悪魔はシャイに I Love You 第3幕
 

志咲摩衣




 絵里に彼を紹介した。日曜日にはお父さんとお母さんにも紹介した。礼儀正しいエリュシエルは誰からも受けがよく、理想的な恋人で、わたしはもう有頂天だった。



Scene 4 オレのこと、好き?




 「すごーい。山本くんがダンクシュート決めちゃったよ」
 絵里が男子のコートを見て歓声をあげた。三限めの体育の時間、わたしたちB組は男子と女子に分かれて、同じ体育館を使ってバスケをやっていた。たいして広くもない公立高校の体育館なので、男子と女子でそれぞれ試合がはじまると残りの生徒はコートの外で応援でもするしかない。
「ほらほら、悠乃も見てよ」
 絵里のはずんだ声に男子のコートを見てみると、たしかに地味な人がドリブルでするするとほかの男子たちのあいだをすり抜けてゆく。素人目にもかなり上手い。
「あの人、バスケ部だっけ?」
 わたしが訊くと、絵里は不満げな声をだした。
「北条くんたちと一緒だよ、ヒロインさん」
 あっ、そうか。それで、映画の主役なのかと思ったんだっけ。
「まあ、あんなすごいカレシがいるんじゃ、他の男子は目に入らないよね。山本くんもついてない」
 絵里がため息まじりに言う。
「なにがついてないの?」
 そう訊きながらも、山本くんの姿を目で追う。彼は男子にしては背が低くて、特にスポーツで鍛えているようにも見えない。でも、その動きは軽やかで、とてもきれいだった。次の瞬間、彼はコートをふわりと蹴って、跳んだ。
 高い──まるで、翼があるみたいに。
 わっと一斉に歓声があがる。気づくと、試合をしているメンバーをのぞいた誰もが山本くんを見ていたらしい。
 ふと、なぜか振り返った彼と目が合った。
 やだ。一瞬でもこの人を格好いいって思っちゃったなんて。わたしはあわてて目を逸らした。

 その日の放課後、三田村くんから映画の脚本を渡された。
「まだ二稿だから手直しするけどね。水梨さんはほとんど台詞ないし、作品の雰囲気だけでもつかんでおいて」
 言ってにこにこと笑う三田村くんのうしろで、山本くんがこちらを見ている。例によって口をぱくぱくさせたり、への字に曲げたり、今日も思い切り挙動不審。なんだか不気味なので、つい睨むと、彼はそのまま固まってうつむいてしまった。やっぱり、ぜんぜん格好よくない。ヘンな人。

 家に帰ると、すぐに脚本をひらいてぱらぱらとめくってみた。活字を読むのは好きだし、オタクの三田村くんがどんなシナリオを書くのか、ちょっと興味がある。第一印象は、やけにト書きが多くて、わたしはともかく主人公の台詞もかなり少ないことだった。
 夕食後に、はじめから真面目に読んでみると、ある男子高校生の日常を淡々と追ったストーリーで、山もなく谷もないけれど、やさしい主人公の心の機微が丁寧に描かれていて、ちょっといい感じ。わたしは主人公の日常にときおり現れる憧れの人みたい──なんだか照れくさいけど、うれしい。
 けど、この主人公って、あの不気味な人なのよね。
「なに読んでるの?」
 ふいに、よく響く甘い声がして、わたしはあわてて顔をあげた。
「今度の映画のシナリオ」
 そう言って、あらわれたキレイな悪魔に脚本を差し出した。
「悠乃サン、ヒロインだっけ。楽しみだな」
 エリュシエルは微笑いながら長い指で脚本をめくる。
「撮影、見にくる?」
 わたしが水を向けると、エリュシエルは困ったように口をへの字に曲げた。やだ、その顔って。
「そんな風に口を曲げないでよ。なんだか、山本くんみたい」
「え?」
 彼は驚いたように目をみひらいてから、ぽつりと言った。
「悠乃サンって、映画の相手役の……彼のこと……嫌い?」
 嫌い? あの地味な、山本くんのことを?
「……そんな風に考えてみたこと、ないかも。ただ、あの人ってなんだか挙動不審で……ちょっと不気味だから」
「……不気味」
 エリュシエルは消え入りそうな声で呟いて、うつむく。
「どうしたの、エル?」
「あ……いや。別に」
 銀色の瞳がなぜか哀しそうに揺れる。不安になって、彼の指に指を絡めた。気づいたエリュシエルの長い腕がわたしの肩をひきよせてくれる。
「悠乃サン。オレのこと、好き?」
 甘く響く低い声で訊きながら、わたしの頭をやさしく抱き寄せるから、わたしは彼の胸に顔をうずめるかたちになる。彼の胸の鼓動を聴きながら、わたしは答える。
「好きよ。エルが好き」
 彼が小さく震えた。
「エリュシエル?」
 名を呼んで、少しの、間があった。彼は小さく息をついて、わたしの耳許にささやいた。
「そうだな。キミは……悪魔の恋人なんだな」

 

 

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