「おか〜さん。」

「なに?あゆちゃん。」

「たいやき、おいし〜ね♪」

あゆはたいやきを小さな口いっぱいにほおばる。

口の周りがあんで一杯なのはご愛嬌だ。

右手に買い物袋を下げている母親も一緒にたいやきを食べている。

どうやら一緒に買い物に行った帰りのようだ。

「ねっ、おかーさん。」

母親は笑顔でこたえる。

「あしたもたいやきたべたいね♪」

「そうね。焼きたてを狙いましょうね。」

「うん♪」

あゆも最高の笑顔で母親にこたえた。





































で・・・・・・・・・



















「うぐぅ・・・いたいよ〜」

頬を抑えるあゆ。

「ちゃんと歯をみがかないからよ。」

呆れ顔で母親が言い放った。

毎日たいやきを食べていたあゆは虫歯になっていたのだ。

「歯医者さんに行くわよ。」

あゆの手をとる母。

「うぐぅ・・・いやだよぉ。」

その手を振り解こうとあがくあゆ。

彼女の頭の中には友達から刷り込まれた情報が渦巻いていた。







「ガガガガで、キュイーンでガーだよ。」

「痛かったよ・・・・」

「怖かったよ・・・・・・」

「歯医者さんの目が怖かったよ・・・・」

「永遠をみたよ・・・・・・」







歯医者未経験のあゆにとって、友達の話のみが真実であった。

歯医者さん=恐怖の対象という図式が、みごとに定式として成立しているのだった。

あゆの抵抗は続く。

「うぐぅ、うぐぅ!」

全体重を後ろにかけて、その場を動くまいとする。

子供なりの必死の抵抗だ。

そんな娘に母親は、ハートのエースを繰り出した。

「歯が治るまで、たいやきは・・・・・・・・・なしよ。」

なしよ・・・なしよ・・・なしよ・・・・・・

あゆの心にエコーとなって響いてきた。

「焼きたてのたいやきはおいしいわよね〜。」

しみじみと語る母親。

あゆの脳裏をたいやきが泳ぐ。

なぜかあゆはビキニ姿でそのたいやき君たちと泳いでいた。

そいて、彼女のこころが歯医者へと向かう。

そんなあゆの心を見抜いてか、にっこり微笑むと愛娘に聞く。

「あゆちゃん、たいやきたべたい?」

「うん!」

即答したあゆの心はしっかりと、恐怖の歯医者さんに向かっていた。





























が・・・・・

「うぐぅ・・・・やっぱり怖いよぉ・・・・」

涙目のあゆが”美坂歯科”という看板の前で立ち止まったままであった。

この美坂歯科は、歯科医師は若いが腕はよく、愛想もいいということで評判であった。

「あゆちゃん、あそこの向こうにたいやきの星があるわ!」

ビシッとその門を指差すおかあさま。すでに悪ノリはいっている。

あゆの瞳に炎がともった!

その火でたいやきがおいしく焼きあがろうとしている!

「いくよ、ボク!」

あゆは右手と右足同時にふみだした。

ドアの前に立つ。

自動ドアが静かに開いて、彼女を招き入れる。

あゆが踏み込むのを確認したかのように、母親は受け付けに向かう。

きょろきょろとあゆは見回す。

そこにキュイーンという高い音が聞こえてきた。

キュィーン・・・ガーガガガー・・・・・・ゴーゴーゴー・・・・

「う、うぐぅ・・・・・・」

あゆの勇気の火が小さくなっていく。

足が震える。

「う・・・・うぐぅ・・・・・・」

治療を受けている自分を想像する。

椅子に拘束され、無理やり口をこじ開けられ、キュィーンでウィーンでドドドドド・・・・。

体育の時にした練習を思い出して、右足を半歩下げる。

そこから180°回転してダッシュしようとしたが・・・・・・母親に腕をゲットされていた。

「あゆちゃんゲットでチュ〜。」

母親はなぜかにやりとしていた。

「大丈夫ですよ、ここの先生はやさしいですから。」

受け付けの”天野美汐”というネームカードをつけたお姉さんが、あゆに駆け寄った。

しかし、あゆはまだ恐怖から脱出できていない。

つま先がドアへ向いている。

「真琴、3番にこの子を連れて行って。」

仕方がないので、受け付けの横で書類整理をしている同僚の真琴を呼んだ。

この女の子を処置室へ連れて行くのに時間がかかると判断したためである。

美汐がいないと、受け付け業務が滞るのだ。

呼ばれた彼女は、なぜか口ににくまんをくわえていた。

「美汐〜。私、今手が離せないの〜。」

平然とにくまんをたべている真琴。どの程度仕事が進んでいるかは謎だ。

ただ、毎日院長の美坂香里に怒られているらしいのだが・・・・・・。

「そういうわがまま言うと・・・」

「あうー、美汐ちゃんの意地悪〜」

「だから、わがままは・・・・・」

「あうー、美汐ちゃんの意地悪〜」

「だから、書類は・・・」

「あうー、美汐ちゃんの意地悪〜」

その美坂医院名物のエンドレスを止めたのは、処置室から出てきた若き歯科医相沢祐一であった。

「こら、あうー、ちゃんと働けよ。後で香里におしおきされるぞ」

真琴の髪を引っ張る祐一。

「なにすんのよ!」

「これが香里だったら、お前の髪は短くなってるぜ・・・」

真琴の顔から血の気が引く。

その様子に思わず祐一は笑い出してしまった。

「相沢さん、この子3番です。おねがいします。」

笑っている祐一に、美汐はあゆをおしつける。

こういう時には、ロリータキラーと異名をとる彼の力を借りるのが一番だからだ。

参考までに、相沢祐一という男、別にロリではない(本人談)らしい。

ただ、なぜか子供うけがよくみんななついてしまうのだ。

「こんにちわ。」

祐一はひざをついて、目線を彼女に合わせる。

「うぐぅ?」

「俺は相沢祐一。これから君の治療をするんだ、よろしくね。君の名前は?」

「・・・あゆ・・・・・あゆ・・・・・・」

「あゆあゆちゃんか。かわいくておもしろい名前だね。」

「うぐぅ、あゆあゆじゃないもん。」

あゆは頬をふくらませていじける。

「ごめんな、あゆあゆ。」

祐一は左手であゆの頭をなでてやった。

「さぁ、行こう。」

そのまま右手で彼女の手をとった。

するとそれまでの抵抗がうそのように、あゆは祐一についていった。

相沢マジック炸裂である。

「よう、相沢。相変わらずもてもてだな。」

処置室へ向かう通路で、ここの副院長ということになっている、

”美坂潤”と遭遇した二人。

「うらやましいか、北川。」

「ああ・・・すっごく、うらやましいぜ。結婚はやまったかなぁ・・・・」

祐一は潤のことを結婚前の姓で呼んでいた。

高校からずっと一緒のくされえんで、呼びかたを変えるのが面倒だったからであった。

「いいのか?そんなこといって・・・冗談でもここで言うのはマズイぜ・・・」

祐一は空いている手で北川の左後方を指差した。

そこには、非常ににこやかな美坂香里様がいらっしゃった。

「いや、そのだから・・・・」

「(にこにこにこ)」

「これはその・・・いわゆるひとつの・・・」

「(にこにこにこ)」

彼女があまりににこやかすぎるため、潤はうまく言葉がつげなかった。

その空気にあゆはびくっとする。

「はいはい、そこまで。続きはいつもの奥部屋でやってくれ。」

右手からその様子を感じ取った祐一が、香里を抑えられないことは分かっていたので、

とりあえず場所を変えるように提案する。

「いきましょうか、あ・な・た。」

黙って香里についていく潤。

防音設備がされている、奥部屋へ入っていった。

「あの2人はいつもああなんだ。ただのレクリエーションさ。」

「楽しいの?」

「う〜ん・・・・多分北川も楽しいと思うよ・・・多分・・・・」

「そうなんだ・・・・・」

祐一の言ったことが分かったのかどうか疑問だが、あゆの表情が少しゆるんだ。

「さあ、行こうか。」

3と書かれたドアを開け、中に入る。

広めの部屋に、なにやらいろいろなものくっついている白い椅子があった。

「ハイ、じゃあ座って。」

祐一が椅子に座るように促す。

またも、躊躇するあゆ。

祐一はただ、あゆが座るのを待っていた。

「せんせい・・・・」

「なにかな?あゆあゆちゃん。」

またもあゆあゆと呼ばれたが、あゆはそのことを訂正してもらおうとは思わなかった。

呼ばれているうちに、あゆあゆと呼ばれるのがとてもいい気持ちになったのだ。

「痛く・・・ない?・・ボクはじめてなんだよ・・・」

「う〜ん・・・・痛くないように努力します。」

正直に答える祐一。

そんな祐一の瞳を見ていると、この人を信じていいという気持ちになったあゆは、

「じゃあ、痛くしないようにがんばるって誓って。」

「ああ、いいよ。」

あゆは小指を差し出す。

祐一も小指を差し出して、その指に絡めた。

「ゆーびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます、ゆびきった♪」

それは二人がかわした最初の約束であった。











<おわり>




どうも、9000Hit記念SSです。
今までお付き合いくださったみなさんに感謝です♪
ちょいと中途半端な終わり方でした。
なんか、連載ものとして続くみたいに・・・・・・って連載はだめ〜!
これ以上ふやすのは危険なので、やはりここでとめます。
そのうち修正・加筆するかも。



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