Believe Your Heart

 オレは今、着慣れない服を着て歩いている。 少し違和感があるけど、今のオレにはそれすら心地よい。 静寂という言葉の似合う建物の中を移動し、 目的の部屋の前へと足を進め、そっと扉を開く。 「確か、ここだったよな」  部屋の中には人形のようにボーッとして、 それでいて神秘的な雰囲気を持っている女性が見える。 世界に名だたる大企業、来栖川グループの会長の孫娘、 経済界のプリンセス、来栖川芹香だ。 オレは、 「芹香ー」  と、驚かさないように声をかけた。 「………」  芹香は声が小さいけど、オレはいくらでも声を聞き取ることが出来るし、 変化が少ない顔も読み取れる。 今、嬉しそうな顔をしてるのもわかった。 「ちょっと我慢できなくなっちゃってさ、会いに来ちまった」 「………」  頬を赤らめ、恥らう芹香。昔から変わらないオレたちのやりとり。 それを見てオレはふと6年前の思い出に心を沈めた。  オレはどうやったら先輩に会えるのかを考えている。 先輩の卒業と同時に、身分の違いを理由に引き離されたオレたち。 会いに行っても、門前払いをされる毎日。 オレが不甲斐ないばっかりに、大事なひとに寂しい思いをさせてる。 そのことがこの3ヶ月間、オレの心を蝕み続けている。 だが、焦ったってどうにもなるわけじゃない。 考えるんだ! いっそのこと先輩をさらっちまうか。 ………。 アホか、オレは。 そんな大それたこと、そう簡単にいくか。 第一、それじゃ約束が無駄になっちまう。 思い出せ! あの時の想いを!  と、その時、オレの熱い想いに水を差すよ うに、 『ピンポーン』  と、家のチャイムが鳴った。 「あー、はいはい。今出ますよ!」  少し乱暴に扉を開くとそこには、なんと来栖川芹香先輩が立っている。 「ゆ、夢じゃないよな?」 「夢じゃないわよ」  と、先輩の後ろからピョコンと少女が飛び出してオレに言った。 オレはその姿を即座に確認。 先輩とよく似ているが、先輩よりも活発そうな雰囲気。 一目瞭然、芹香先輩の妹、綾香である。 「綾香じゃねぇか、もしかしてお前が先輩を連れ出したのか?」 「そうよ。あなたに言いたいことがあるんだって言うから、連れてきたの」  意外である。 先輩はオレに向き直り、目を見ながら言った。 オレは一言一句逃さず、そんな先輩の言葉を聞く。 「………」  オレは先輩に聞き返した。 「私と、一緒に逃げてくださいって、何か悪いことしたの?」  ふるふる。先輩は横に小さく首を振った。 違うらしい。 「まさかさ、駆け落ち?」  こくん。今度は縦に首を振る。 「あの、先輩。駆け落ちって意味、ちゃんとわかってるよね?」 「はい……」  先輩の顔を見ればわかる。本気だ。 良く見れば後ろに大きなカバンもある。 確かにここまでオレがふがいないと、駆け落ちが一番良い方法なのかもしれない。 だけど! 「悪い、先輩。そのお願いは聞けない」 「!」  先輩はすごく悲しそうな顔をする。 それがオレの心をナイフでえぐった。 そして、先輩は泣き出し、オレの目の前から駆け出して行ってしまった。 「せ、先輩!?」 「ちょ、ちょっと! 何やってるのよ!」  綾香が慌てながら、オレを責める。 「し、しょーがねぇだろ! とにかく追いかけないと!」  オレは急いで先輩を追いかけた。 先輩の足はお世辞にも早いとは言えない。 オレの足なら十分捕まえられる。 『事故さえなければ』  オレは不意に嫌な予感がした。 「ねぇ! あの車、なんか変よ!?」  後ろを走ってついてくる綾香の声が聞こえる。 見るとフラフラした車が先輩の前方から迫っていた。 先輩は気付いていないのか!? ヤバイ!!! 「先輩!!!!!」  オレは力の限り叫んだ。 だが、先輩は気付かないのか、止まらない。 くそ! 間に合え。 間に合ってくれ!! いや、間に合うはずだ、絶対に!  オレは全力で走った。  無我夢中だった…。  気付くと、先輩はオレの腕の中で気を失っていた。 オレは反応の無い先輩に何回も語り掛ける。 「先輩!!!」 「あ……」  先輩が弱々しくだが声を発して、オレは心の底から安堵した。 「先輩、よかった……」  全力で走って、ギリギリのところで先輩を助け出せたのだと綾香は言う。 ちょっと頭ぶつけたけど、お互い大したことはなさそうだ。 「危なかったのよ、姉さん。本当に…」  綾香も安心したようである。 「すいません……」 「オレの方こそ、ぶしつけに言っちゃってゴメンな」  自分の何も考えず言った言動に腹が立つ。 言い方なんかいくらでもあったはずなのに、 それを考えるとオレが先輩の家で門前払いされるのは、当たり前のような気がしてきた。 身分の違いだけと決め付けていた自分がイヤになってくる。 だが、先輩はふるふると首を振り、オレの頭に手を乗せてをなでてくれる。 「先輩……」  ちょっと感動。 オレは、そんな先輩に応えるべく自分の思っていることを全て話すことを決意する。 「先輩。オレはあの時の魔法を信じる。 みんなから祝福されるために信じる」  高校の時、オレたちが結ばれたときに先輩とやった儀式があるが、 オレはあの時の魔法を信じている。 「だから、駆け落ちは出来ない。みんなから祝福されなくなる」  先輩は相槌を打ってくれた。それを確認し、オレはさらにはっきりと言い放つ。 「けど、これだけは約束する。 オレは必ず迎えに行くから。 これだけは信じて欲しい」  そして、オレは先輩に小指を差し出す。 「約束しよう、先輩。これも由緒正しき、魔法のひとつだぜ」 「はい……、約束…です……」  先輩もおずおずと小指を出してくる。 オレは自分の小指を先輩の小指と絡め、そして、オレたちは指切りを交わした。 「………さん…」  遠くから呼ぶ声がする。 「ん、ああ、どうかした?」  芹香は心配そうな顔をしていた。 「昔のことをちょっと思い出してただけだよ。 あの時の魔法のことをね」  オレは、お互いがお互いの魔法を信じたから効果が出たのだと思う。 魔法って、空想のものなんかじゃない。 信じる力が魔法を生んだんだ。 だからこそ、オレと芹香はここにいる。 「それにしても、色々あったよなー。 ま、今となっちゃどれも楽しい思い出だけどなー」  自分に聞かせるように喋り、オレは芹香を見た。 純白に身を包み、天使のようにたたずむ芹香。 「義爺さんも納得させることが出来たしな」 「はい……」 「さあ行こう、芹香。みんなが待ってる。 でも、その前にこれだけは言っとかないとな」  オレはこの部屋に来てから言いたいことがあった。 芹香はいつもの顔をして、こっちを見る。 「………」 「すごく似合ってるぜ、そのウェディングドレス」  そして、次に言うべき言葉を声に出して言うのに、 一瞬照れくさくて躊躇したが思いきってしっかりと自分の想いを告げる。 「一緒に、思いっきり幸せになろうな!」  芹香の顔は今までにないほどに輝いていた。  この世には、ひとつの魔法がある。  恋をする者たちにかかる魔法。  お互いを信じる2人を幸せにする魔法。  その魔法の名前は、  ……トゥハート…… Fin♪ ご意見、ご感想お待ちしています。