「あら、名雪がチャイムの前に来るなんて珍しいわね。」

笑顔の香里の前には、おねむな親友が肩で息をしている姿があった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・香里ぃ・・・祐一は?」

祐一のモーニングコールから始まるはずの彼女の朝が、今日は違った。

彼女が目覚めると、水瀬家に祐一の姿はなく、食卓でパンにジャムを

塗っている人に尋ねると、

「香里さんに聞けば謎はすべて解けますよ。じっちゃんの名にかけて」

なんて意味不明なことを言われるものだから、朝食もとらないで、

V−MAXを発動させ、いつもの1/3の時間で学校に到着したのだった。

「昨日、妹が道端で拾ってきて、うちで療養中ってとこよ。1週間ほど加療しなさいって。」

「よくわからないんだけど?」

「だから、昨日の朝、相沢君の体調が悪かったでしょ?」

「うん。まだあのジャムの耐性がつききってなかったみたいだね。」

自分の母親の作ったものを、ウイルスかなにかのように言う名雪。

「で、道端で倒れていた相沢君を栞が拾ってきたわけよ。」

「なんで、香里のとこで加療するの?」

私が手厚く看病するのに、と顔に書いてある名雪。

その名雪の言葉に香里は表情を曇らせる。親友の質問に答えづらそうな様子だ。

それでも、親友が彼のことを好きなことは知っているわけで、ちゃんと答えてあげ

なければならないと思い、口を開いた。

「栞がね、彼のことをね、その・・・看病したいっていうの。」

「栞ちゃんが?」

栞と面識のある名雪は彼女のことを知っている。

「公園で絵の具を拾ってくれた恩返しがしたいって。」

その言葉をいまいち飲み込めない名雪。

たったそれだけの理由で、よくしらない男を看病したがるのだろうか?

「秋子さんの了承はもらってるわ。」

名雪の脳裏にはコンマ数秒で了承を出した母親の笑顔が浮かんでいた。

「だから・・・・・お願い、名雪もこのことを・・・・」

香里の視線を受ける名雪。

こんな表情の香里を見るのは2回目だった。

軽く一息つくと、

「了承だよ♪」

と、親友に笑顔を向けた。




奇跡が起こった日 第7話



ちゅんちゅん・・・・・

スズメが俺に朝のあいさつをする。

その声で目覚めた俺。

しかし、俺はもう一度眠らなくてはならない。

なぜなら・・・・・・・

ギィ〜。

ドアをそっと開けて彼女がはいってくる。

ベッドの横に来ると俺にやさしく声をかけてくれる。

「おはようございます、祐一さん♪」

俺が香里の拳に倒れて、早くも1週間がたとうとしていた。

今ではほぼ自由に動けるほどに回復している。

これも栞のおかげといえるだろう。

しかし、その間にはいろいろあった。

おかゆを、ふ〜ふ〜と冷まして食べさせてあげる栞の姿に名雪が嫉妬して、

謎ジャムパンを差し入れてくれて、俺は永遠になりかけた。

ほんとうに、あの時は天国の両親と再会できるかと思った・・・。

さらに、タオルで体を拭いている姿を目撃した香里が勘違いして、

彼女が第7感に目覚めそうになったりしたこともあった。

あの時は正直、”死”を覚悟したほどだ。

そんな中、俺は変わったと思う。

以前は、香里のことを思って眠れぬ夜を過ごしていたほどだったが、

今ではそんなこともなくなっている。

いつもそばにいて、俺のことを気遣ってくれている彼女。

栞のことで胸がいっぱいだ。

確かに、毎日食事を食べさせてもらったり、おでことおでこの検温をしてくれたり、

その他もろもろ尽くしてくれる可愛い子に転ばないわけがない。

悲しい漢のサガか?

そう言われても仕方がないと思う。

しかし、彼女の心に、少しだけだが触れて、彼女に心惹かれるようになったのも事実だ。

香里はというと、俺のライバルのような存在になったといえる。

シスコン色の強い彼女は、栞にべったりと言ってもよい。

俺と栞の愛の時間は、香里が学校に行ってる時だけだ。

どうやら、香里は俺と名雪をくっつけたがっているようだが、俺の心はすでに栞のもの。

名雪はあくまで”いとこ”なのだ。恋愛の対象にない。

うん、そうだ俺は栞が好きでもいいんだ!

単なる浮気者じゃない。

本気だ。

目を閉じると、栞の一つ一つのしぐさが思い浮かぶ。

でも・・・・・・・・彼女が時折悲しそうな顔をみせるのを俺は見逃してはいなかった。

決まって、これからのこと、将来のことや夢の話している時にそういう顔をする。

栞の作り笑いなんて見たくない。

そう思っていた矢先、それは起こった。

「祐一さん、熱くないですか?」

すっかり回復していた俺だが、栞は食事を食べさせてくれていた。

「はい、あ〜ん。」

栞が食べさせてくれる食事は、当社費300%増しにおいしく感じる。

「はい、あ〜・・・・・・」

スプーンを俺の方に差し出す彼女の手が止まる。

スプーンがスローモーションで落ちる。

そして・・・・ゆっくりと栞が俺の方に倒れてきた・・・・・・・・・
<つづく>



お久しぶりです。
HPの更新再開です。
やはり最初はこれからはじめるべきだと思い、
”奇跡が起こった日”からアップすることとしました。
いかがでしたか?
だんだんコメディから離れてくるかもしれませんが、
最後までお付き合いくださるとうれしいです。

ご意見・ご感想はこちらまで
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