悪魔はシャイに I Love You



 "……一度だけデートしたいの、先生と"
 "ムリなのはわかってる。だから、悪魔サン、神崎先生になってくれない?"
 それって、悠乃サン。つまり、オレが神崎先生の姿に化けて、キミとデートするってことだよね……。


Scene 6 フェイクなデートとキミのスプーン
 


「あんな悪魔なんか、大嫌い」
 昼休み、弁当を食べながら悠乃サンがそう叫ぶのが聞こえた。
 すっかり嫌われてしまった。そうだよな、恋をかなえるなんて言っておいて、相手に彼女がいるからあきらめてくださいって報告する悪魔なんて、オレくらいかも知れない。でも……。
「おーい、山本。聞いてんのか?」
 三田村の声でオレの思考は途切れた。
「……あ、悪ィ。聞いてなかった」
「放課後、カラオケ行こうぜ。とっときのアニソンメドレー聴かしてやる」
 アニソンか。こいつのズババババーンを連呼するやつはぜひとも聴きたい、が。
「うーん。今日はムリ」
 七時すぎたら悪魔になっちまうから──とは言えない。
「うーん。なるほど。山本はアニソンは嫌いなのか。ならジャニメドレーはどうだ?」
「はァ? なんでいきなり野郎アイドルなんだ?」
「冬コミで仲良くなったコがジャニヲタでさ。カウコンにつれてってくれたんだよ。すごいんだぜ、彼女。ジャンル内大手でさ、本人もかわいいゴスロリ系なんだよねー」
「わけわかんね……」
 マジわかんねぇよ。三田村の交友関係は。ついでになに言ってるかもわけわからん。コスプレなんて言葉もこいつのおかげで覚えたんだよな。
「なァ、ハロプロメドレーにしねぇ?」
 北条が話にのってきた。こいつは実はあややの真似が得意だ。フリまでつけて歌いやがる。
「悪いけど、ふたりで行ってくれよ。オレ、マジで都合悪いんだ」
「ま、まさか! おまえ、女でもできたか?」
 三田村が叫ぶ。
「ンなわけねぇだろ、山本に限って」
 北条が気の抜けた声でこたえた。
「そうだよな。カノジョいない歴十六年の山本くんだもんな」
 まったく言いたいこと言ってやがる。しかし、七時で悪魔になっちまうってのは厄介だ。早いとこなんとかしないとマジで友達なくすぞ、オレ。
 結局、オレは六時半まで奴らのカラオケにつきあうことにした。
 三田村は、ズババババーンをオレのために熱唱し、北条のあややはオレにウィンクを飛ばしまくった。
 ああ──もしかしなくても、こいつら、ここ数日元気のないオレを励ましてくれてるつもりらしい。
 サンキュー友よ、少し元気が出たよ。

 悠乃サンの部屋の空気は重かった。
 彼女は昨日のようにこたつをすすめてくれない。嫌われてるんだから当然か。オレはぷかぷかベッドのうえに浮いたまま、彼女の声を聞いていた。
「決めた。わたし……神崎先生のこと、あきらめる」
 よかった──オレがホッとしたのも束の間のことだった。
「でも、このままじゃあきらめきれないから……一度だけデートしたいの、先生と」
「えっ?」
「ムリなのはわかってる。だから、悪魔サン、神崎先生になってくれない?」
 ──神崎先生になる? オレが?
 一瞬、思考の停止したオレは、悠乃サンのベッドのうえに落ちた。少し、痛い。オレは悠乃サンにわからないように、尻をさすりながら訊く。
「それって……オレに神埼先生の姿になれってこと?」
「悪魔サンなら先生そっくりになれるでしょ?」
 なれるはずだ、昼間なら。今だって、昼間は元の自分の姿に化けてるんだから。
「まあ……ね」
「じゃ、あさっての土曜日。待ち合わせしよ」
 悠乃サンは今夜はじめて笑った。

 カノジョいない歴十六年の山本陽一、はじめてのデートは、恋敵の身代わりだった──。

 オレらしすぎるマヌケさに涙も出やしない。
 デートの日、オレは神崎先生の姿になって悠乃サンを待っていた。スーツもネクタイも学校での先生より少し明るめにして、ロングコートをはおってみた。もしかしたら、本人の休日はもっとカジュアルなのかもしれないが、そんなのは知ったこっちゃねぇ。
「先生!」
 オレの好きな声に振り返ると、悠乃サンがかけよってくる。
 うわ……。
 もともとキレイな悠乃サンだけど、デートモードの悠乃サンはその倍くらいキレイだった。
 制服より短めのスカートから、すらりとした脚が伸びていて、ブーツがきまっている。女のコの服のことはよくわからないけど、長い黒髪のキレイな悠乃サンは雑誌のモデルみたいだった。
「……すごい、ホントに先生みたい」
 モデルみたいな悠乃サンは、オレの顔を下からじっと見あげてうれしそうに微笑った。いや、オレの顔じゃない。悠乃サンが見てるのは神崎先生の顔だ。仕方なく、オレは先生がよくやるように、ニヤリと笑ってみせた。
「さて、どこに行きたい? 水梨さん」
「パフェ屋さん」
「はァ?」
「先生と一緒に特大パフェ食べてみたかったんだ」
 そ、そんなものなのか? テーマパークとか水族館とか映画とか買い物とかじゃないのか? わかんねぇ。
 オレが首をひねっていると、悠乃サンが腕をするりとからませてきた。このまま店まで引っ張って行くつもりらしい。目を会わせたらにっこり笑ってくれた。でも、それは神崎先生のための笑顔なんだよな。背の高い悠乃サンと腕をくんでも、神崎先生のほうがずっと背が高いから、彼女が小さく見える。たしかに、オレじゃこうはいかない。
「あ、ここだよ。入ろう、先生」
「あ、ああ」
 そこは、いかにも女のコが好きそうな、小さな城みたいなキラキラした店で、オレは入るまえからクラクラした。オレたちは通りに面した窓際の席に案内された。見ると、まえも後ろもカップル。通行人たちが硝子越しにこちらを見ているような気がする。なんつー、心臓に悪い席だ。悠乃さんはもうメニューを楽しそうに見ている。
「悪魔サンはどれがいい?」
「え?」
 悠乃サンはオレの顔を見て、ハッとした。
「……やだ、間違えちゃった。今日は神崎先生だったよね」
「まあ、オレはどっちでもいいけど」
「このエクストララブストームストロベリー、半分こしない?」
「は? ああ、パフェの名前か。水梨さんの好きなのでいいよ」
「じゃ、コレ」
 悠乃サンはにこにこして、よくわからないネーミングのパフェをウェイトレスに頼んだ。
「ドラマに出てきたんだよ、ここ。ヒロインと恋人が一緒にパフェを食べるシーンがあるの」
「それがさっきのよくわかんない名前の? あ……もしかして」
 ふと見ると、隣のカップルのあいだに巨大なモノがでんっと置かれていた。
「でかっ!」
 絶対、食べきれないと思われる巨大なピンクの塔、そうオレには見えた。
「すごく美味しいんだって。途中に入ってるのも普通のシリアルじゃなくて、自家製メレンゲだったり、しっとりクッキーだったりするみたい」
「へぇ」
 三田村と同じくらい言ってることがわからないよ、悠乃サン。
「ね、わたしたち、どう見えるかな?」
 悠乃サンがオレの顔、もとい神崎先生の顔をじっと見る。
「どうって?」
「やっぱ先生と生徒にしか見えないかな?」
「そんなこと、ないだろ」
「じゃ、年の差カップル?」
 オレはあやうく飲んでいた水をふきだしそうになった。
「……悪魔サンって、年いくつ?」
「え?」
 また悪魔サンかよ。
「すごく年上? 二百歳とか?」
「二百……」
 そりゃないだろ、悠乃サン。オレ、タメなのに。
「ごめん……怒っちゃった?」
「別に。オレは……三百歳ちょっとだよ。魔界じゃまだまだ若造」
 もうヤケだ。
「うわ……やっぱりすごい年上なんだ」
 悠乃サンはなぜかうれしそうだ。やっぱ、彼女にとってのオレって人間じゃないんだよな。
「おまたせしましたァ」
 ちょうどその時、ピンクの巨大なモノがオレたちのあいだにでんっと置かれた。
「おいしそう!」
 悠乃サンが目をキラキラさせて、オレに長いスプーンをわたしてくれる。これを……ふたりでつつくのか。なかなか恥ずかしい食べ物だ。
「やっぱおいしいー」
 そう言って、パフェを頬張る悠乃さんはとても可愛い。学校でのすまし顔もキレイだけど、こっちのほうが素の悠乃さんって感じがして。
「先生は食べないの?」
 ……わからん。今日のオレは先生なのか、悪魔なのか? どっちにしても、オレじゃねぇけど。
「このアイス、おいしいよ、はい」
 悠乃サンはそう言って、ふいにオレにピンク色のアイスののったスプーンを向けた。まさか、これって。
「ダメ?」
 オレは無意識に後ずさっていたらしい。憧れの「あーん」に。
「い、いや。でも、いいのか。神崎先生のイメージじゃないだろ?」
「じゃ、悪魔サンのイメージで」
「オレ……の?」
 まあ、いいか。これを逃したら、悠乃サンから「あーん」してもらえるチャンスは一生ないかもしれない。
 ぱくっ。オレが食べると悠乃さんはにっこりした。まずい。オレ、絶対、真っ赤になってる。
「どう? おいしいでしょ?」
「……うまい、かもな」
 味なんか、全然わからなかった。
 気がつくと、悠乃サンはオレがぱくついたスプーンで、そのままパフェを口にはこんでいる。
 間接キッスだよ……。いいのか、悠乃サン。三百年も生きてるって設定の化け物だぞ、オレは。そこで、オレは気がついた。そっか、神崎先生の姿だから──いいのか。

つづく
2005.3.8



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