悪魔はシャイに I Love You


 悠乃サンにフラれて、オレはかなり落ち込んでいた。
 でも、同時に少しだけホッとしていたのも事実だ。
 これで、山本陽一にも可能性がでてきたかも知れない──そう思ったんだ。
 ごめん、悠乃サン。だから、罰が当たったのかもな。 


Scene 5 ジェラシー

 

 始業式の日だから、あっというまに放課後になる。
 案の定、金髪の編入生は女子たちに取り囲まれていた。
「美瀬くんってハーフなの?」
 いきなり、“美瀬くん”かよ。オレなんか一日で名前を覚えてもらったことなんか生まれてこのかた一度もないのに。
「ハーフじゃなくて、クォーター。父が日独ハーフで母がオーストリア人なんだ」
「わぁ、かっこいい」
 別にかっこよくねぇよ。親が外人なだけだろうが。
「じゃ、美瀬くんも海外に住んでたとか?」
「七歳までドイツにいたよ」
 そう言って、美瀬はなぜか悠乃サンの顔を見てにっこりと笑った。悠乃サンの顔が心なしか赤らむ。
 ななな、なんで。なんで、そこで悠乃サンの顔を見るんだ? でもって、なんで、悠乃サンまで赤くなるんだ? キミは今朝、悪魔を想って目を赤くしてたんじゃなかったのか。
「……山本。だから、去年のうちに告っとけって言っただろう」
 コンビニのしゃけむすびを頬張りながら、北条が哀れみのこもった目をして言いやがった。
「んなこと言ったって」
 告白はしたんだ──姿は悪魔だったけど。
「ったく。たまには行動おこせよ。そうやって見てるだけじゃ、なにもはじまらないって」
 北条は意外にずばりとモノを言う。こいつのいいところなんだが、今日のオレにはかなりこたえた。
 オレだって、今日から頑張ろうと思っていたんだ。山本陽一として。あれは──その心の区切りのためのデートだった。まさか、そこで悪魔のオレがフラれるとは夢にも思っていなかったけど。
「ああ、ヒロインちゃんが金髪王子と一緒に行っちゃう。今日はだめだねー」
 三田村がまた妙な言い方をする。
 それは、悠乃サンが美瀬とふたりで教室を出てゆくところだった。神崎先生の指示通り、校内を案内するためだろう。美瀬に群がっていた女子たちが一斉にため息をついた。
「あーあ、つまんない。ふたりで行くからいいなんてさ」
「美瀬くん、水梨さんのこと、気に入ったのかもね」
「悔しいけど、お似合いの美男美女って感じ?」
 女子の会話に、目のまえが真っ暗になった。
「──の話、明日だな。山本もラジャー?」
「あ? ああ」
 目のまえが真っ暗なまま、三田村が言ったことをろくに聞かず、オレは上の空で頷いていた。

 ああ、かったるい。
 学校からのたった二十分の帰り道が、おそろしくかったるく感じる。
 我ながら馬鹿だ。別に、悠乃サンと美瀬がいますぐどうなるってわけでもないのに。いまからでも、挽回すればいいんだ。せっかく同じクラスになったんだから──魔法をかけて無理矢理なった同じクラスだけど。
 もともと、悠乃サンとオレはB組とF組に離ればなれになるはずだった。Fのはずだったオレと北条をBに突っ込んだのがいまのクラス分けで。つまり、悠乃サンと美瀬は最初から隣同士になる運命だった。
 運命──そんなの、嫌だ。
 ああ、なんだかすごくかったるい。
 そのとき、あの銀色の指環をはめた指が疼いて、ふと気づいた。
 かったるいなら、飛んで帰ればいいじゃないか。そう思うと、すうっと気分が軽くなって、気づいたときには銀色の翼を羽ばたかせていた。誰にも見えないよう、透明になる。空を飛ぶのは気持ちがよくて、嫌なことをみんな忘れそうになる。
 だけど。そのとき、オレは、眼下にいま一番見たくないものを見つけてしまった。
 悠乃サンと美瀬が並んで歩いている。悪魔の魔力は、遥か彼方にいるはずの悠乃サンのはにかんだ笑顔まで鮮明に見せつけた。
 どうして──どうして、そんなふうに笑うんだ、悠乃サン。
 ふいに、頭が真っ白になる。
 気がつくと、オレは悠乃サンのまえに立っていた。なにも考えていなかったのに、悪魔が人に化けたときの姿だった。
「悪、魔……サン?」
 悠乃サンがかすれた声で呟く。
「誰?」
 オレを見た美瀬竜也が、悠乃サンをかばうように前に出た。ちりりと胸がざわついて、そのときのオレは、たぶん本当の悪魔のように笑ったと思う。
「オレは彼女の恋人だよ。そうだね、悠乃サン?」
 左手を彼女のほうへ差し伸べて、オレはまた笑ってみせた。指環が、熱い。
 悠乃サンは、呆然とした表情から、やがてとろりとした表情になって──オレのほうへそろそろと歩み寄る。そして、オレの手をとって、にっこりと微笑んだ。
「そうなの。このひとはわたしの恋人」
 美瀬は哀しそうな表情をしてから、目をうっすらと細めて息をついた。
「それは残念。じゃ、水梨さん、また学校でね」

 美瀬が行ってしまって、オレは突然怖くなった。
 いま──オレはなにをした?
「……離して」
 悠乃サンの口から、まえに一度だけ聴いたことのある低い声が漏れる。
「離してよ!」
 つかんでいた右手を無理にふりほどかれた。
「わたしに、あの魔法を使ったのね?」
 悠乃サンは青ざめた唇をふるわせてオレを睨みつけた。
「悪魔っ! あなたなんか、やっぱり本物の悪魔だったのよ」

つづく
2006.11.24



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