「残念ながら・・・・・・・不明です。」

メガネを押し上げる医師には困惑の表情が浮かんでいた。

「不明?不明ってどういうことなのよ!!」

医師の言葉による硬直からいち早く脱した香里が詰め寄る。

「だから、まったく分からないのです・・・似たような症状の病気もあるのですが・・・

 それとは明らかに違う点が多いんですよ・・・ただ、発熱によって徐々に体力を

 奪われていく・・・・・・・それしか現状では・・・・・」

医師も沈黙してしまう。

「まさか、不治なのですか?」

父親の言葉に医師は答えかねていた。

「これからの研究によっては、あるいは・・・・」

「研究ですって!?あなた、栞をなんだと思っているのよ!」

香里が医師につかみかかる。

「やめなさい、香里!」

父親が抑える。その父も頭の中は大混乱を極めていた。

「今日は栞の誕生日なのに・・・・」

母親はただ、涙しているだけであった。

「それで、このままいくと栞はどうなるのです?」

香里を抑えながら、父親は医師に問う。

「もって1年・・・・・発熱による体力の衰えから・・・命を落とします。」

一呼吸おき、香里の悲鳴が院内に響いた・・・・・・・・・







Kanon連載SS 奇跡が起こった日 第8回





「栞!」

俺は倒れこんできた栞を支える。

その華奢な体は、体力の落ちた俺でも軽々と支えることができた。

「栞、返事をしてくれ!!」

栞の顔を覗き込む。

顔が真っ赤だ。額に触れると、凄い熱があった。

「祐一さん・・・・・だいじょうぶです・・・・いつものことですから・・・」

そう答えて、ポケットを探ろうとする。

しかし、力が入らないのか、なかなか目的のものを取り出せないようだ。

俺がとってやろうとすると、

「ポケットは女の子の秘密なんですよ・・・・・」

と、わざと軽口を発して俺を心配させないようにする。

そんな栞の心に俺のまぶたには涙がたまってしまった。

「どうしたんですか、祐一さん・・・・・今生の別れというわけでもないんですよ。」

そう言いながら力のはいらない感じのする手つきで、彼女はポケットから薬をとりだした。

「今日は家の中だから、粉薬しか入れてなかったみたいです・・・・」

「そうか、待っててくれ栞。」

俺は栞をゆっくりと布団に寝かせると、台所へ走った。

コップをとって蛇口をひねる。

あせりすぎていて、蛇口をひねりすぎた。

勢いよく出てきた水が、コップから溢れる。

少し、水をこぼすとそれをもって部屋へ急いだ。

この数日間でなれた廊下だが、いつもより長く感じる。

開けっ放しのドアを避け、部屋に駆け込んだ。

ぐったりとしている栞。

一瞬、背筋が凍るような感覚を覚えた。

昔のいやな記憶が蘇りそうになる。

俺は首を横に力いっぱいふると、栞の枕もとにひざをついた。

左手で彼女の上半身をそっと起こす。

「飲めそうか?」

こくんとうなずく栞。

コップを口元にもっていってやって、少し水を含ませる。

そして粉薬の袋をあけて、それをゆっくりと栞の口にそそぐ。

ごくんと飲み込むのを確認すると、もう一度水を飲ませてやる。

一息ついたようなので、ゆっくりと寝かせて布団をかけてやった。

「ありがとうございます。」

瞳を閉じたままの栞はまだ辛そうであった。

これから薬がじょじょに効いてくるのだろう。

そう思っていても、栞の苦しそうな表情を見ていては落ち着かなかった。



「大丈夫だから・・・ね」



幼い頃に死んだ、母親のことが思い出された。

病院に見舞いにいっても、顔色の優れなかった母。

俺が心配そうにしていると、

「大丈夫だから・・・ね」

と、必死に笑顔を作ってくれていた。

栞の姿に、その姿がかぶる。

「お願いだから、死なないで・・・・・」

母が息を引き取った時の言葉が自然と口から漏れていた・・・・・・。







時計の秒針の音がひどく大きく響く。

その針は、何を紡ぎだしているのだろうか?

限りなくながく感じた時間がすぎた。

俺は、ただじっと彼女の顔を見ているしかなかったが、

栞の表情が次第に安らかなものになっていくのが分かる。

それと共に、俺の鼓動も正常なものとなっていった。

栞の額に手をあてる。

先ほどのような高熱は、もう出ていないようだ。

「祐一さん・・・」

「大丈夫か?」

「はい。今度は本当に大丈夫です。」

「今度はって・・・」

「あはは・・・祐一さん食べたいものがあるんですけど。」

栞が話しをそらそうとする。

聞きたいことはあったが、栞の笑顔に安心した俺はなにも聞かなかった。

いや、聞くのが怖かったのかもしれない。

だから俺は、俺なりの笑顔で応えた。

「アイス・・・・・だろ?」

「そうです、もちろんバニラですよ♪」

「了解。」

俺は立ち上がると、栞のために冷蔵庫へと向かった。

今日は俺もアイスをとことん付き合おうと思いながら・・・・・





<つづく>


短い、更新遅いと自分でもダメだな、と思っています。
でもなかなか、まとまった時間がとれなくて・・・・
ここまでで、祐一の両親が死んでいることを覚えていてくださった方はいるのだろうか・・・
いただいた感想でツッコミがありましたが、この後のお約束な展開のために、
そういう設定にしていました。
ちょっとダークな雰囲気がしてきましたね。
最後までお付き合いしていただけるとうれしいです。



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