蠱毒を喰らう
ぐちゃり。
血と肉と漿液が飛び散る音。
ぐちゃっぐちゃっ。
血と肉と漿液を呑み下す音。
ぐちゃり。ぐちゃっぐちゃっ。
ぼつぼつと疣に覆われた醜い肌。
ぎょろりと突き出た無表情な眼球。
ぬめぬめと光る血管の透けて見える腹。
醜怪な蝦蟇が時折潰れた声を上げながら別の蝦蟇に喰らいつく。餌を与えられず硝子瓶に閉じこめられた数匹の蝦蟇たちが互いの身体を貪っている。
ぐちゃり。ぐちゃっぐちゃっ。
女は硝子瓶の中を眺めている。
落ち窪んだ目に最早感情の色は無い。
ただ無様に折り重なり、鈍鈍と蠢きながら仲間を喰らう蝦蟇を眺めている。燭台の灯りがちらちらと蝦蟇たちと女を照らし出す。夏の宵のこととて女は白く冷たい皮膚にうっすらと汗をかいている。
ぐちゃり。ぐちゃっぐちゃっ。
最後に残ったのは土色の肌した蝦蟇だったが、女にとってはどの蝦蟇が生き残ろうと同じことだ。
女は魔術で封印した硝子瓶の蓋を開けてやる。土色の蝦蟇は跳ねる力もなくのそりと這い上がろうとするが、硝子瓶の壁を昇る力さえ無く仰向けに瓶の底へと墜ちた。蝦蟇の四肢は虚しく宙を掻く。足掻きながらも蝦蟇は女を睨んでいる。
仲間を喰らい生き残った醜悪な蝦蟇の突き出た眼球が、女を睨んでいる。
気怠そうに、女は蝦蟇を瓶の中から取りだしてやり、女の前の卓に置いた。すると、
蝦蟇は渾身の力を込めて女に飛びつき、女の唇に仲間の血肉に汚れた生臭い蝦蟇の口を押しつけた。
蝦蟇の姿はぐにゃりと溶けて、人の男の姿をとった。
「おまえと同じ蝦蟇を喰らって、忌まわしき魔女と口接けしてまでも、人の姿に戻りたいのかえ?」
女の乾いた声が澱んだ闇に溶ける。血と肉と漿液にまみれた顔をあげて、男は言葉もなく嗤って咳き込んだ。
「水をくれ……喉がからからだ」
女は水差しの水を口に含んで男に呑ませてやる。男がぬるい水を喉を鳴らして流し込むうちに舌と舌とが絡み合い、女と蝦蟇だった男は闇に堕ちてゆく。蝦蟇の血と肉と漿液が女の冷えた汗と混じり合う。夏の宵は風もなく熱を孕み、されど女の意識は凍てつくままに身じろぎもせず。
闇の中で女はもうひとりの男を抱きしめる。
翌朝、蝦蟇だった男は息絶えていた。
蠱毒──禁断の秘術の昏い夜。
了
2004.7.12
Written by Mai. Shizaka
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