ルナティック・ゴールド
       第1部 月下の一群

志咲摩衣


 

8 たったひとつの冴えたやり方

 


「第三次が延期になったってよ。どうなってんだ?」
 青野がぼやく。
「それだけ大がかりになるんでしょうね」
 綾瀬がくすくす笑う。
 ハードな徹夜明けの第二次関門通過グループ発表後、黄神の御曹司たちはゆっくり休憩をとり、翌朝次の課題を知らされるはずだった。ところが、そこでじいがいつもの慇懃無礼な仏頂面 で発表したのは、こともあろうに第三次関門延期の知らせだったのである。
「ああ、そうだ、令。君の荷物が家に届いているんですが、また我が家に来ますか? それとも、このまま黄神邸に滞在します?」
 綾瀬がにっこり訊いてくるが、令はいまいちぼーっとしていて反応が悪い。
「んーっ、オレ……」
 どこにも居場所がないような気がする。それが正直な気持ちだった。
「家に帰るっていうのはナシですよ。第三次延期の間、学校に行くんでしょう?」
 ……! クギを刺されてしまった。そっか、学校──ラ・メールに行くんだっけ。
「オレ、黄神邸にお世話になるよ」
 令がぽつんと言う。
「ふぅん、それもいいかも知れませんね。君の家みたいなものですし」
 綾瀬がしゃあしゃあと言う。
  オレんちィー? どこがッ? たんに、中央本家扱いするんなら居座る権利もちょっとはあると思って開き直っただけなんだぜ。
 妙にイライラして令は思ったが、イライラの原因は自覚しすぎるほどしていたので、ごくりと言葉を飲み込んだ。
「んじゃ、オレんとこ来いよ」
 突然、青野が声をかけてきた。
「うちだけ来たコトねぇだろ? それによ、いいもんがあんだぜ」
「へっ?」
「来るのか、来ねぇのか、ハッキリしろよ」
「……いっ、行くよッ」
「じゃ、決まりだな」
 青野がニヤニヤする。
「で、いいモンってなんなんだ?」
「へっへっへ。お楽しみはとっとくモンだぜ」
 青野がゲラゲラ笑った。

「お帰りなさいませ、若様」
 海棠邸はアール・ヌーヴォー調の洋館だった。ゆるやかなカーヴを描いた白い扉が自動的に開くと、黄神邸に負けないロビーのようなスペースが広がり、吹き抜けの空間に真紅の絨毯を敷いた白い階段が訪問客を威圧するかのようにそそり立つ。 床には珍しい淡いブルーの大理石が敷き詰められている。
「こっぱずかしいよなァ。この階段だけ『風と共に去りぬ』のマネなんだぜ。少しはバランスってモンを考えろってンだ」
 青野が頭を抱える。その階段の前に二列に並んで、使用人たちが『若様』を迎える様子はあまりにも時代がかっていた。
「ダチ連れてきたかんな。部屋に二人前、な」
 青野はさっさと階段を上がって行く。
「あーっと、客室なんか用意すんなよ。ざこ寝すっからよ。そうだ、おめぇ、風呂とメシどっち先にする?」
 令を振り返って言う。
「へっ? ……えーっと、風呂」
「いつでもお入りになれます」
 すかさず、いかにもメイドといういでたちのお手伝いさんが応える。
「んじゃ、そーゆーコト」
 青野が手をひらひらさせると彼らは解散した。

 海棠家のバスルームはジャングル風呂だった。
「よォ、早く来いよ!」
 もうもうと湯気の立つバスルームの中に青野の声が響き渡る。大理石を敷き詰めた広い広い洗い場のそこここに熱帯の植物が植えられ、その木々をぬ って見える透明なチューブは──なんと、遊園地のプールでよく見かけるチューブ型の巨大滑り台だった。青野はチューブの入り口で令を呼んでいるのだった。
「おーい、こんなん、誰か来た時くらいっきゃ、面白くねぇんだからよー。早く来いよー」
 そりゃそうだ。こんなのひとりで滑って「わーい」なんてやってたら暗すぎる……。あ、そっかァ、いいモンてこれのことだったのか。 しかし、なんで、こんなんが自宅にあるんだ? そう思いつつ、わくわくして令は小型エレベータで巨大チューブの入り口に昇った。
「ひゃーっ!」
 令が思わず声をあげる。
「結構、スピード出るんじゃん、これ」
「あったりめぇだろ、特別設計だぜ。なっ? おもしれーだろ? 綾瀬はこういうのウケてくんないんだもんなァ」
「ぷっ。あいつがこれ滑ったのかァ?」
 令はもろに吹き出した。
「黙ったままスルスル降りてくんだぜぇ。表情も変わんねぇの。奴ァ、絶対ヘンだぜ」
 その光景がまざまざと目に浮かんで令は大爆笑した。

「ひゃーっ、バカヤロー、水かけんなよ」
 ふたりは背中の流しっこをしていた。青野が力まかせにごしごしこする。
「いてぇよッ! そんなんやったら、すり剥けんじゃねぇか」
「いつまでも落ち込んでっからだ、バーカ」
 びくりとして令がふいに黙り込む。
「ほーら。すぐそーゆー……。ったく、ちっとゴーマンだぞ、てめぇは」
「わっ、悪かったよ、オレが余計なことしたから……だからあんな……」
 令の声がだんだんしぼむ。
「……そうじゃなくてよ。いいか? 奴らはホントだったら元の姿にも戻れなかったんだせ?」
 ごしごしこする音がやけに響く。
「それをおめぇは元に戻してやっただけじゃなく、ひとりの命は助けたんだろ?」
「……だけど……あとの人はオレが殺したんだろう」
 令が呟くように口を開いた。
「ハァ? ばーっか言ってんじゃねぇよ。魔霊に人として殺されてたんだぜ?」
 そう言いながら、青野は令の頭からバシャバシャと湯をかける。
「それを助けられなかったって落ち込むなんてぇのが、ゴーマンだっつーの!」
 令は背中をバンと叩かれた。
「いっでーッ! こ……の、バカ力ッ!」
 令が騒ぐ。泣いてしまいそうで、また頭からバシャバシャ湯をかぶった。

「んでよ、なんであん時、ラブソングなんて歌ったんだァ?」
 のへっと、だらしなく湯船につかりながら青野が訊く。
「へ……っ?」
「サカナの歌だよ、サカナ。サカナを愛してるってーの」
 青野がふんふん鼻歌を歌っている。
 ──ちょっと、違うような。
「……ただ、なんとなく」
 湯気の中で令がぽつぽつ言う。
「だって、人が一番好きなのってラブソングじゃん……」
 青野が珍しく言葉に詰まって、まじまじと令の顔を見た。あの状態のバケモノに対してそんなふうに感じるとは──ふいに、鳥肌が立った。
「なんだよ?」
 その時、天井から落ちてきた滴が令の背中に命中した。
「ひえぇーっ!」
 令が叫ぶ。
「ババンババンバンバ、バン、あービバビバ」
「なんだよ、それ?」
「ドリフターズの名曲だぜ。知らねぇの?」
 青野がゲラゲラ笑った。妙に笑いたい気分だった。

「よォ、起きろよ、令」
「ううーん」
 ころんとひとつ、掛け布団を抱えて寝返りをうつ。
「ウワサ通りの寝起きの悪さだ」
 青野はニヤリと笑った。蒼いオーラがうなる。
 ビシッバシッ!
「うううーん」
 ころころん。
 寝返りをうちながら、一応逃げているらしい。
「コノヤロ、まだ起きねぇのか」
 ドカッバキッゴギッ!
「うう、ううーん」
 ころん、ころころん。
「……やっろー!」
 ぶちっ!
 短気者の堪忍袋の緒が切れて、蒼いオーラが爆発した。
 ドッカーン!
「……あ?」
 令がほけーっと目を開ける。
「あれ? なんでオレ、こんなにボロボロなんだ?」
「……あのなァー」
 青野はすっかり脱力した。
 こいつは大物なんだか、大バカなんだか。
「ったく、例のいいモン、やるのやめようかな」
 青野がニヤニヤする。
「えっ? なんだよ、いいものって滑り台のことじゃなかったのか?」
「へっへっへ」
「なんだよ? もったいぶんなよッ、青野ッ!」

「えーっ? 亜梨名のコンサートチケットぉ?」
「すっげぇ席だぜ。アリーナ、真ン前、ド真ン中!」
 青野がチケットをひらひらさせながらゲラゲラ笑う。
「これが大老の召集でふいになるんじゃないかと、内心泣いてたんだぜぇ。へっへっへっ、さーすがオレは日頃の行いがいいと来てらァな」
 美木亜梨名は最後の歌姫と呼ばれる今一番人気の女性ヴォーカルで、歌の下手なジャリタレの大嫌いな令でさえファンになってしまうほどの実力派だった。

 その日はあいにくの雨模様だった。
 にもかかわらず、コンサート会場は人々でいっぱいになり、外では「券なーい、券なーい」のダフ屋のお馴染みの低い声がそこここから聞こえている。
「おめぇよ、なんでそんなカッコで来たんだ?」
 青野が仏頂面で令のほうを見ながら言った。
「だって、オレ、亜梨名の歌聴くとうれしくって変身しそうになンだもん」
 そう言って令が振り向くと黄金色の長い髪がふわりと揺れた。綺麗なライトブルーのスーツに金髪がよく映える。はじめから変身していれば余計な心配はしなくてすむし、オーラで亜梨名のナマ歌を聴いてみたいとも思ったのである。
「ったく、デーハーな奴だなァ」
 青野自身も締まったスレンダーな身体にフィットした真っ黒なシャツとパンツ、その上にメタルな素材をガラスの欠片のように散りばめたジャケットをはおるという、結構キワドイスタイルだったのだが、金髪の令の横ではかなり割を食った。
「……まァ、いいけどよ。世の中黄神ばっかじゃねぇんだからバレないようにしろよ」
「わっ、わかってるよ。オレだって別に好きでやってるわけじゃ……」
「ふぅん、どうだかね……」
 青野が鼻をふくらませる。
「なっ、なんだよ? 青野?」
「べーっつにィ」
 いつものことながら金髪の令は人目を引いた。視線が痛いようだ。例の秘密がある分、この姿にはまだまだ抵抗があったし、逆にうなじがゾクゾクする感じもする。令が何気なくあたりを見回すと黄神らしいオーラも結構多い。あの中には多分、前のオレみたいに自覚のない黄神もたくさんいるんだろうな。ふと、思って令は立ち止まった。
「きゃっ」
 後ろにいた女のコが声をあげる。
「ごっ、ごめん」
 令が振り返って条件反射で笑うと、女のコのムッとした表情が驚きに変わった。令のほうも思わず相手の名前を口にしそうになったのをすんでのところで飲み込んだ。
 ……望月成美。同じクラスで一番可愛かったコだ。彼女の顔が令を見てみるみるうちに桜色に染まる。
「……ごめん。急に立ち止まっちゃって」
「いっ、いいえ。こっちこそ、前よく見てなかったから」
 望月が下を向く。わかるワケないよな、オレのこと。外人だと思ってんだろーな、たぶん。
「望月ィ!」
 後ろから連れらしい男が人波をかき分けやって来た。
 なんだァ、望月ってやっぱカレ氏がいたのか。
 ちょっとがっかりしながら男を見ると、なんと、オレの隣の席だった小川じゃねーか。このヤロー、なんでこいつが望月と?
「どうしたんだ?」
 小川が令をちらっと見て望月に訊く。
「ううん、ちょっとね、ぶつかっちゃったんだ。ごめんなさい」
 望月は令にぺこりと頭を下げてから小川と一緒に人混みに紛れて行ってしまった。呼び止めたい衝動にかられたが、この姿ではそうもいかない。わずか十日ほど前のことなのに、なんだかあのふたりと同じクラスだったのが遠い昔のような気がした。

「今の人さ、ちょっと高見沢君に似てたよ」
 望月はちょっと後ろを振り返りながら言った。
「あの超キレイな外人がァーっ?」
「しゃべりかたとか、雰囲気がさ」
「あーあ、まーだ、ラ・メールの人に未練があるワケ?」
 小川が成美の顔をのぞき込む。
「やっだァ」
 そう言って成美はケラケラ笑って舌を出した。笑いながらこっそり心の中で呟いた。
 ……そりゃね、まだ未練たらたらかも知れない。だってね、高見沢君はトクベツな人だったんだもんね。仕方ないじゃん。はじめて見た時、理想が歩いてると思っちゃった。あんな男のコと知り合うなんてもうないだろうな。
「望月ィ」
 黙ってしまった成美に小川がけげんな表情をする。
「……あのさ、パンフ買ってきてくれる?」
 成美がにこっと笑う。
「ったく、ワガママなんだからよォ」
 ぶつぶつ言いながらも小川はパンフレットの長い行列に並びに走った。

 パンフレットを買っていた令が遅れて席に着くと、青野が隣の女のコと話をしている。
 そのコは……えーっ? タレントの浅見えりかァーッ?
「ああ、こいつがウワサの中央本家」
 青野がえりかに紹介する。えりかははっきりした顔立ちのキレイな女のコでCM畑の売れっ子だ。
 ただ、歌が下手なんだよなー、このコ。歌わなきゃいいのに。
 彼女のオーラはほんわり舞い上がる白だった。
「はじめまして、中央本家」
 えりかはCMの美少女っぽく綺麗に笑った。
「こちらこそ、はじめまして。浅見さんが黄神とは知らなかった」
 令もにこっとした。テレビでおなじみの顔としゃべるのはどうも変な気分だ。
「バーカ。芸能界は黄神だらけなんだぜ」
 青野が揶揄するように言う。
「でも〈赤〉ばっかり」
 えりかが言って、令をまじまじと見る。
「本当に派手な黄金色。本家ってオーラも見えるの?」
「えっ、ええ、まあ。浅見さんのは綺麗な白だね」
「やーだ。特別キレイな人に褒められちゃった。ホント、隣に並びたくないタイプ」
「へっ?」
 女心に鈍い令がきょとんとする。
「ふふふ、ごめんね。見かけによらず免疫ないんだ。でも、オーラが見えるんなら今日のコンサートは二倍楽しめるんじゃないかな」
「へっ?」
 えりかはくすくす笑った。

 耳をつんざくようなバンドのオープニングでコンサートが始まった。
 観衆はすでに全員総立ちでオーラを舞い上げ、亜梨名の登場を待っている。令は人々のオーラが音に敏感に反応するのを見た。色とりどりの透明な炎のようなオーラがリズムに合わせてゆらゆらと揺らめく。その中を魔霊の暗い影が飛び交いオーラを食べている。
 えりかが楽しめると言ったのはこのことか。
 目映いライトとオーラで令は眩暈さえ感じた。
 お決まりのドライアイスがもうもうと立ちこめる中、上からカラフルなライティングで飾られた船がゆっくりと降りてくる。今日は全国ネットでテレビの同時中継が入っているせいかセットも大がかりだ。亜梨名のヒット曲のイントロが始まり、観衆の拍手がいっそう大きくなる。
「あ……」
 輝く船の上に現れた亜梨名を見て、令は思わず声をあげた。彼女からゆらめき立ち昇るオーラは夕陽のように赤かった。その赤いオーラが亜梨名の命の炎のように舞い上がる。衣装も真っ赤なドレスでルージュも赤、目尻にも赤いラインを入れている。オープニングは情熱的なラブソングだった。 令は彼女の歌を聴くと、いつも告白されているみたいな気分になる。そして、ファンの誰もがするのと同じように令も亜梨名を見つめた。と、その時、亜梨名の視線が令に止まった──そんな気がした。ファンは誰しもそんな気になるものだ。ステージのヴォーカルが自分だけを見つめる一瞬を誰もがみな待っている。令もそんな幸せを感じていた。
「今日は亜梨名のライブに来てくれてありがとう」
 亜梨名は歌う時に比べてしゃべるとナチュラルにハスキーな声になる。そんな声も令は好きだった。
「今夜はみんな一緒に踊りあかそうねッ!」
 彼女がそう叫ぶと同時に二曲目のイントロが始まる。亜梨名がはいていた赤いサンダルを客席に向かってぽーんと放り投げた。ライトの加減で亜梨名のシルエットが浮かび上がり、彼女は猫のようにしなやかに踊る。観客も限られたスペースで動ける限りのステップを踏む。人々のオーラが亜梨名を包み込み、彼女の赤いオーラがいっそう輝く。
 令が『それ』に気づいたのはコンサートもクライマックスに近づいた頃だった。
 『それ』ははじめ、ほんの小さな影にすぎなかった。亜梨名の背後にゆらゆら揺らめいているのだ。あんなに小さな魔霊なら害はないだろうな、令はそう判断して、また歌とオーラの波にひたすら酔った。ところが、次に令がはっと気づいた時には、その影はすでに亜梨名の身長の倍ほどに大きく伸びていたのである。
 あの時の魔霊と変わらない大きさ。〈赤〉の人々の脳細胞を破壊した魔霊と同じか、いや、それ以上だ。
 令は凍りついた。青野の隣の〈白〉の一族、浅見えりかに目をやったが彼女も亜梨名の世界に入り込んでいるのか気づいていないらしい。人々のオーラは嵐のように舞い踊っている。
 このオーラを吸収しているのか、奴は。
 令は黄金のオーラを魔霊に伸ばした。
「えっ?」
 令は思わず小さく声をあげた。
 黄金色のオーラが効かない?
 令のオーラの直撃を受けてもその巨大な魔霊は散らなかった。
 こんな、バカな!
 令はもう一度魔霊に向けてオーラの矢を放った。だが、魔霊は少しだけびくりと動いただけでまったく効果 はない。大きな暗い影は今にも亜梨名を包み込もうとしている。
 そうか、奴は亜梨名と彼女とシンクロする観客すべてのオーラに支えられているんだ。オレひとりのオーラで太刀打ちできるはずがない。
 あの、異形の人々の姿がふいに脳裡に浮かび上がる。令は戦慄を覚え、そして意識がブラックアウトした。

 それは、プログラムのラストナンバーでの出来事だった。
 その金髪の少年はふわりとステージに舞い上がった。どんな仕掛けになっているのか、黄金色のマイクが宙を舞って彼の手に収まる。そして、亜梨名の傍らにするりと立ち、華やかに微笑してから観衆に向かって優雅に一礼した。ほんの数秒のことだったが、スローモーションでも見るように鮮やかな登場で、観客の誰もがこれを演出だと信じて疑わなかった。
 亜梨名は突然のハプニングに驚いていたが、ステージの流れを壊したくなかったのでそのまま歌い出した。傍らの金髪の少年が彼女の歌にハーモニーをつける。黄金色に煙る髪のようにやわらかな声だった。亜梨名の声にかぶらない──溜息のように甘く切ない声。思わず亜梨名は間近にある彼の顔を仰ぎ見た。
 ライトに浮かび上がった白いプロフィール。それは、この世のものとは思えなかった。
 ひんやりとした黄金色の空気をまとったその人は、他の人間と同じ物質で形づくられているのではないような気さえした。透き通 った肌は微光を放つかのように淡く輝き、伏せられた長い睫毛が憂いの影を落としている。白い首筋に黄金色の一房が垂れかかり、鮮やかなライトブルーのジャケットから浮き出た鎖骨としまった胸が見え隠れするのが妙に危うく悩ましい。
 亜梨名のラブソングが吐息に変わる。そして、彼の幻想的な黄金色の瞳が彼女を捕らえた。
 令の身体から黄金色のオーラが奔流となって迸り、亜梨名の黄金色のオーラとフュージョンする。大きな暗い影は黄金と赤の輝くオーラに吸い込まれるように跡形もなく消えた。令と亜梨名は、ただ、見つめあったまま──。
 曲が終わるとライトがすうっとフェイドアウトし、数秒後、再びステージが照らし出された。だが、その時にはもう、亜梨名の傍らには誰もいなかった。

 気がつくと、令は人気のない公園に佇んでいた。
 雨はすっかりあがっていて、黄金色の月光が公園を照らし出している。草むらから虫の音が聞こえ、夜の大地からは湿った青草の匂いが立ち昇る。
 雨あがりの匂いだな──令は軽くステップを踏みながら新しいメロディを歌っていた。



 

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