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LUNATIC GOLD 4
 

 

 


 

 


第一部 月下の一群

 

 


4 〈中央本家〉

 



「黒川様、黒川様」
 くらりとして、透は我に返った。
「黒川様、これはいったい……」
 世故にも長けた年輩のホテルマンが慌てている。先刻の透の馴染みだ。
 透はピアノの前に座っていたのだが、眩暈でくらくらしていた。強風が吹き込み、汗ばんだ髪をなぶる。喉のあたりに鉄の嫌な味がした。風のほうへ目をやると、南側全面 のガラスが粉々に砕けて見る影もない有様になっている。
「……令?」
 はっとして透が立ち上がるとホテルマンが倒れた少年を介抱しているのが見えた。それは黄金色の美神ではなく、陽に焼けた肌のごく普通 の少年だった。
「限界を超えた、ということか」
 椅子にへたりこんだ透がひとりごちて肩をすくめた。


 誰かが呼んでいる。
 それと黄金色の光。
 叫んでいるのはオレなのか、それとも──。
 オーラがシンクロしてみんなとひとつになる。
 こぶしを振り上げて、みんなが誰かの名を叫ぶ。
 オレも叫ぶ、狂おしい夢を。


「新宿で謎の停電。コンピュータ大暴走、か」
 新聞をばさっと鳴らしてイギリス帰りの神童はため息を吐いた。
「こっちにもあるぜ。あのホテルのすぐ下を歩いていた野郎がいきなり歌をうたい出したと思ったらひっくりかえっちまったとか、ホテルにいた客の携帯が二十分間鳴りっぱなし、とかさ」
 ツンツン頭の御曹司も「あ〜あ」という貌をして見せる。
 いったいあのふたりは何をしていたんだ?
 綾瀬は腕組みをして頭をひねった。人が発する脳波、主にベータ波が原因でコンピュータが狂うというのは、大声では誰も言わないけれど実はよくあることである。ベータ波はイライラした状態で発する脳波だが、これのために操作上なんのミスもないのにデータが突然消えてしまうとか、プログラムが思いもよらぬ 方向に暴走することがしばしばあるのだ。といっても、あのふたりの場合は言うまでもなくオーラが原因なのだろうが──。
「黒川め、〈中央本家〉まで操れるというのか」
 綾瀬は思わず呟いた。
「透がァ? 奴ァそういうのに興味ないぜ」
  青野(せいや)のニヤニヤ顔に気づいた綾瀬は自分の迂闊さを後悔した。この幼なじみの悪ガキには人をリラックスさせる天賦の才能がある。
「ありゃあ、根っからのゲージツ家ってヤツでさ。政治に興味ないって」
「ぼくも一応作家なんですけどね?」
「ケンブリッジの旦那は頭で考えるカタブツで、透は感じるだけのスケベだもんな」
 そう言って青野はゲラゲラ笑って、綾瀬にウィンクしてみせた。
「じゃ、高見沢はどうなんです、青野?」
 眉も動かさずに綾瀬が言う。
「アレ? アレは姫君だぜ。生まれながらのアイドルってか」
 言ってから青野はまたゲラゲラ笑った。

 その朝、黒川透は食欲がまったくなかった。
 昨日オーラを放出しすぎたせいで体力が回復しない。悲しいかな、オーラの強さと体力は反比例の関係にある──というのが黄神の学者の間では定説になっている。
 しかし、それなら。目の前のコレはなんなのだろう?
「令くん、それはいったい何個めなんだ?」
「へっ」
 高見沢令は幸せそうに二段重ねのハンバーガーに食らいついている最中だった。彼の前にはすでにハンバーガーの空き箱や袋の山が出来ている。目玉 焼きをサンドしたのだの、ライスバーガーだの、白身魚のフライが入ったのだの、よくもこれだけバリエーションがあるものだと透は感心した。ファーストフードで食事を摂るなどというのは、およそ透の美学に反するものだ。が、しかし。十時過ぎになって起きてきた令が死にそうな声でこう言ったのだ。
「……お腹すいた。ハンバーガーが食いたい」

「ご、ごめん。オレ、金持ってねぇのにこんなに食っちまって」
 令が申し訳なさそうにハンバーガーの残骸を見下ろす。
「そういうことではなくて……」
 しゅんとうなだれる令を見ると透は何も言えなくなってしまう。令の黄神特有のなめらかな、だが陽に焼けた肌が真っ白いシャツの間からのぞく。刈り上げた襟足が涼しげだ。
「……そんなに怒ってんのか?」
 透の沈黙に困って、令がおそるおそる見上げるようにして言う。
「怒る? 令くんを? わたしには無理だよ」
「へっ?」
「だからね、へっはやめて欲しいな。似合わないと言っただろう?」
 くっくっと透は笑ってから、店の入り口に目をやった。
「君にお客様のようだよ、令くん」

 はたして、ハンバーガーショップの入り口に現れたのは後白河綾瀬だった。
「うげげっ」
 令が思わず叫ぶ。
「……それも似合わないからやめなさい」
「のんき言ってんなよぉ」
 入り口はひとつしかないので逃げ道はない。綾瀬はにっこり笑って近づいてくる。令の脳裡にジョーズのテーマが流れる。
「〈中央本家〉ともあろう者が〈白〉ごときを恐れてどうする」
 透が令の耳元に囁く。令ははっとした。
「奴が来ること、知ってたんだな」
「どうせ逃げ切れる相手じゃない。だったら話をつけておいたほうがいい」
「どうしたんです? 仲間割れですか」
 綾瀬が座ったままの令を見下ろして言った。そして目を丸くした。
「もしかして、それ、全部あなたが食べたんですか」
 令の前の空き袋の山を指さす。
「そっ、そうだよ。こんくらい普通じゃんか」
「だってあなたは夕べオーラをあんなに……」
「彼は健康なんだよ、後白河。君と違って」
 透が言って、くっくっと笑う。
 言われて綾瀬は一瞬、心底嫌そうな貌をした。
「で、後白河綾瀬。〈大老の目〉たる君が〈中央本家〉をお迎えに参上したというわけか?」
 透が片眉を上げてそう言うと、綾瀬は嵐のように険しい表情になった。
「〈中央本家〉の御身柄は〈黒〉の宗家がしかとお預かりした。大老のご命令とあらばこの〈黒〉の宗家の嫡子、黒川透が自ら案内申し上げる。それでよかろう、後白河」
 透は椅子に腰掛けたまま流れるように告げた。まるで、時代劇で殿様が家臣に申し渡すような口調である。綾瀬は蒼白になってしまい口をひらけない。
「ちょっ、ちょっとふたりとも何やってんだよ?」
「と、いうふうにも言えるということだ」
 くすりと笑って透が立ち上がり、視線で令にもうながす。そしてふたりで綾瀬の横をすり抜け店の外に出た。
「〈黒〉め……」
 綾瀬は小さく呟いた。

「で、これからどこへ行くんだ?」
 コルベットの助手席で令がムスッと尋ねる。
「ショッピングさ」
 くっくっと笑って、透は上機嫌で答えた。
「違うだろ。大老のとこなんだろ?」
 それを聞いて透はくすりと笑った。
「さすがだな、勘がいい」
「バカにすんなよ。おまえらの話を聞いてりゃ誰だって分かる」
「じゃ、解るだろう? 黄神一族とは話をつけておかなきゃならないってことぐらい」
 ちょうど赤信号につかまったため、透が令のほうを向いて真顔で言った。
「このまま逃げ続けたって君にとって不愉快なことにしかならないぞ。黄神を敵にまわして生きていけると本気で思っているのか」
「敵ィ? オレは普通に生きようと思ってるだけで──」
「正気か、君は」
 シグナルが青に変わり車は再発進した。それきり透は前を向いたまま口を開かない。
 沈黙のままコルベットが走る。朝からどんよりとしていた空がついに泣き出した。ウィンドゥに水滴が斜めに伸びてゆくのを令は何とはなしに見つめていた。そして、ふいに思った。流されている。自分の意志じゃなく。
 着いたのは高級そうなメンズブティックだった。エンジンを止めて透が令の顔を見た。
「わたしはここで身なりを整えて行くが、君はどうする」
「どうするって、身なりを整えてどこへ行くんだ?」
「パーティだ。出席すれば〈中央本家〉のお披露目になる。つまり君の、だ」
「オレの黄神一族の中での位置はまだ決まってないはずじゃんか。大老の変な勝ち抜き戦をクリアしなきゃなんないんだろ?」
「それはまた別の話だ。昨日の変身で、君は黄金色のオーラを使える正真正銘のご本家だと証明したようなものだからな。数世代にひとりの確率でしか現れない〈中央本家〉の出現は一族にとっちゃ一大ニュースなんだよ」
「じゃ、行かなかったら悪いじゃん」
「そういうことだな──ふぅん、行く気になったというわけか。どういう気の変わりようだ?」
「透の言うように話をつけておこうと思って」
 そう言って令はにっこり笑った。その貌がどことなく綾瀬に似ている、そう思って透は眉を顰めた。

「いらっしゃいませ、黒川様」
 品のいい黒のスーツを着こなした、令より十歳くらい年上の女性が透に挨拶した。笑顔の華やかな、彫りの深い美人だ。
「これからパーティなんだ。何か堅くなりすぎないのを見繕ってくれないか。彼のとわたしのと」
 透がそう言って、令に目をやった。
「えっ、オレのって。ちょっちょっとタンマ」
 慌てる令をウエストのきゅっと締まった年上の美女が見て微笑んだ。
「ふぅん。お客様、不思議な顔立ちをしていらっしゃる」
「ふっ、不思議ィ?」
 変な顔だとは生まれてこのかた言われたことのない令である。こんな美人にそう言われて思わず赤くなってしまった。
「うーん、すべてが整いすぎている、というのかしら。それに……」
 首筋に長い指をあてて、小さな顔をちょっとかしげて言う。
「なんだか日本人じゃないような。かと言って、一般的にいう西欧系のしつこさはないし……不思議なかた」
「あっ、あの〜」
 本人としては褒められているんだか、貶されているんだか、よくわからない。
「ひどく派手にするか、地味にまとめるかのどちらかですね。どちらがよろしいかしら」
「品よく地味にまとめてくれないか」
 透が答える。
 彼女が選んでくれたグレイのスーツは見るからに素材のよさそうな手触りのいい物だった。インナーには淡いラベンダーのシルクのシャツを合わせる。試着室で令はこっそり値札を見て蒼くなった。はじめは桁を読み違えたかと思った。三十万円を超えている……。シャツと合わせると四十万円を超えてしまう。
 しっ、知らないぞ、オレは。こんな高いとこに連れてくるあいつが悪いんだ。
 だが、おそるおそる着てみるとそれは令にとてもよく似合った。なるほど、あの美人の目はたしからしい。それでまんざらでもない気分になった。

「タレントの卵ですか? 彼」
 令が悦に入っている頃、彼女は透にそっと訊いた。
「ああ、令くん? 違うが、そう見えるか?」
「……だって、タレントさんにもあんなタイプはいませんもの。わたし、そこらの男の子にあのスーツは勧めません。単なる地味になるのが落ちですもの」
「モデルや俳優を何人泣かせてきたかわからない君がそう言うとは、令くんも大したものだな」
 透がくすくす笑う。
「意地悪ですね、黒川様」
 そう言いながらも、彼女は本当に驚いていた。
 ふたりがお店に入って来た時、黒川様よりも先に『彼』のほうに目がいった。今まで、どんな有名タレントでも黒川様より光っている人なんていなかったのに。
 彼女はその業界のスカウトの間で有名な目利きだった。

「わたしはちょっと用事があるので先に会場へ行っていてくれ。最上階だ」
 ホテルに着くなり、透はそう言ってさっさとどこかへ行ってしまった。令がぽつんと残される。ちよっと心細くなったが、半分もうどうにでもなれという気分になっていた。同じ流されるなら逃げるより当たって砕けろだ。どうせ黄神は変な奴らの集まりなんだから、変身するハメになったらなったで構わねぇし。
「あれ? 君? 君は後白河の小姓じゃないか」
「へっ」
 振り返ると、前に大広間で会った紋付き袴が立っていた。
「……オレ、奴の小姓じゃないんだけど」
 令がムッとして言う。
「ああ、ごめん、ごめん。じゃ、君も勝ち残ったんだね。そりゃよかった。ねぇ、上まで一緒に行かないかい?」
 令がうなずいたので、ふたりは一緒に歩きはじめた。
「でさ、君はアレ、見たのか?」
「アレって何のこと?」
 突然話を振られて令がきょとんとする。
「何って〈中央本家〉のことに決まってるだろう。今日だって高見沢令のお披露目だって噂だよ」
 ドキッ。いきなり自分の名前を言われて令は驚いた。
「あっ、ああ、あれね。……あんたは見なかったのか」
「トイレに行っててちょうど見逃したんだよ、運のない。男とは思えないほど美しい姿に変わったらしいねぇ。その後、高見沢は雲隠れしたっていうんだが、君、何か知らないかい?」
「う〜ん……透と一緒だったんだけど」
「とっ、透って、もしかして、あの黒川透ゥ?」
 紋付き袴はいきなり素っ頓狂な声をあげた。
「まさか君、黒川の名前を呼び捨てにしてるのか」
「そうしろって、たしか本人に言われたような……」
「畏れ多くもうらやましい……」
「なっなんだよ、それ。透がどうかしたのか。あいつ、なんとかグループの跡取りとかじゃないんだろ」
「……だって、黄神を率いる〈黒〉の宗家の跡取りじゃないか」
 紋付き袴は既に蒼白になっている。
「へ……黄神一族を率いるのって大老じゃないのか?」
「だ、か、ら。〈黒〉の宗家が代々大老の跡取りじゃないか! 今の大老は黒川透の祖父だろう。今度だって、彼が世襲を拒んだから、やむを得ず大老が跡取り選びをしなくちゃならなくなったって評判じゃないか」
「へ……っ」
「へっはやめたほうがいいと言っているだろう、令くん」
 あの、よく響く音楽的な声に振り返ると、そこに黄神大老の孫が立っていた。

「くっくっ黒っ川っ……」
 紋付き袴は可哀想なくらいうろたえてしまい、歯の根が合わないらしい。
「透、おまえが……大老の孫? 本当は跡継ぎだって?」
「そうだが? それがどうかしたのか?」
 透が微笑む。
「君は〈中央本家〉だろう」
 透がそう言ったと同時に紋付き袴が蛙のつぶれたような声をあげた。
「ちゅっ〈中央本家〉っけっけ……」
  壊れている。
「そなたは〈青〉の者か? このかたは御本家の高見沢令殿。〈青〉の傍系ごときが気軽に口をきいてもらっては困る」
 透が紋付き袴の顔も見ずに言い放った。
 紋付き袴は床に額をすりつけて、ただただ「ははっ」を繰り返す。
「さ、令くん。行こうか」
「おっおい、透。なんであんなこと……それにあいつもあいつだ。なんであんな……」
「言いたいことがよくわからないが?」
「だからさ、なんであいつはオレと口きいちゃいけないんだよ?」
「君と親しくなるにしては、家の格もオーラの格も低すぎる。本人もよく自覚しているんだろう」
 透は平然と言い放った。
「透!」
 令は思わず叫んだ。
「お、オレはそういうの嫌いだかんな。あん時だって後白河にあんなふうに言うことなかったじゃんか?」
 一瞬、微妙な空気が流れた。透が眉間にしわを寄せて腕組みをし、令の顔をじっと見てからゆっくり口を開く。
「君を助けたつもりだったんだがね……よけいなお世話というわけか」
「ちっ、ちが……っ。おい、待てよ、透ッ」
 透はすたすたと先に行ってしまう。令はその後を追いかけようと思ったが、なぜか足が止まってしまった。透のオーラに阻まれたというわけではない。
 どうしてオレは透を追いかけないんだろう?
 令にはよくわからなかった。

 最上階の大広間はただひとつしかなかった。にも関わらず、令は迷っていた。
 ここしかないんだから、この受付の奥がパーティ会場だよなぁ。でも……。
 日本人に混じってずいぶんと偉そうな外国人が中に入って行ったのだ。それに、ちょっと前に入って行ったのはたしかニュースでよく見る……某国の大統領……。
 と言うわけで、受付から離れてうろうろしてしまった。ここに着いてから結構時間が経ってしまい、人もだんだんまばらになってきた。
 そういやオレ、招待状も持ってない。こんな時、透が一緒だったらな。と自分勝手にも思う。だいたいあいつはオレのことは怒れないなんて言っときながら、しっかり怒って行っちまったじゃねぇか。くそっ、本当は下の階なのかもしれない。
 令がエレベータに乗りかけた時、後ろから声をかけられた。
「お捜ししました、高見沢様」
「へっ……じゃなかった。えっ?」
 つい、バカをやってしまった令だったが「なんです、それは」と後ろの人物は突っ込まなかった。
「本日の主役がいつまでもこんなところにいらしてはいけません。すぐお支度下さい」
 その人物『じい』は恭しく頭を下げて、手で令の行くべき先を示した。
「え……ええっと。あの〜、その〜、おじいさん」
「じいとお呼び下さい、高見沢様」
 と言われても令にはそういう習慣がない。困っているうちに控えの間に通された。
「ここでお姿をお変え下さい」
「えっ?」
「本日は海外からのお客様もおいででございます。テレパシーをお使いになられたほうが意志の疎通 がお楽かと存じます」
「海外って……やっぱ、この階なのか?」
「はい。お急ぎ下さい」
 黄神のじいは丁重だがてきぱきと指示をする。本当は訊きたいことがたくさんあったのだが、とてもそんな雰囲気ではなかった。
 衆人注視の中、外人の前でおろおろするのは嫌だったので、じいの言うとおり令は変身することに決めた。下のでっぱりがなくなることには、だいぶ抵抗があったのだが。
 自発的に変わるのは生まれてはじめてだ。令は不思議な気分でそう思った。まさか、こんな日が来るとは。
 えーっと。……あれ?
「いかがなされました?」
「ちょっとタンマ。うーん、と」
 令は天井を見上げるようなそぶりで何か考えている。
「高見沢様?」
「まいったなぁ。そういや、オレ、偶然にしか変身したことないんだ」
 じいの表情が一瞬停止した。そして二度三度まばたきしたかと思うとすぐにいつもの仏頂面 に戻って口を開いた。
「黒川様をお呼び致しましょう。あのかたなら、あなた様のオーラを導くことがお出来になります」
「嫌だね」
 令はきっぱり言った。
「大丈夫。自分でなんとか出来るよ」

 その頃、パーティ会場は異様な雰囲気に包まれていた。それは黄神ならではの異様さであった。もちろん、人々はそこかしこでいくつかの固まりをなして笑顔を見せているし、料理も素晴らしいものばかりである。黄神でない者が突然足を踏み入れたとしても、すぐにはどこが普通 でないのか言い表すことは出来ないだろう。しかし、どこかが普通の人々のパーティと違うのである。
それは、あのパーティ独特のざわめきが妙に少ないのが原因だった。目に入る人の数の多さの割に静かなのである。だが、たしかに人々は陽気に料理を口にしながら、笑いあっているのだ。
 実は彼らの多くはテレパシーで会話をしていたのだった。多種多様の外国人の多いこのパーティでは、英語よりも細かいニュアンスまで伝えることの出来るテレパシーのほうがオーソドックスなコミュニケーションの手段だったのだ。だから、笑い声はあるものの会話自体はずっと少なくなり、妙に静かなパーティになってしまうのだった。そういうわけで、黄神一族の子弟はテレパシーのエキスパートである〈黒〉の一族でなくとも、簡単なテレパシーは誰しも身につけていた。もっとも、こちらに意志を伝える気のない相手の心の裡を読む技は〈黒〉でなくては出来ないことだが。〈白〉や〈青〉は相手に意志を送ったり、受け取ったりするのが出来る程度なのだ。
「〈中央本家〉が現れたなどと本当に信じられるのか?」
 海外からの賓客の話題はもっぱらこれに尽きた。
「たしかに今現在は、このニッポンにもっともオーラを活性化させる〈気〉が渦巻いている。オーラの強い者が生まれる可能性が一番高いのも現在はこの地だし、現に生まれてもいる。それ故に、一族の中心が戦後この国に大移動したのだが。にしてもだ。〈中央本家〉は移動してきた有力一族の出ではなく、遙か昔、一族がニッポンを去った折に残された血から生まれた偶然の先祖帰りだというではないか。この目で見るまではとても信じられんな」
「さすがはバイキングを祖先に持つ〈オーディン〉だな。美神バルドルの純血を重んじたいか?」
「この国では今は〈黄神〉と言うのだぞ。黄金色の神という意味でな」
「そりゃあ、いい。〈中央本家〉はバルドルの如き麗しき者と決まっているからな」
「中途半端な〈中央本家〉だったら、わたしは認めんぞ。〈黒〉の宗家のトオル・クロカワの上を行く者など実際考えられん。……クロカワにだったらオーラマスター〈バルドル〉の称号を認めてもよいくらいだ」
「たしかにトオル・クロカワのオーラを操る能力は傑出しているからな。天才と呼ばれた祖父を超えている。ほう、噂をすれば彼だ。こういう席にはめったに姿を見せないのに珍しい」
 シャンパンを手にした噂の主は大勢の人々の挨拶を受けていた。その多くは世界のVIPと呼ばれる人々なのだが、彼は動じる様子もなく、どちらかといえば受け流している風情でさえあった。
「クロカワは〈中央本家〉にはもうお会いになったのですか」
 某国の首相までもが透には敬語を使う。
「ええ」
 透の返事はそっけない。
「クロカワはどうご覧になられました?」
「美しいですよ」
「それはオーラが? それとも当人が?」
 透はくくっと笑った。
「見ればわかりますよ。あなたにもね」
 そう受け答えをしつつ、実は彼の注意は別のほうへ向けられていた。自分に対するざらざらした意識を感じていたのだ。相手は隠そうとしているのだが、透には筒抜けである。面 倒な、透は思った。その相手というのは後白河綾瀬であった。
 綾瀬は一見ごくごく普通であった。というより、いつもよりにっこりし過ぎるほどで、彼をよく知らない人が見たら今日の綾瀬は大変機嫌がいいと思いこんでしまうくらいだ。
「よぉ、奴には会えたのか?」
 遅れて来た青野が雲丹の寿司をほおばりながら訊いた。
「黒川が連れてくるって請け合いましたけど?」
 にっこり。
 ……やっべぇなぁ。こういう感じの綾瀬って、すっげぇ機嫌が悪いんだよなぁ。青野と綾瀬は幼なじみだったのでねそういった気心は知れていた。透と綾瀬はつくづく相性があわねぇんだよなぁ。やっぱ、オレが行きゃよかった。
「んじゃ、オレ、透ンとこに様子見てくるわ」
「さっき見た感じじゃ一緒ではなかったようですが。高見沢もかなりのところを見せておかないと、今日、招待されているお歴々は認めないでしょうから、オーラを操る特訓でも受けているんじゃないですか」
 綾瀬がくすくす笑って言った、ちょうどその時だった。

 どこからか、歌が聴こえてきた。はじめは場内に流れるBGMにかき消されがちだったが、なぜか妙に気になる歌声だった。人々はすぐにその声に気づきはじめ耳と感覚をすませた。
「あそこだ」
 客のひとりが控えの間を指さした。
「少年が歌っている。黄金色のオーラを舞い上げて」
 だが、それきりテレパシーを発する者はなかった。その声に皆のオーラがシンクロしはじめたのだ。声がだんだん大きく感じられ、人々は歌声が大広間いっぱいに響き渡っているような錯覚に陥った。隣室の声がそんなふうに響くことは実際ありえないことだが、その場にいた人々はたしかにそう感じたのだった。
 令は──もちろん声の主は彼だったが──変身にかかっているところだった。本気で歌えば必ず変身してしまうのを逆に利用したのだ。自分の意志で歌いながら、流れるようにオーラを使おうとしているせいか、いつもの地震や強風は起こらなかった。穏やかな風が起こり、令の髪がオーラの流れに合わせて伸びはじめ、黄金色に変わってゆく。髪が伸びる時のふうっとオーラが上に抜けて行くような感覚は心地よく、恍惚となる。つい、はじめの目的をすっかり忘れて、令が次の曲に入ろうとしたその時だった。
『その辺でやめておきなさい』
 令の頭に声が響いた。テレパシーだ。
『君はオーラを抑えることを学ばなくてはならない、〈至上の黄金〉よ。このまま歌えば、君のオーラに人々のオーラがシンクロし大惨事となる』
 はじめは透かと思ったが、どこか違う。令が無意識にオーラを延ばすとひとりの老人が見えた。
「あなたは……!」
『わが一族の者たちよ。ここに我らが祖先、神と呼ばれし者と同じオーラを持つ若者を紹介する』
 このテレパシーはあまりに力強かったので、令の頭にわれ鐘のように響いた。
『さあ、出なさい』
 黄神大老は令にだけ小さく告げた。
『この若者こそが黄金色のオーラの主、唯一、黄神の姓を名乗ることの出来る者、黄神令だ』
 控えの間のドアが開いて、令は大広間に足を踏み入れた。これが、〈中央本家〉としての第一歩だった。


 ほうっと声があがった。人々は令の歌とオーラに酔っていた。そこへ姿を現したのが人々の期待をそのまま絵に描いたような美貌の持ち主だったのである。わけもわからず令は中央へ進んで行った。この場の中心は明らかに自分だからそうするしかない、と覚悟を決めたのだ。そこへ、令がテレビで見たことのある青い瞳の初老の男が近づいてきた。
「我ら海外在住の〈オーディン〉も〈中央本家〉を心より歓迎致します」
 そして跪いた。令は仰天した。令の記憶ではこの人物は某国の大統領だったはず……。思わず彼の腕をつかんで立ち上がらせてしまった。そして相手の右手を無理矢理つかんで握手した。また、場内にほうっという声があがった。大統領は令の顔をまじまじと見てから満面 に笑みを浮かべて言った。
「どうやら黄金のハートの持ち主でもあられるようですね。今度ぜひ我が国へいらして下さい。ご案内させていただきます」
「えっ、ええ。ぜひお願いします。大統領のお国には行ってみたかったんです」
 令は素直に言って微笑った。
「その折には、また美しいお声を聴かせていただきたいですな」
「えっ、ええっ?」
 令は耳まで真っ赤になってしまった。それで人々はますます令が好きになった。

第4話 End
2004.7.24 rewrited
Written by Mai. Shizaka

 

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