ。

そして・・・・・・その額に軽くキスをする。

「なっ!!!!!!!」

アスカが動こうとしたが、瞬時にマコトが取り押さえた。

このあたりはさすがである。

ちなみにシゲルは真っ白になっていた。完全に出番を見せ場を奪われた形になっている。

レナはというと・・・・・じっとその様子をみているだけだ。

「私、がんばる。自分に負けないように。」

自分になにが起こったのか理解するまで時間がかかったシンジであったが、ようやく理解すると、

ボンッと全身が赤くなった。

「ああいうシンジ君もいいねぇ・・・・」

ぜえれのヒーローカヲルはじっくりとその様子を堪能しているようだ。

「さあ、残り3人。抑えるわよっ!」

ミサトも自分を取り戻していた。

まだ9回裏もあるのだ。

マヤがやる気になっているのならば・・・・まだいける。

全員を守備位置につかせようとしたが、アスカはすぐに動こうとしない。

じっとマヤを見ている。

「マヤ・・・アンタ・・・・・」

アスカに言われて、思わずしてしまった自分の行為に顔を赤らめるマヤ。

それもこれだけの観衆の中だ。

「その、私つい・・・」

「ここから先はきっちりと抑えなさいよ!」

捨て台詞と共に守備位置に向かうアスカ。

少なくとも、今という時と場所をわきまえていた。

残されたマヤはというと・・・・・・・

自分の行為に恥ずかしがっていた。

が、それも審判の声がかかるまで。

「プレイ!」

その声でマヤのスイッチが切り替わる。

相手の打者をじっとみる。

ミサトはサインを出さずにただ真中に構えていた。

相手に向かう気持ち。

自分が野球を好きな気持ち。

そして・・・・

グローブの中のボールを握りなおす。

誰にでもなく頷く。

大きく振りかぶった。

渾身の力をこめて投げ込む。

ボールがミットめがけてぐんぐん加速していく。

「イナズマボールだ!!」

ベンチで見ていたシンジが思わず立ち上がる。

すべての人が声を失った。

「ナイスボール!」

ミサトがボールを投げ返すと、堰をきったように歓声がわきあがった。

ねるふだけではない。

ぜえれ側からもだ。

敵チームとはいえ、甲子園予選を勝ち進んだ女子チームのエースが投じる魔球。

当時は誰もが応援していた。

誰もがその一投に夢をみた。

2球目、3球目もイナズマボール。

3球3振。

「マヤはこうでなきゃ。」

幼い頃シンジと共に球場でマヤの応援をしていたアスカは、実は彼女のファンであったりする。

子供心に、あのイナズマボールの凄さと、マヤの笑顔が強烈に残っていた。

アスカの気性では、自分が投げると言い出しそうなものだが、

そういうわけもあってマヤが打たれれば仕方ないというおもいもあったのだ。

いや・・・マヤには打たれて欲しくないというおもいなのか。

「マヤ、ナイスピッチング!!」

アスカも元気に声をかけた。






<つづく>





どうも、せーりゅーです。
野球パート。
最初は全ての回を書いていたんですが・・・・
よんでてだれるなと思い、こういう展開にしました。
マヤ&シゲルについての元ネタわからないと、
イナズマボールとかシゲルがスラッガーであったとか・・・厳しいですね。
なんとか野球パートは年内に終わらせたいです。
次回もおつきあいしてくださると、うれしいです♪