悪魔はシャイに I Love You



「……そんな風に考えてみたこと、ないかも。ただ、あの人ってなんだか挙動不審で……ちょっと不気味だから」
 悠乃サンのその言葉にオレは果てしなく落ち込んだ。やっと存在を覚えてもらえたと思ったら、よりによって不気味とは。「不気味」がこの先、「好き」に変わる可能性なんてあるんだろうか。
 ──ないような気がする。
「好きよ、エルが好き」
 悠乃サンの声が胸に響く。
 エリュシエルがオレの真名。銀色の悪魔が本当の姿。
 なら、これでいいじゃないか。悠乃サンは本当のオレが好きなんだ。オレは毎朝、山本陽一に化けているだけなんだから。山本陽一が嫌われたって、オレが嫌われたわけじゃない。
 オレは銀のエリュシエルだから。
 六枚の異形の翼を大きくひろげる。そして、いつものビルの屋上から、星の見えない虚空に向かってはばたいた。



Scene 7 キミには言わない



 学校で、オレは悠乃サンをこっそり眺めるのをやめた。夜になれば、思う存分見つめあえる。オレがいつも見ているのを気づいて欲しいなんて、もう思わない。
 そんなとき、ふと、一週間ぶりに彼女と山本陽一として目が合った。悠乃サンは少し哀しげな瞳でオレを見ている。きっとまた、自分を見ている鬱陶しい──不気味な奴と思ってるんだろう。辛くなって視線を逸らした。もういい。悠乃サンと山本に接点なんて要らない。
「なあ、山本」
 北条がシニカルな笑みを浮かべている。
「言うな、北条」
 オレが先回りをすると、北条は困ったような表情になった。
「彼女、降ろそうか?」
「は?」
 北条の言葉の意味をつかみそこねて、妙な声を出してしまった。奴は声をひそめて重ねて言う。
「いや、だからさ。映画の相手役、降ろそうか?」
 そうか。ここ一週間のオレの悠乃サンへの態度を見て、ヤバいと思ったのだろう。オレのためにも、映画のためにも。
「ダメだ。彼女のメンツ丸つぶれだろう」
 オレはあわてて言った。
「でもなあ。おまえ、水梨さんのことイヤになったんだろ?」
 誤解だ、北条。ただ、山本陽一としてつきあうのを諦めただけで……毎晩会ってるし。
「イヤになったわけじゃない。ただ」
 オレは口ごもった。
「ただ?」
 北条が先を促す。
「……興味がなくなっただけだ」
 オレは仕方なく嘘をついた。
 その嘘を誰かが聞いていて、この先どんな波紋を呼ぶか、オレはまったく気づいていなかった。

「絶対、絶対、手を離さないでよ、エル」
 その夜、オレは悪魔の姿で悠乃サンと夜の散歩を楽しんでいた。正確にいうと散歩ではなく、彼女を抱えて空を飛んでいたのだ。いわゆる、お姫様だっこというヤツだ。
 少しまえのオレなら、こんなキザなことは恥ずかしくてできなかったけれど、いまは姿そのものがコスプレもどきで恥ずかしいから、これくらいどうってことない。
「大丈夫。ちょっとくらい落ちても、すぐに拾ってあげるから」
 くすりと笑って言うと、悠乃サンが悲鳴をあげる。
「ぜーったい、手を離さないで! 離したら、一週間、口きいてあげない!」
 悠乃サンが涙目になって腕をばたばたさせる。
「涙目の悠乃サンもかわいいけど、暴れると落っこちるよ」
「もうっ! エルったら、どうして最近、そんな意地悪になっちゃったのよ」
 意地悪──か。
「だってオレ、悪魔だし」
 意地悪く笑ってみせる。そう、もう人間だなんて思われなくていい。空だって飛べるし、銀の瞳で見つめれば、キミは瞳をそらせないだろう。
「エリュシエル?」
 オレにしっかりしがみついた彼女が小さく名を呼ぶ。
「ん?」
「なにか、あった?」
 心細げな、不安そうな、声。
「なにもないけど?」
 なるべくさりげなく応えた。
「……本当のこと、言って。隠さないでよ」
 哀しげな瞳がオレを見あげて、月明かりに揺れた。
 言わない。たとえ、本当のことを言ってナーンがなにか仕掛けてくる可能性が消えたとしても、もう、オレが誰だったのか、キミには言わない。言えない。
「オレは悠乃サンだけの恋人だよ。それだけじゃダメ?」
 そう言って、たぶん悠乃サンが好きな微笑みを浮かべた。キミはうっとりとオレを見つめる。その想いのすべては、銀色の悪魔がまとう〈魅惑〉の魔法のせいかも知れないけれど。
 それでも、悠乃サン。すこしはエリュシエルのことを本当に好きだろう?

つづく
2006.2.18


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