パロディ・競馬

〜サクラチル! 産経大阪杯〜

 

・まえがき

2001年の産経大阪杯は、大波乱のうちに幕を閉じました。

馬券的にも、精神的にも大波乱です。

本命はテイエムオペラオーで間違いない、と思っていた僕はショックを受けました。

アグネスフライトも沈み、ダブルでショックでした。

そんな失意の中、ふらふらっと書き綴ったのがこのお話です。

尚、実際のものに脚色し、馬名を変えてしまっていることを、予め御「了承」下さい。

 

   設定

 

主な登場人物・競走馬>()内はモデルとなった人物、または競走馬。

アーバレスト(テイエムオペラオー)

相沢祐一(和田竜二)

バルムンク(エアシャカール)

美坂香里(蛯名正義)

ウェディングベール(トーホウドリーム)

斎藤(安藤勝巳)

 

舞台は2001年の産経大阪杯。天皇賞(春)へのステップレースに、強豪と呼ばれる面々がそろっている。

場面は向こう正面。ハイペースの流れている状況である。

 

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(うーん。どうも調子が良くないな…)

 向こう正面を行く馬群の中、祐一のアーバレストは中団やや後方に待機していた。本当であればもう少し前で、馬群の真中くらいで競馬をしたかったのだが、今日は馬に行く気がなかった。それで馬なりに走らせたところ、現在の位置取りに至っている。

 先頭はイートエンドランで、逃がすと怖いあゆの騎乗である。ペースは早かったが、あまりじっくり構えていると逃げ切られる可能性があった。

 祐一は軽く手綱を押してみた。いつものアーバレストなら、少し走るペースを上げるはずだ。

 しかし、アーバレストは何の反応も示さなかった。

 焦らなくても大丈夫だ。アーバレストは、そんなことを言っているのだろうか?

(…分かった。お前の好きなように走れ)

 祐一は仕掛けどころまで、一切馬を操るのを止めることにした。馬が動かないのに、自分がじたばたしていても仕方ない。

 馬群は、3コーナーへ差しかかろうとしている。

 

 

 

 スタートしてからずっと後方3番手を進んでいたバルムンクだったが、3コーナーが近づくに及んで徐々に順位を上げ始めていた。バルムンクに跨る香里は一度軽く手綱を押しただけだったが、バルムンクは敏感に反応してスピードを上げた。

(上々の手ごたえね。前走とは全然違うわ)

 香里の脳裏に、前走・ジャパンCの光景が浮かぶ。あの時のバルムンクは絶不調で、3コーナーでまくったものの途中で脚が止まり、14着と大惨敗を喫していたのだ。

 あれから4ヶ月が経った。一度の敗戦で調子を崩してしまう馬は決して少なくない。そしてそれは、バルムンクのようなデリケートな馬に多い傾向にある。しかし、バルムンクを管理する調教師である北川はバルムンクを上手く立ち直らせていたのだ。あと一歩で絶好調というところまで、調子が上がってきている。

 以前から北川の調教手腕は認めていた香里だが、改めてその技術に驚かされるのだった。

(この手応えなら…)

 勝てるかもしれない。そう思いかけて、香里は自分の過信に気付く。

 そう、このレースには去年一年間無敗を誇るアーバレストも出走しているのだ。正直な所、敵う相手とは思えない。

(ま、無様な負け方はしないわ)

 香里は次第に距離が詰まっていくアーバレストと祐一の後ろ姿を見ながら思った。

 敵は、ただ一頭――

 

 

 

 祐一はちらっと後方を確認した。バルムンクがそろそろ動き出したようだ。

(こっちも動くか)

 祐一は手綱を押した。アーバレストは何の反応も寄越さない。

 おかしいな、とは思いながら、もう一度手綱を押す。今度はさっきよりも強く押した。

 ようやく、アーバレストがスピードを上げた。しかし、それはあまりに小さい反応に過ぎなかった。

(うわ、やべ…)

 アーバレストの不調ぶりを悟り、祐一は焦った。必死に手綱を押しつづけていると、少しずつではあるが、前を行く馬との差が縮まり始めた。

 だが、今度は後ろからバルムンクがやって来る。アーバレストを外から交わしていく勢いだ。

 祐一の焦りはピークに達した。好調に見えるバルムンクに前に出られでもしたら、こんな調子のアーバレストにとうてい勝ち目はない。

 一発、左ムチが飛んだ。さすがにアーバレストからも明らかな反応が返ってきた。

 加速のついたアーバレストは、4コーナーを抜けて、直線を向こうとしていた。

 

 

 

(お、かなりいい手応えじゃないか)

 斎藤は自分の跨るウェディングベールがしっかりと余力を残していることに驚いていた。この馬は前走でやっと条件戦を勝ち上がったばかりで、調教師からも「かなり厳しいと思うから、気楽に乗ってくれて構わない」と言われてこのレースに臨んでいたのだ。

 それがどうだろう、十分に勝ち負けを期待できる手応えがあるではないか。

 斎藤は左を見た。必死に馬を追う祐一と、なかなか伸びないアーバレストの姿が目に映る。

(相沢の馬、めちゃくちゃ調子悪いんだな)

 道中、斎藤はウェディングベールをアーバレストのインにつけていたから、あまり調子が良くないことはある程度予想していた。しかし、ここまで酷いとは…。

 斎藤は前方に視界を向けた。馬が密集し、上手く直線で末脚を伸ばすことのできるコースは見当たらない。このままでは、脚を余してレースを終える羽目になりかねない。

 そう思った矢先、遠心力で外に降られる馬がいるのを見つけた。その馬の内には、ちょうど一頭分の隙間ができあがっている。

(ラッキ〜♪)

 斎藤はそこへウェディングベールを誘導し、一気に仕掛けようとした。しかし、タイミングが少し遅かった。ウェディングベールよりも先にその隙間に進路を取る馬がいたのだ。

(くぅ〜、美坂ぁ…)

 その思惑を打ち砕いたのは、香里の駆るバルムンクだった。そのままスピードに乗って他馬を交わしていく。

 残された選択肢は一つだった。…外に持ち出すしかない。

 ウェディングベールは他より遅れて、大外からラストスパートを開始した。

 

 

 

 調子の悪いアーバレストだったが、直線に入ると他馬を順順に交わしていった。しかし、いつものような切れ味抜群の末脚は影を潜めてしまっている。

 祐一はさきほど4コーナーでムチを使ったことを後悔した。あの場面で脚を使ってしまったため、もうほとんど余力がなくなってきているのだ。ゴールまではまだ距離があるというのに、こんな状態である。しかも、後ろからやって来るバルムンクの脚色は、確実にアーバレストのそれを上回っていた。

(…負けたか)

 ムチを右手に持ち替えながら、祐一はそう思った。ただで負けるつもりは少しもなかったが。

 後方から、蹄の音が近づいてくる…!

 

 

 

 強く押した香里の手綱に応え、バルムンクは一気に加速した。皐月賞を思い起こさせるような、他とは明らかに次元の違う瞬発力だ。

(この手応えなら…)

 勝てるかもしれない。あらためてそう思いかけ、香里はやはりその思考を停止させた。どうして余計なことを考えてしまうのかしら、と内心苦笑いしつつ、もう一度、思考回路を作動させる。

(かもしれない、じゃないわ。勝てるのよ、この勝負…!)

 バルムンクはアーバレストに並びかけようとしていた。完全に射程距離に入っている。一瞬、祐一がバルムンクの方へ視線を向けたような気がした。そして、祐一はアーバレストにムチを、1発、2発、3発、と入れた。

 次の瞬間、香りは突然バルムンクの脚色が鈍ったように感じた。あっといまに詰まったアーバレストとの差が、急に縮まらなくなったのだ。

 そして、香里はそれが錯覚であることに気付き、それの意味する所を悟る。

(なるほどね…。これが、8連勝の真相なのね)

 昨年、負けなしの8連勝を飾ったアーバレストは、この内容が常に僅差の勝利だった。8連勝を支えてきたものは、並んだら抜かせない抜群の勝負根性に在ったのだ。祐一はそれを引き出すため、わざわざ右ムチに持ち替えていたのだ。

(でもね、相沢君)

ステッキを握る香里の左手に力が篭もる。

(バルムンクのクラシック2冠だって、競り合いの中で勝ち取ったものなのよ)

 バルムンクに左ムチが飛ぶ。このレース始まってから、初めてバルムンクにムチが入ったのだ。

 再び、二頭の差が縮まり始めた。1馬身差、半馬身差、クビ差…。

 香里がもう一度だけ、左手を振り上げた。

 並んだ。

 そして、交わした。

(勝った!)

 ゴールまであと僅か。最後に見せた王者の意地もここまでだった。バルムンクの四肢がターフを蹴るごとに、今度は二頭の距離が開いていく。

バルムンクはあのアーバレストに勝ったのだ。

そう、アーバレストには。

「あっ…!」

 思わず声を上げる香里。ゴール版を通過した後も、香里はしばらく茫然とするしかなかった。

 無理もない。

 ゴール手前、バルムンクは、大外を回ってきたウェディングベールに差しきられていたのだ。

 斎藤が、ウェディングベールの首をぽんぽんと優しく叩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 競馬に絶対はない――。

 この使い古された言葉を、改めて痛感したレースであった。

 昨年無敗のアーバレストが負け、

 昨年のクラシック2冠馬・バルムンクも負け、

 前走1600万下を勝ったばかりのウェディングベールが勝った。

 そう言えば、昨日は4月1日だった。エイプリル・フールにしては、性質の悪い冗談である。

 などと言っていても始まらない。レース解析を行なおう。

 逃げたイートエンドランが早い流れを作り、アーバレストは中団やや後方の外目。今思えば、道中の行きっぷりも悪かったように思える。その内に勝ったウェディングベールがつけ、追い込みのバルムンクは後方3番手という位置取りだった。

 レースが動いたのは3コーナー。バルムンクが動いたのを見て、アーバレストの手綱も動く。ところが、アーバレストの反応が悪かった。それで焦った相沢騎手が押して押して上がっていったから、それにつられて馬群全体も動き出したのだ。これが今回の波乱を生んだ原因である。全体が早仕掛け傾向に陥ってしまったのだ。アーバレストをマークしていたバルムンクも、知らず知らずのうちに巻き込まれてしまった。

 勝者は4コーナーで決した。詳しく言えば、コーナーで外にふくらんだストールガールの内にできた進路が、勝者を決めたのだ。バルムンクにこの進路を取られたウェディングベールは、外に持ち出さざるをえない状況となり、他よりも仕掛けが遅れた。遅れはしたが、早仕掛けの他馬より仕掛けが遅れたから、途中で失速した他馬を差しきることができたのである。もし、ストールガールの内に入ったのがウェディングベールであったなら、勝っていたのはバルムンクであっただろう。

 ただ、内に入ったバルムンクの鞍上は美坂騎手だった。彼女は以前ストールガールの主戦騎手を務めており、同馬の「スピードに乗ると外にふくらむ(調教助手談)」という癖を知っていたはずだ。つまり、美坂騎手は既に進路が確保できると踏んでいたことになる。

 それに対し、斎藤騎手は笠松地方競馬の所属で、ストールガールを見るのは今回が初めてである。同馬の癖を知る由もないだろう。この点のみから言うと、レースが始まる前から勝者は決まっていたのかもしれない。

――――某新聞連載コラムより抜粋

 





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うにゅうさんからいただいた作品、いかがでしたか?
競馬ファンにしかわからないネタですが、
競馬ファンは誰しもこのレースの結果には驚いたことでしょう。
オペラオーが負けるかもという予測は多々ありました。
それでも4着に敗れ、なおかつ条件勝ちしかない馬にしてやられる・・・・
以外も以外でした。(ちなみにレース前に友人と話してて、「オペラは4着だよ。」なんて冗談言ったらほんとになったのは別の話・・・)
一瞬何かの全弟か? などと思われた方もいらっしゃったかもしれません。
結局、馬の体調面の問題もあったかもしれませんし、
以前から言われていた”早い時計への対応”なのかもしれません。
それでも、このSSにあるようにそれぞれの騎手の心理と駆け引き、そして展開のまぎれ(上がりがかかった)
が一番の要因であったと私も思います。
さて、桜花賞も終わりました。
テイエムオーシャン圧勝です。
皐月賞ではタキオンVSジャンポケが楽しみですし、
その後は春天でのオペラVSトップロードVSシャカールVSセイウンスカイも見ものです。
近年の菊花賞馬3代揃い踏みとなれば、やはり盛り上がるでしょう。
今年の春天はペースが早そうですし本当の意味でのスタミナ勝負になるかもしれませんし、
本当に楽しみです。