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LUNATIC GOLD 6
 

 

 


 

 


第一部 月下の一群

 

 


6 魔霊狩り ─ソウルハンター─

 



 その日は朝から見事なピーカンだった。
 令たち四人は、じいから渡された腕時計タイプのメカを手首にはめた。
「これが魔霊を殺った時のカウンタになるってワケ」
 青野(せいや)が説明する。
「綾瀬が魔霊(ソウル)を見つけてオレと透が散華させる。三人でチームを作るってワケだ」
「……オレは?」
 令が怪訝そうに訊いた。
「おめぇは自分で見つけて自分で散華させる。それっきゃねぇだろ? ご本家さま」
 青野が金髪を手でぴらぴらさせながら言った。
「髪さわんなよ」
「へーっ、やっぱカンジるってか?」
 青野がゲラゲラ笑う。
「ンなんじゃねぇよ」
 ただ単に、自分だけ単独行動なのがなんとなく嫌だった、それだけだ。昨日、透を呼んだことで、少しだけ仲間になれたような気がしてたのに。ふん、べっつにこんな奴らと一緒じゃなくたって、ひとりのほうが気楽でいいじゃんか。

 八時になると、手首のメカが自動的に動き出した。朝の町中でひとりでぶらぶらしていると、結構魔霊の暗い影がうようよしているのが見える。令が黄金色のオーラを放つと、それらは呆気ないほど簡単に散華した。手首のカウンタに目をやると3を数えている。
 あーあ、オレ、なにしてんだろ? だいたい、オレはこんなこと興味ねぇのにさ。つっまんねぇの。
 金髪にサングラス、ジーンズの小さなお尻がきゅっと上がった令は、ただ歩いているだけで道行く人の目を引いた。金髪というだけでなく、今の令の肌は透き通 るように白く、とても生粋の日本人には見えない。ショーウィンドウに映る自分の姿をちらりと見て、まるでガイジンだな、そう思って少し寂しくなった。その時、また魔霊を見つけた。
 その魔霊は、長い明るめの髪をふわふわとなびかせた女の子の背後にくっついていた。普通 のコにしちゃすごく綺麗な赤いオーラを発している。
 散ってしまえ。
 令がその魔霊に狙いを定めたちょうどその時、女の子が走り出した。
 ……気づかれた? だけど、オレから逃げようなんて無駄だ。
 妙に残酷な気分になって、令のオーラは逃げる魔霊を追った。輝く黄金色のオーラから逃げられるはずもなく、魔霊は跡形もなく散華する。
 と、突然、赤いオーラが舞い上がり、女の子の足が止まった。そして、令のほうを振り返るとギッと睨みつけた。
 令は驚いた。睨みつけられたことにではない。振り向いた彼女の顔は──。
「後白河さん……?」
 思わず呟いたのも無理はない。彼女の顔はましろにそっくりだったのである。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ。君は……」
 令が追いかけるが、はじめからかなりの距離があったので、このままでは追いつけそうもない。令は軽く舌打ちをしてから路地に入り、人気がないのを確かめてから一気にテレポートした。
「うわっ」
 目の前に突然令が現れて彼女は小さく叫んだ。すかさず令は彼女の腕をつかむ。こうして間近で見てもましろにそっくりだ。
「……〈黒〉の一族かと思ったら〈青〉だったのか。……あたしをどうするつもり? 外人さん?」
 いきなり外人にされて令は言葉につまった。
「え……えーっと……」
「ふぅん、日本語がよくしゃべれないんだ。でも、わかってるよ。黄神の男はみんな同じ」
 令を見上げて挑戦的に言い放つ。そしてくすりと笑った。
 そっ、そうじゃないんだけど、ここまではっきり決めつけられるとなかなか否定しにくいもんだなぁ。かと言って、ぺらぺらしゃべってみせるほど、英語は得意じゃないし。
「あたしにプロポーズしたいんでしょ?」
 一瞬、頭が真っ白になる。
「えっえっ……えぇーっ?」
 なっ、なんのことだーっ?
「ちょっと待ってくれよ。オレにはいったいぜんたい何がなんやら」
 今度は彼女がびっくりする番だった。
「……日本語、うまいじゃない」
「当たり前だッ。オレは日本で生まれてんだぜ」
 さすがに日本人だとは言えない令である。
「ふぅん……」
 つやのあるグロスの唇をとがらせて、令を上から下まで眺めてから、ふいに金髪の一房をつかんで引き寄せた。ましろそっくりの小さな顔が令を見上げる。令がはっとする。その隙をついて素早く令のサングラスに手を掛け、するりと外した。瞳と瞳が合う。一瞬、彼女は言葉を失い、目を見開いた。
「……へぇっ、わりかしイケてるじゃない。ちょっと考えてあげてもいいよ」
 そう言って、指でついて来なとでもいうような仕草をして背を向けた。
 どうなってんだろう? このコはなんかものすごい誤解をしてるような気がするんだけど。
 令がぼーっと立っていると彼女が振り返った。
「来るの、来ないの? はっきりしてよ」
 ひえーっ、この手の顔ってものすごく気が強いのかもしれない。なんだか、妙にわくわくして令は彼女の後を追った。
「あんた、名前は?」
 前を歩きながら彼女が訊く。
「え……」
 えーっと、やっぱ外人の名前じゃなきゃまずいかな。うーん……。
「……ルナ」
 その時、なぜそんな名前が出てきてしまったのか、かなり後になっても令にはわからなかった。ただ、ふとその名前が浮かんだ、それだけだ。
「ふぅん、女みたいな名前。お月さまってわけ」
「君はなんて言うんだよ?」
 ちょっと気分を害して令が訊く。
「あ、か、り」
 ツンとあごをそらして言ってから、令の顔を振り返って見た。
「赤い里って書くんだ。なんか、言いたいことは?」
「へ……へーっ、可愛い名前じゃない」
「あっきれた。バカみたいに月並みなセリフ。ふぅん、そっか。だからお月さまってか」
 赤里はけらけら笑う。
「あのねぇ、君ってホント可愛くねぇな」
 令が横から赤里の顔をのぞき込むようにして言う。そして、視線が止まる。
「……なに? なんか言いたそうじゃない」
 赤里が水を向ける。
「うーん……君さ。知ってるコにそっくりなんだけど」
「誰? それ、あんたの彼女?」
 そう言ってまた笑う。突然夕べのキスの感触が甦り、令はどぎまぎした。
「図星ってわけ。赤くなっちゃって。ああ、やだやだ」
 けらけら笑いながら赤里は地下の喫茶店に降りてゆく。
「そっ、そんなんじゃねぇよ」
 令があわてて後を追う。
 そういやオレ、第二次関門の最中なんだけど、こんなことしてていいのかな。
 ちらりと令は思ったが、今朝の三人の冷淡さにムカついていたので、無理矢理そのことを頭から追い払った。
 地下の喫茶店は結構広かった。自動ドアから赤里に続いて令が入ってゆくと、客席の人々のオーラがざわめくのを令は感じた。彼らの多くは魔霊を背にしていて、オーラの色はすべて赤──。
「おい、これは……!」
 令は赤里に向かって叫んだ。
「マヌケな奴。もう逃げられないね!」
 赤里がくすっと笑ったと同時に、客達の背にあった魔霊が令めがけて一斉に襲いかかってきた。
「うわっ!」
 令はオーラを一気に舞い上げる。店内のコーヒーカップやグラスが浮かび上がり、ビシビシ音をたてて砕け散った。黄金色のオーラの勢いに圧されて魔霊が次々に散華する。だが、中でも一際大きな魔霊がなかなか散らない。
「こっ……の野郎! 散れぇーッ、散ってしまえッ!」
 令のオーラが光の矢のように大きな暗い影に命中し、魔霊は散華した。

 赤里は立ちすくんでいた。
 あけだけの魔霊が全滅……? 三分もかからなかった。
 ルナと名乗った金髪の美形はオーラを放出し過ぎたのか、激しく肩を上下させている。
「赤里ッ。ハンターを連れてきたな。このバカが」
 プロレスラー並の巨漢が赤里を怒鳴りつけた。
「ハンター? このマヌケが?」
 赤里が令に目をやる。
「こいつは、後白河の姫の顔につられて来るような能天気だぜ?」
「見ろ。カウンタをつけてやがる」
 巨漢が令のGジャンの袖口をぐいっとまくりあげた。手首のカウンタは157を刻んでいる。
「157? すご……」
「おまえら、何者だ?」
 つかまれた手首をふりほどいて令が言った。
「へっ、見かけによらずバカ力だな。べっぴんのハンターさんよォ」
「おまえらも黄神なんだろう?」
 令が言うと、巨漢はゲラゲラ笑った。それに合わせて周りの客もどっと笑う。
「黄神なんだろう、だとよ。おめぇこそ、本当に黄神なのか? ええ? オレ等の見当がつかないなんて信じられねぇな、その凄腕でよ」
「赤いオーラの黄神は見たことがない」
 なぜか、そう言った自分の声がやけに響いたような気がした。一瞬、店内がしんと静まり返った。
 と、突然、赤里が笑いはじめた。乾いた、喉にはりつくような笑い。
「こいつはとんでもないお坊っちゃまだ。奴ら、とうとう〈赤〉の一族の存在を黄神の歴史から消すつもりでいるんだよ」
「〈赤〉の一族……?」
 赤里の平手が令の頬に飛んだ。
「あたしたちは〈赤〉の一族。忌まわしき赤いオーラのね」
 今度は客がばらばらと令に襲いかかって来た。
 凄い、こいつらの目。本気でオレを殺すつもりか? 怒りと哀しみが赤いオーラを舞い上げている。厭だ……こんなのは、よくない。
『早く逃げろ。殺されるぞ』
 透のテレパシーが頭に響く。令ははっとなってテレポートした。

 気がつくと、令は歩道に座り込んでいた。
「危なかったな」
 頭の上から透の声がする。
「……〈赤〉の一族ってなんだ?」
 まだ荒い息をしながら令が訊く。
「敵です」
 綾瀬が平然と言う。
「敵? だって、あれは黄神だろ?」
「魔霊と組んでオレ等を滅ぼそうとしてんだ、あいつら。おっ、こいつのカウンタ、すっげぇ。157だってよ」
 青野が令の手首を見て口笛を吹いた。
「なんで、なんで教えてくれなかったんだよ? オレが知らないって言ったから、あいつらあんな……」
 令は膝をかかえて俯いてしまった。
 ……そうだ。オレが〈赤〉の一族なんて知らないって言ったから、あいつらあんなに怒って、哀しんで。あの赤里ってコだって泣いてた。
「ほらよ。あっちこっち、血が出てんじゃねぇかよ。こんなトコじゃ治療もできやしねぇ。立てるか?」
 青野が腕を貸して立ち上がらせてくれた。そして、小さく言った。
「単独行動にして悪かったな」

 透が令の傷に手をかざす。
「ここにオーラを集中しろ。君ならこれくらい自力で治せる」
 透の言った通りに、令が傷にオーラの昂まりを集めると、みるみるうちに傷口がふさがってゆく。
 青野の父が経営するホテルの一室に四人はいた。
「黄神一族が中央本家から四つに分かれた話は前にしたことがありましたね。その四つというのが、〈黒〉〈青〉〈白〉……そして〈赤〉なのです」
 綾瀬が説明をはじめる。
「でも、オレ、今まで黄神の集まりで〈赤〉なんて見たことなかったぜ。だから四つ目ってのはてっきり黄色だと」
「〈黄〉は天子の座に位置する中央本家──言わば別格です。普段は空位で〈黄神大老〉がその代行者にあたります。中央本家が現れるのはごくまれですからね。その〈黄〉の中央本家を四方から守護するのが四色の一族と言うわけです。東に〈青〉、南に〈赤〉、西に〈白〉、北に〈黒〉と言った具合にね。たとえば、透視力を持つ白の一族は〈神の目〉と呼ばれています」
「青は〈神の手〉だぜ。むかーし、念動力で神様を助けたんだろうな」
 青野が割って入る。
「黒は〈神の言葉〉、そして赤は〈神の影〉。ですが、はるか昔から赤の一族と他の三つの一族、黒青白が対立しているらしいのです」
「どうして?」
「詳しいことは実はわからないのです。上の世代はそのことについては何も教えてくれませんからね。ただ……」
 綾瀬は少し間を置いた。
「あなたは日本史は得意ですか」
「へっ? 苦手ってわけじゃないけど、特別得意ってわけでも……」
「そうですか……じゃ、例えば、いにしえの天皇家が黄神一族だったとしたらどうです?」
「……まさか」
 綾瀬は片眉を神経質そうにつり上げた。
「だいたい、世界各地に神話を残した支配階級はみな黄神だったと言っていいんですよ。でなければ、世界中の神話の奇妙な類似性をどう説明します? あれらはみな、黄神一族の伝承なのです。〈気〉の中心を求めて世界中を移動した黄神が各地に残した一族の歴史、それが長い時間を経てその土地の風土に融合した物語、それが神話なのです。例えば、ギリシャ神話において冥府を訪れたオルフェウスと、日本神話で黄泉比良坂(よもつひらさか)を降ったイザナギとの類似は大変有名です。オルフェウスとイザナギの両者は共に失った妻をこの世に連れ戻すために死者の国を訪れます。しかし、彼らはどちらも『地上にたどり着く前に妻の姿を見てはならない』という禁忌を破ったために永遠に愛する妻を失うことになるのです。ギリシャと日本という地理的に遠く隔たった場所に、これほどよく似たディテールをもつ神話があるなんて、大変不思議なことだと思いませんか? また、神秘的な力を持った〈目〉の神話群は何を意味するのでしょう? エジプト神話の〈ラアの眼〉、インド神話のシヴァの第三の瞳、北欧神話の隻眼のオーディン、ケルト神話の邪眼のバラール──それらの目に秘められた力はいったい何だったのでしょう? ……そして、どの伝承にも必ず現れる〈蛇〉──」
 そう言って、綾瀬は自身の想いに耽るように俯いた。最後のほうは独白のようで傍らに座っていた令にさえよく聞き取れなかった。不思議に重たい空気が流れる。透がその隠れていないほうの目をすうっと細めた。
「ラアの眼……?」
 令の呟くような問いに綾瀬が顔をあげる。
「失礼しました。比較神話学はぼくの研究テーマのひとつなんですよ。まあ、その話は横に置いておいて、日本の天皇家の話でしたね。つまり、天皇家の起こり──『日本書紀』や『古事記』に書かれている神族──高天原族(たかまがはらぞく)は黄神一族だったんです。おそらくは〈黒〉の。朝鮮半島から九州もしくは近中国地方に上陸した彼らは鬼神の如く西国を征圧しながら奈良地方に侵入し、先住民族を平らげてその地に大和朝廷を開きました。たぶん当時は奈良地方に〈気〉の中心があったのでしょう。一族は〈気〉を求めて移動するのが常ですから」
「〈気〉って……? あの、中国の気功術ってののことか?」
 令が思わず素朴な疑問を口にした。
「いいえ。一族の言う〈気〉はちょっと違います。オーラを活性化させる渦状の力場のようなもので、〈気〉の中心のもとではオーラの炎(フレア)が強くなり、力が増幅されるのです。だが、実はそれだけではない。〈気〉はもうひとつ、重要なものを一族にもたらしてくれるのです。そのもうひとつが原因で、一族は〈気〉を追って世界中を移動するのですよ」
 ここで綾瀬は言葉を切り、令に向かって意味ありげな視線を遣った。
「なっ、突然なんなんだよ? 後白河?」
「……中央本家のあなたならよくわかると思いますがね。黄神一族の弱点はとにかく繁殖力が低いってことなんです」
「ごっ……後白河ッ! おっおまえ、何が言いたいんだ?」
 令が真っ赤になって叫んだ。
「まあまあ、あんまり怒らないで。……特に黄神一族は女性の出生率が低い。〈気〉がもたらすもうひとつのものとは、黄神のオーラを持った女性のことなのです。一族の女性は〈気〉の中心でしか生まれない、きわめて稀な存在なのです。だから、一族は〈気〉の中心を求めるのですよ。黄神一族は普通 人と交わって血を薄めたくないのです。普通人との混血ではオーラの力が世代を重ねるごとに低下し、結局最後には黄神でなくなってしまいますからね。しかし、〈気〉の中心でさえ女性はわずかしか生まれないのです。これでは絶対数が足りません。……さて、一族はどうしたと思いますか?」
「……そんなん、わかるかよッ!」
 こっのやろォーッ! 言うに事欠いて『繁殖力が低い』だとーっ! なんて、なんて、嫌味な奴なんだ。
 一番の弱みを突かれて令はかっかしていた。そんな令の怒りを知ってか知らずか、綾瀬は淡々と質問を続ける。
「では、話を前に戻してみましょう。日本の〈黒〉の一族──天皇家はなぜ藤原氏と縁組みしたがったのでしょうね?」
「わかんねーって言ってんじゃないか」
 令はそっぽを向いた。
「平安時代、藤原氏は天皇家と縁組みすることによって天皇と血縁関係をつくり、摂政関白として事実上政権を握るまでになった、と言うのは授業で習いませんでしたっけ?」
 ……習った、ような気がする。
 令は頭の中で教科書をパラパラめくってみた。
 たしか、摂関政治とか言って、藤原道長とかがいいようにやるんだよな……。
「もう一度訊きます。なぜ、天皇家は藤原氏と縁組みしなければならなかったのか?」
 綾瀬が独特の、抑揚の乏しい無機質な声で訊いた。目は令のそれを観察するように見つめている。なんとなく居心地の悪い視線だ。こいつはいつもオレを値踏みしているような感じがする。となると、答えないわけにはいかなくなるじゃねぇか。なんてこった。こんなところで日本史の復習をさせられるハメになるとは。
「……藤原氏が権力を持ってたから、天皇家は縁組みを断れなかったんじゃないのか? ほら、結局、黄神の血が薄くなっちゃって、天皇の権威自体、失墜してたんだろうから」
「それでは順序が逆でしょう。藤原鎌足と天智天皇が組んだ時代はむしろ蘇我氏の勢力が強かったんですよ。藤原氏がまだ中臣という姓を名乗っていた時代、中臣氏は豪族としては大きな部類に入っていましたが、蘇我氏ほどの権力は持っていなかった。で、蘇我氏の台頭に叛旗を翻した天智天皇──当時の中大兄皇子が弟の大海人皇子と共に中臣鎌足を参謀にして起こしたのがかの有名な『大化の改新』です。この時、蘇我氏の勢力は一気に衰退し、中大兄皇子側──つまり、後に改姓して藤原となった──中臣鎌足側が勝利をおさめ、以後、藤原氏の支配が連綿と続くことになるのです。たしかに藤原鎌足という人物は傑出した策謀家だったようですが、のちの藤原氏のすべてがそうだとは限りません。……しかし、天皇家にはどうしても藤原氏をパートナーにしなければならない理由があったのです」
 ここで綾瀬は言葉を切って、じっと令の目を見つめた。
「……なんだよ、じらすなよ」
 たまりかねた令が先を急かす。綾瀬はにっこり笑ってみせた。
「答えは簡単。藤原氏は黄神一族だったんですよ。しかも、藤原氏には出生率が低いはずの女性がたくさんいた──つまり、黄神のオーラを持つ子孫を産むことの出来る女性が」
「じゃ、藤原氏は黄神には珍しい女系の家系だったのか?」
「いいえ、あまり女性は生まれないようですよ。彼ら、〈赤〉の一族にも」
「〈赤〉……? じゃ、藤原氏は〈赤〉の一族だったのか?」
「そうです。実を言えば、蘇我氏も〈赤〉でした。蘇我氏が一時的に権力の座にすわることが出来たのもそのためです。結局、同族同士の抗争で蘇我は藤原に敗北したのですよ。その後、藤原氏は蘇我氏や他の葛城一族系の〈赤〉の嫡流を根絶やしにし、黄神として無力な者しか残しませんでした。蘇我系で残された石川麻呂などは強いオーラを持っていなかったと考えられます。そしてまた、藤原氏の〈赤〉の姫は天皇家以外の他の黄神に嫁すことはありませんでした。そのため、天皇家の守護職にあった〈白〉や〈青〉、臣下に下った〈黒〉などは能力者の世継ぎを得られず衰退の一途をたどったのです。そして、日継の皇子──黄神のオーラを持った皇太子は、藤原の姫からしか生まれないようになったのでした。やがて、〈気〉の中心は日本を去り、別 の地へ移動してゆきました。後には〈赤〉のオーラを持った藤原を名乗る一族が残されただけでした。それ故、我々は〈赤〉の一族を警戒しているのですよ。〈赤〉の天下は血を滅ぼすと戒められ、かなり古くから〈赤〉はワンランク下の一族とみなされるようになりました。ですから、今回の大老の召集にも〈赤〉は呼ばれていません」
 ああ、そうか。その時、令の脳裡に赤里の言葉が甦った。『プロポーズしたいんでしょ』──あれは冗談じゃなかったのか。
「……だけど、なんで〈赤〉にだけ女の子が生まれるんだ?」
 そう言いながら、赤里の鮮やかなオーラが思い出された。
「生まれません」
「……え?」
「さっきも言ったでしょう? 〈赤〉の一族にもあまり女性は生まれません」
「じゃ、どうして……」
 赤いオーラ──ルビーのように……血のように。
「変わるんです、男性が女性に」
「……えっ?」
「それが彼らの能力ですから」
 無機質な綾瀬の声が響く。
「〈赤〉のオーラはメタモルフォーゼ──変身能力者の印です。〈気〉の影響がなくとも黄神の子孫を残せるのは〈赤〉だけなのです。彼らの多くは男性として出生しますが、その半分以上は生まれてまもなく導師によって強制的に女性化されると聞きます」

 令は重苦しい気分だった。〈赤〉の一族のことが頭から離れない。魔霊を狩っていると、あの時の赤里や赤の巨漢の哀しい瞳が頭をよぎる。魔霊は次々と散華する。
「令、少しはセーブしろよ」
 青野が声をかけてきた。
「いっぺんに150くらい散華させたばかりなんだ。いくら、おめぇでもぶっ倒れんぞ」
 そう言って、缶コーヒーを投げてくる。ひんやりした感触が心地よい。
「サンキュ」
 青野が気遣ってくれるのが嬉しかった。
「あのコもホントは別の顔なのかなぁ」
「ああ? その、ましろにそっくりだったってコか」
「うん……」
「おめぇには気の毒だけど、たぶんそうだろうな。ましろは〈白〉のお姫さまってんで有名だから、オトリが使うにはもってこいの顔だろ」
「そっか……」

 夕方になって涼しい風が吹きはじめた。Gジャンを腰に巻いて、半袖のTシャツ姿になっていた令は小さなくしゃみをひとつした。むき出しのカウンタはもう300をとっくに超えている。
 なんだか、だるくてフラフラする。夕焼けが真っ赤だ。あのコのオーラみたいに。
「令くん?」
 透が令の頬にひんやりした手をあてた。
「熱い……オーラの使いすぎだ。休ませないと」
 誰にも有無を言わせず、透は令の肩をかかえて近くの店に飛び込んだ。令はぐったりと椅子に座り込む。
「バカが。こんなになる前に早く言え」
 出された冷たいおしぼりで令の額の汗をぬぐってやる。
「大丈夫。すぐよくなる」
 令が蚊の鳴くような声で言う。
「ここは、ちょっとやかましすぎるな。店を変えようか?」
 ギンギンアレンジの生バンドの演奏に透が閉口する。
「いいよ、オレ、こーゆーの好き」
 テーブルにぺったり頬をくっつけて令が微笑った。
 四人はここで夕食をすませてしまうことにした。
「ほら、サラダくらい食べられるだろう?」
 透が令にフォークにさしたレタスをさし出す。
「それとも、トマトか果物のほうがいいのか?」
 そんな透のかいがいしい様を見て、青野がゲラゲラ笑う。
「天下の黒川透のそーゆートコ、他の奴らが見たらぶっ飛ぶぜぇ」
「……この馬鹿者が、アルコールばかり欲しがるのがいけないんだ」
 透が珍しく少し顔を赤らめる。
「たしかにね。胃壁に脂肪分のガードがない状態でアルコールを入れるのはよくありません。胃に穴があきますよ」
 綾瀬が意味深にくすくす笑う。
 当の令はぼーっとしたいい気持ちで三人の会話を聞いていた。とにかく水分しか欲しくなかった。今でこそ大食漢の令だったが、小さいころは食べることにまったく興味のない子供で、こんなふうに水物ばかり欲しがって母親に叱られたものだ。アルコールのせいでふわふわした気分になって、そんな昔のことまで思い出した。
「あ、オレ、この曲好き」
 令が流れていた曲のイントロをつかまえて、ふんふん歌いはじめる。
「おまえ、だいぶ酔っぱらってんなぁ」
「んーっ? オレ? 大丈夫、こんくらい歌えるぜ」
 にこっと笑って、さっと立ち上がったかと思うと、するりと生バンドのほうへ歩いて行く。
「おっ、おい、令ッ?」
 止めようとした青野をくっくっと笑いながら透が制した。
「ずっと、我慢してきたんだ。好きにさせたらいい」

 令は小さなステージにふわりと飛び乗った。ウェイターらしい男が何か言ってるけど、んなの、かまわない。端に置かれていたマイクを手に取ると、夢心地のまま歌い始めた。
 はじめは突然の酔っ払いの乱入に、いかにも迷惑そうな貌をしていたバンドのメンバーの表情が驚きのそれに変わるのに、そう時間はかからなかった。その声はストレートに人々の耳に飛び込んできた。不思議に無視できない心地よいヴォーカル。客達が何気なくステージに目を向けると、鮮やかな黄金色に思わず目を奪われる。令は足取りも軽く、ステップを踏みながらリズムを刻んでゆく。
「あいつ、場慣れしてんなァ」
 青野が呆れたように言う。
「人前で歌うのはほとんどはじめてだよ、令くんは」
 透がくっくっと笑う。
「アレがぁ?」
 客席から、ふいに拍手が起こる。令がその方向に向かって優雅にお辞儀をした。拍手がさざ波のように広がる。
 黄金色のオーラが嬉しそうに舞い上がり、客達のオーラも一緒になって踊る。
 汗が流れ落ち、キラキラ光る。
 ライトが熱い。
 これは夢だ。
 いつもの、すぐ醒める黄金色の夢──。
 客達の視線が令を追い、令にからみつく。
 もっともっと、オレの声だけ聴けよ。
 オレのことだけ見ろよ。
 もっと。
 黄金色の夢がシャウトする。

 曲が終わっても、しばらく拍手は鳴りやまなかった。吐息が熱い。真夏の陽炎の中に立っているようだ。その眩暈にも似た恍惚感の中、すうっと潮が引くように令はトランス状態から醒めてゆく。そして、ステージに立っている自分に気がついて、はっとした。
 オレ、いつのまに、こんなとこに……。
 酔いが一気に醒める。前髪を赤く染めたベースの男が近寄ってきて右手を出した。
「すげぇ声量だな。見かけねぇ顔だけど」
 ニヤリと笑う。
「わっ、悪いッ。オレ、わけわかんなくなっちゃって……えーっと、そのー」
 右手を出しながら、どっと汗が噴き出す。人前で歌ったことなんかなかったのに、どうしちゃったんだろ、オレ。
 客席からわっと歓声があがる。
「あっ、ありがとうございます」
 令が声のしたほうにぺこりと頭を下げたその時、視界の隅で赤いオーラが揺れた。
 ──あのコだ。
「あっありがとッ。歌えてうれしかった!」
 赤毛にそう言って、令はステージから飛び降りた。
「おっおい、待てよ」
 赤毛が叫ぶ。

 客達の歓迎を、微笑みながらするりとすり抜け、令は赤里をつかまえようとした。赤里が気づいて走り出す。
「〈赤〉だ」
 綾瀬が赤里を指さした。青野と透が立ち上がる。
「君っ、赤里……さんッ」
 令が店を出たところで赤里に追いつき手首をつかんだ。
「痛いじゃない、離せよッ」
「……ごめん。ただ、オレ、君に謝りたくて」
 令がそう言った時、青野と透が店の出口に現れた。
「へーっ、ホントにましろちゃんそっくりだ」
 青野がぽかんとしている。
「イヤだッ、離してッ!」
 青野の姿に気づいた赤里が半泣きで叫ぶ。彼女のパニックが令のオーラを震わせた。瞬間、服を引き裂かれ、たくさんの男達に取り囲まれた若い女性のヴィジョンが令の意識に飛び込んでくる。
「……やだな。大丈夫だよ。オレたちは君をどうこうする気は……」
 あまりに鮮烈なヴィジョンにとまどいながら、令が微笑って言うと、青野と透が顔を見合わせた。
「……? 青野? 透?」
 令の表情が止まる。青野が鼻にしわを寄せて見せる。
「どういうことだ……?」
「たぶん、そのコが大人に教えられてるほど酷いことじゃねぇ。ただ、花嫁候補として彼女をデータベースに登録するんだ。……このことについちゃ、一族はホントに困ってんだよ」
 海棠の御曹司が肩をすくめる。透は何も言わない。
「データベースに登録……?」
 令が目を見開く。
「はっきり言いなよ! あたしの卵子を採取して登録するんだろ? 実験材料にするためにね。そして、コンピュータに選ばせた誰かの精子と人工授精させる──より優秀な黄神一族をつくるために!」
 赤里が叫んだ。ふたりの顔と赤里の顔に交互に目をやる。赤里が小刻みに震えるのが分かる。
「バイオテクノロジーってやつだよ。だけど、あたしの知らないところであたしの子供が生まれるなんて酷いじゃない。そんなの、冗談じゃないよッ!」
「……本当なのか? 本当にそれが一族のやり方なのか?」
 とまどったような令の問いに青野も透も答えようとしない。
「おい、なんとか言えよ。透? 青野?」
 青野はほんの少し視線を外した。そして口を開く。
「……それが悪いってんなら、令。オレはそうやって生まれた子供なんだぜ」
 令の目が大きく見開かれる。それに向かって、ニヤリと笑った青野の蒼いオーラが揺らめき赤里の身体に伸びようとする。 反射的に令はテレポートした。月明かりの下、残されたふたりは顔を見合わせた。そして、深い溜息を吐いた。

「大丈夫?」
 人気のない路地裏で令が尋ねる。赤里は一瞬なにが起こったのかわからなかった。眩暈を感じて思わず令にしがみついてしまう。それから、はっとして身体を起こすと、令の淡い琥珀色の瞳と目が合った。
「ルナ、あんた、何者? なんであたしを助けたりしたの?」
 赤里が目をそらさずに言った。
「オレは〈赤〉の敵じゃないよ」
 令が微笑む。空の月が微笑ったように。
「じゃ、なんなんだよ? あのふたりの顔くらい、あたしだって知ってんだからね。黄神の御三家と言われる黒川や海棠、あのふたりにタメ口きくほど仲がいいってことは、あんただって並の黄神じゃないんだろ?」
 並の黄神……じゃないんだろうな、やっぱり。
「……でも、敵になりたくないんだ、オレは。これからもそうするつもりだし」
「ああ、そっか。懐柔策ってこと? で? 子供を産んでくれってワケ?」
 乾いた声で笑う。令が赤里の頬をぴしゃりと打った。
「やめろよ。そういう言い方。オレの好みじゃないよ、全然」
 赤いオーラがゆらゆらと舞い上がり、赤里は頬をおさえた。
「ふん。安心しな。あたしだって、あんたみたいなモデルタイプのチャラ男は好みじゃない。それに、そうだ。あんた、後白河ましろの彼氏だっけ?」
「そっ、そんなんじゃねーよ」
 赤里の瞳が令のそれをじっと見つめた。
「僕はこの瞳で嘘をつく、ってか」
 赤里がついさっき令が歌った曲のタイトルを呟いた。
「えっ? 聴いててくれたの?」
 令の顔がぱっと明るくなる。
「店の外でも聴こえたからね」
 その声につられて店に入った、とは言わない。
「どうだった? よかった?」
 令が華奢な赤里の肩を抱きかかえるようにして訊く。頬を紅潮させている令を見て、赤里は呆れたように言った。
「……あんたって、歌ってない時は、ホント、ただのガキだね」
「なんだよ、それ?」
「歌はよかったよ。本人は別として。CDでも出たら買ってやってもいいよ」
「へ……っ? CDって誰が?」
「あんた、歌手の卵なんだろ?」
「マジ?」
 令はがばっと赤里に抱きついた。
「ちょっ、ちょっと、離せよッ!」
「プロの歌手みたいだった? マジで? 間違えるくらいよかった?」
「よっ、よかったから……離してよッ、バカっ!」
 赤里が真っ赤になる。令がにこっと笑って肩から手をはずした。やっと解放されて、思わず赤里は走り出そうとする。
「あっ、待てよ。駅まで送るよ」
 そう言って令は、はおっていたGジャンを薄手のワンピース一枚の赤里の肩にかけた。驚いた赤里の瞳が令をじっと見つめる。中天にかかった十六夜月の光が令の瞳に射し込み、黄金色に揺れた。


第6話 End
2004.8.9 rewrited
Written by Mai. Shizaka

 

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