鬼サンに捧げるコメディ

LUNATIC GOLD 番外編1


 目映い黄金色の長い髪が揺らめく。
 そして、甘く切ない声。
 輝くライトの中、その人の小さな顔が白く淡く浮かび上がる。淡い色の瞳は双の月。その姿を追うカメラマンさえもが我知らずほうっと吐息をもらす。
 レンズの向こうで夢が微笑んだ──。
 ルナティック・ゴールド──その類い希な歌唱力と絶世の美貌とで、一躍スターダムを駆け上がった謎のヴォーカリスト。デビュー以来、テレビ・ラジオで彼の歌が流れない日はなく、三ヶ月連続シングル・アルバムの両部門で売り上げチャート第一位 。だが、マスコミの執拗な取材合戦にもかかわらず、彼の本名・私生活・国籍の一切はいまだ謎につつまれたままであった。

「ルナ」
 音楽番組の収録を終えて控室に向かう廊下の途中で、ルナティック・ゴールドは後ろから声をかけられた。だが、彼は振り返るそぶりなど微塵もみせず、整った眉を心持ちひそめただけだった。
「ルナちゃんてば」
 うしろの男が再び廊下中に響きわたる大声で呼びかける。だが、ルナは一向に振り返りそうもない。
 わかっていて、あえて無視しているのだ。ルナの名誉のためにつけ加えると、彼は売れっ子のなかでもかなり礼儀正しいタイプで、こういった対応はめったにみせない──そう、めったに。
「このあいだの話、考えておいてくれた?」
 だが、そんなルナのようすにまったく頓着することもなく、うしろの人物は彼の男性にしては華奢な肩を毛むくじゃらのごつい手でぐいっと引き寄せた。
「そのお話なら、マネージャーをとおしてお断りしたはずですが」
 本当にしぶしぶと言いたげにルナは振り返り、うしろの男と視線を合わせた。
 そこに立っていたのは、顔中髭だらけの熊のような男で、そうやって収録用のユニセックスな衣装とメイクのままのルナと並んでいるとまるっきり『美女と野獣』といった風情である。だが、この髭男こそ、この業界ではかなり顔の利く名プロデューサー『鬼ひげ』こと鬼島雄三だった。
「いやいや、人間というのは気の変わる生き物だからね。それに、君にとっても決して悪い話じゃないはずだよ」
 黄金色の一房をもてあそびながらそう言って、鬼ひげはニコニコ笑った。
 たしかに、話自体は決して悪くない。だけど──。
「ルナ」
 うしろから呼ばれたその声に、ルナはうれしそうに振り向いて、目で助けを求めた。こんな時、一番頼りになる助け船の登場である。
「高城さん」
 ルナの顔をちらりと見やってから、マネージャー高城隼人は鬼島に向かってにっこり笑った。
「鬼島さん、申し訳ありませんが、ルナは疲れやすい体質なので、今日はもう休ませたいのです」
 そう言って、ルナの髪から鬼島の手を恭しいといっていいほど鄭重な仕草ではずす。
「それでは、失礼させていただきます」
 鬼島に有無を言わせない断固とした態度で、高城はルナの肩を抱きかかえるようにして控室へ向かった。
「いつもながら鉄壁のガード。かわいくないマネージャーだ」
 鬼ひげはふたりの後ろ姿を見送りながら、みごとな顎ひげをぼりぼりと掻いた。
 高城隼人は、鬼島がはじめて会った時には後輩・清原の下で働くスタイリストだった。それが、いつのまにやら、ルナのゼネラルマネージャーにおさまっていて、今ではテレビ局でも一目置かれる存在になっている。
「あれはあれで、謎のマネージャーだな」
 鬼島はぼそりと呟いた。

 控室につくと、ルナはテレビ用のメイクを落としたり、着替えをするようすもなく、高城と一緒に自分たちの荷物をさっさとまとめはじめた。
 終わったころ合いにルナが高城にさっと目配せする。
「用意はいーい?」
「忘れ物はないか?」
 ルナの言葉に対し、高城が逆に確認してくる。
「んー、大丈夫、だと思うんだけど……」
 言ってから、ルナはちょっと恥ずかしそうに、自分より心持ち長身の高城を見上げた。高城のほうは表情を変えることはない。ルナの白い肌がほんのり桜色に染まる。それを見て、高城がくすりと小さく笑った。
 ふいに、ルナは長い腕を絡ませるようにして、高城のしなやかな身体をぎゅっと抱きしめた。
 と同時に、ふたりの姿がすうっと消える。もう、控室の中には誰の姿もない。
 こうして今夜もまた、ルナを待つマスコミの人々は待ちぼうけを食らうことになるのだ。

「……いつも思うんだけど、どうしてもこの体勢でないといけないワケ?」
 高城がルナに抱きしめられたままの体勢で首をかしげる。そこはもう、ふたりの見慣れたマンションの一室である。
「しょうがないだろ? ふたり一緒にテレポートすんのには、こうやってくっついてんのが一番安定がいいんだから」
 顔を赤らめたままのルナが高城から身体を離そうとしながら言う。が、なぜか高城はルナの背中に腕を回したまま離そうとしない。
「おい、なんだよ?」
「ふーん。ルナ、細いな」
 高城が今気づいたように言って、ルナの背中に浮いた骨を薄手の衣装のうえから軽く指でなぞった。
「もう少し肉がついてるほうが、オレの好みなんだけど」
「…………! ななな、なにゆってんだよっ!」
 慌てるルナに、高城はクスクス笑う。
「冗談はともかく、ちょっと痩せすぎだなァ」
 そう言って、真っ赤になったルナの顔をじっとのぞき込む。
「ンなの、どうだっていいだろうっ! 早く離れろよっ!」
「よくない。オレはルナティック・ゴールドのマネージャーなんだから、君の健康状態は把握しておかないとね」
「身体なら大丈夫だよっ! ルナはいつものオレよりちょっと細くなっちゃうだけだってば。わーっ、背骨さわるのやめーっ! くすぐったいじゃんかっ」
「ふーん、ルナはふだんの令より骨格そのものが細いようだな。気持ちが悪いほどよく食うのに、あれはいったいどこにいくんだ?」
 居心地悪そうにもじょもじょするルナに対して、高城は抱きしめた体勢のまま平然と触診する。
「ルーナちゃん。バリアはずさない?」
 高城がにっこり笑って軽い調子で言う。
「絶対やだ。〈白〉の一族の前でバリアはずしたら、身体が丸見えじゃん」
「だってね、君は黄神一族の祖なんだから。君のことがわかれば一族の諸問題も解決できるかもしれないだろ?」
「やだっつーたら、やだっ」
 ルナの内部構造はまるっきり人間じゃない。だから、絶対見られたくない。
「そーお? じゃ、離してあげない」
 高城はぎゅっとルナを抱きしめた。
「綾瀬ってばっ」
 ルナの身体から黄金色のオーラが立ち上り、高城に向かって軽い攻撃を仕掛けるが、高城はどこ吹く風といった風情である。高城隼人こと〈白〉の宗家後白河綾瀬は、オーラの攻撃がまったく効かない特別 な男なのである。もっとも、神と呼ばれた〈中央本家〉のルナが本気を出したらどうなるかはわからないが。とりあえず、ルナは綾瀬相手に本気は出せない。
「仕方がない。バリアをはずさないんなら、脱がせてもいいかな」
「ぬっ、脱がせる?」
「オレ、医者の卵だから安心していいよ」
 何を安心するんだかよくわからないが、小説家で敏腕マネージャーで、おまけに医者の卵だったとは。この男だけはなにがあっても食いっぱぐれることはあるまい。ともかく、そう言って高城隼人がにっこり笑った時、ドアが勢いよく開いて第三の男が入ってきた。
「なにをしている、後白河」
「透ぅーっ、助けてくれっ」
 全身から鮮やかな紫色のオーラを炎のように舞いあげて登場した男、黒川透にルナは救いを求めた。
「令くんになにをしている?」
「ああ、黒川。君も〈中央本家〉の身体構造が知りたいでしょう? ですから、バリアを解いて見せてくださいと、令にお願いしていたところなんですよ。わが一族の繁栄のために」
 高城こと後白河綾瀬はすっかりいつもの堅苦しい口調に戻ってしれっと応えた。黒川透の前で、ざっくばらんな高城でいるつもりは露ほどもないらしい。
「ううっ……」
 まったくらしくもなく、透はうなった。黄神一族を率いる〈黄神大老〉の孫の透としては、一族の繁栄のためにという理由にはおおっぴらに反論しにくい立場がある。実際、繁殖力が乏しいことは黄神一族にとっての最重要課題で、その解決に〈中央本家〉の身体構造を調べることが必要なのは透にも分かり切ったことだ。そして、いずれ〈中央本家〉を調べることになれば、一族の繁殖研究において長い歴史をもつ〈白〉の宗家の嫡子後白河綾瀬がそれを担当するであろうことも。
 だが、今、目の前で、なにかと目障りな後白河がルナをしっかりと抱きしめているという状況はやはり黙認できない。
「だが、後白河。なにも〈中央本家〉にお願いするのにそんな体勢でいる必要はあるまい」
 待ってましたとばかりに、綾瀬は言葉を返した。
「バリアを解いてくれないものですから、とりあえず触診していたんですよ。〈中央本家〉の骨格はかなり華奢ですね。臓器もおそらく我々よりはるかに合理的で少ないんじゃないんですか。ほら、腰もこんなに細いんです」
 そう言って、綾瀬はルナの男性にしては細すぎるウエストに腕を回した。
「綾瀬っ!」
 その細い身体のどこにそんな力があったのか。ルナは力任せに綾瀬の腕をふりほどいた。
「オレ、絶対、おまえらの検査なんか受けないからなっ!」
 そう叫んで部屋を飛び出す。
「ふん、嫌われたな、後白河」
 いい気味だと言いたげに、透が綾瀬をちらりと見やった。だが、綾瀬は不思議なものでも見たように、自らの両手を見下ろしていた。
「どうした、後白河」
 応えず、綾瀬はすうっと目を細め、ルナの去っていったドアの向こうに目をやった。少しの、間があった。
「たとえ嫌われても、いずれ検査はしなければならないことです。……もしも、黄神を存続させたいのなら」
 ルナが飛び出して開け放しになったままのドアを見つめて、綾瀬は呟くように言った。

 翌日はルナティック・ゴールドにとっての久しぶりの休日と学校の休みとが重なった完全オフ日だった。
 だが、綾瀬や透と顔を合わせたくないルナは、朝食もそこそこにこれといったあてもなくマンションを出た。正確にいえば、出掛けたのはルナではなく、ふだんの彼の姿、高見沢令である。高見沢令はルナとほとんど変わらない端正な顔立ちの美少年だが、ルナのようにカリスマ的な存在感は微塵ももちあわせていないフツーの高校生だ。
 それがなぜか、感情が昂ると自然に黄金色の髪に琥珀色の瞳のルナティック・ゴールドに変身してしまう。黄金色のオーラを自在に操る〈中央本家〉に。
 天気は憎たらしいくらいのピーカン。
 なのに、なんでオレ、ひとりでぶらぶらしてんだろう。なんだか、ひどくブルーな気分になって、令は公園のブランコに腰かけた。
 そんなに調べたいんなら、調べさせてやればいいじゃんか──ふと、思う。
 オレが……変身したルナが人間じゃないなんてこと、あいつらはとっくに知ってるんだから、それで離れてゆくはずがない。
 そう思っても、検査のことを想像しただけで、なぜかぞくりと冷たいものが背中を走る。どうしようもない、嫌悪感。
 切り刻まれるのは厭だ──あの、感触。

  パシャッ。
 その時、シャッターを切る音がして令は突然我に返った。
「だっ、誰っ?」
 正体を隠しているせいで、ふだんの令はカメラのシャッター音に神経質になっている。
 まさか、バレた……?
 青ざめた令の前に、カメラを手にした大柄な男が照れくさそうに現れた。それは──。
「ごめん、ごめん。あんまり感じがよかったもんで。つい、シャッター切っちまった」
 そう言って、男は見事なあごひげを掻きながらガハハと豪快に笑った。
「でね、俺はこういう者なんだが」
 名刺を差し出す。そこに書かれていた名前は鬼島雄三──あの鬼ひげだった。
「君は実にいいなァ。どうだい? タレントにならないか?」
「……へっ?」
 令は耳を疑った。
「歌とか、芝居とか。君ならすぐデビューできるよ」
 じょっ、冗談だろーっ? あんた、ルナを二度も落としたくせにっ!
 デビュー前に二度も落としておきながら、売れはじめたら自分のプロデュースする番組にしつこく誘う。そんな鬼ひげの手のひらを返したような態度が許せなくて、令はこの男の番組だけは出ないと心に決めていた。
 たしかに今、ルナをしつこく誘っているその番組は、実力派ばかりを集めたよさそうな企画で、ルナにとって決して悪い話ではなかったのだが。
「からかわないでください。もしかして、ヘンなオジサンなんじゃないですか?」
 仕返しのつもりで、令はいかにも変態を見るような視線で鬼ひげを見返した。
「ちっ、違うって。『愛してるなんて言えない』とか見なかった? あれ、俺がつくったんだけど」
「ドラマなんて見ません」
 実際、腹が立ってあれは一度も見ていない。
「うーん、残念だなァ。なっ、ちょっと、あそこの店で話だけでも聞かないか? なにかおごるよ」
 ……これじゃマジでちょっとヘンなオジサンのノリだなァ。
 そう思いつつ、どうせ暇をもてあましているんだからめいっぱいおごらせてやろうという悪戯心で、令は鬼ひげの誘いに乗ることにした。
「じゃ、ちょっとだけ」
 令はメニューにならぶ美味しそうなものを次から次へと注文しては平らげていった。
 目玉焼きののったあつあつのチキンドリア。ガーリックしょうゆ味のブロッコリーとソーセージのパスタ。ポークのしょうが焼き定食、みそ汁つき。こってりマヨネーズソースのハンバーグステーキ。ぴりりと辛い高菜のピラフ、ワカメスープつき。森のきのこソースの特製ビーフオムライス。ゴルゴンゾーラのトースト、ミニサラダ添え。生ハムとアスパラのデラックスピッツア。いくらとサーモンの親子リゾット。タマゴサラダのロールサンドつきチキンバスケット。クルミ入りチョコレートケーキ。自家製かぼちゃプリン生クリーム添え。ニューヨークチーズケーキ、フランボワーズソース添え。果 肉たっぷりストロベリーアイスクリーム。本当はストロベリーパフェにしたかったのだが、さすがの令も『ひげ面 のオジサンと男子高校生とパフェの図』はあやしいことに気づいて、迷った挙げ句に却下したのだ。もちろん、食べているあいまの飲み物だって欠かせない。炭焼きコーヒーだの、ブルーベリーヨーグルトシェーキだの、マンゴージュースだの。
 令は本当にしあわせそうにパクパクと食べるし、嫌いな食べ物以外残すということを知らない。その食べっぷりだけを見れば、どこぞの大食い選手権でも優勝できそうだが、いかんせん、このところすっかり贅沢になっているこの中央本家様には、ゆでただけのタロイモをえんえん食べ続けるような真似はできそうもないので無理だろう。
 鬼ひげはといえば、うれしそうにその見事な食べっぷりをながめている。
「すごいなァ。いつも、そんなに食べるのか?」
「そうです。いっつも」
「それにしちゃ細い。よく太らないな」
 夕べのイヤな記憶が甦り、令はムッとした。
「そういう体質なんです」
「高見沢……令君だったね。年はいくつ?」
「十五」
「へぇっ。にしちゃ大きいね」
「もっと大きい奴もいますよ」
「歌とかは? 今のコならカラオケ好きだろ?」
「行ったことないです」
 意外なようだが、実は変身が怖くてカラオケはやったことがない。
「今度さ、テレビ局とかスタジオとか、見学に来ないか?」
「別に興味ないです」
 ザマーミロ、鬼ひげめ。半年前のオレならひっかかったかもしれないけど、テレビ局なんか見慣れてるもんねーっだ。令は心の中で舌を出した。
「うんうん」
 だが、令がどんなに木で鼻をくくったような態度をとっても、鬼ひげはなぜかただただうれしそうにニコニコしているだけだ。
「オレ、悪いけどタレントになるつもりありませんよ」
 なんだか後ろめたくなって、令はアイスクリームを食べていたスプーンを置いて言った。
「そうか……残念だけど仕方がないな。なァ、記念にちょっとだけ写真撮らせてもらってもいいかな? なっ?」
 その、鬼ひげのささやかともいえる頼みをむげに断るには、令は食べ過ぎていた。良心の呵責もあったが、それよりなにより、お腹がいっぱいで令はしあわせだったのだ。

 パシャッ。
 パシャッ。
 声をかけられた公園でミニ撮影会になった。
「ジャングルジムに登ってくれないかなァ」
 仕事ですっかり慣れてしまったので、令はカメラの前で緊張するということはない。鬼ひげのほうもスナップふうの写 真が撮りたいらしく、とくにポーズをつけたりはしない。なんだか気分がよくなって、令は大きく伸びをした。
 パシャッ。
「だいぶ機嫌が直ったみたいだな」
 カメラをおろして、鬼ひげが微笑った。
「……えっ?」
「いや、さっきは、ずいぶん落ち込んだみたいな貌してたからね」
「そっ、そんなの……」
「あれはあれで、なかなか哀愁の美少年って感じでよかったが」
 そう言って、鬼ひげは豪快に笑った。
「それじゃ、令君。写真、できたら送るよ」
 鬼ひげはごつい手で、令の頭をわしゃわしゃ撫でると、顔に全然似合わないウィンクをして公園の外へと消えた。
「なんだよ、あのひげ」
 令はめちゃくちゃにされたヘアスタイルを手ぐしで直しながらぶつぶつ言う。
「結構あっさり行っちまいやがって。ルナの時はあんなにしつこく誘うくせに。せめて人の住所くらい訊きやがれ」
 恨みがましく、公園の出口に目をやる。
 ──結局、本気じゃなかったんだ。
「だから、鬼ひげなんか、大っ嫌いなんだ」

 それから三週間後のある日。
「これは、なんなんだ?」
 令の前に、バサリと週刊誌が置かれた。
「……へっ?」
 顔をあげると、綾瀬が天使のようににっこり笑っている。幼なじみの青野によると、こんな時の綾瀬が一番怖いのだという。たしかに、語気に剣呑さを滲ませている。なんだか、とっても、怖い。
「このグラビアの説明が聞きたいね」
 今の綾瀬は、姿こそふだんの綾瀬だが、口調のほうはちょっと軽めの高城隼人なのが令にとっては幸いだった。例のですます調で責められたらいたたまれない。
 令はびくびくと問題のページに目を落とした。
「あーっ!」
 思わず叫び声をあげる。
「そんな声をあげたって駄目だよ。これはどう見たって隠し撮りなんかじゃない」
 それは──。
 紛れもなく、あの日、鬼ひげが公園で撮った写真だった。『街で見つけた素敵なコ・テレビプロデューサー鬼島雄三さんの巻』と大きくタイトルが入っている。記事を読むと、令の名前は入っておらず、ただ公園で見かけた高校生を撮ったように書かれている。
「あっあっあっ、あの鬼ひげっ!」
「ふうん……しっかり心当たりがあるようだね?」
 綾瀬はくすりと笑って、令の顔をのぞきこんだ。

「なんで、そんな大事なことをマネージャーのぼくに言わないんだ?」
 ひととおり事情を説明し終えると、綾瀬は怪訝な眼差しで令をちらりと見た。
「だって……あの日、綾瀬とオレ、ケンカしてたじゃんか」
「ケンカ? あんなの、単なる意見の相違だろうが」
 綾瀬ははぁーっと溜息をついた。ちょうど、その時。
「おーい、令。鬼ひげからなんか来てるぜ」
 そう言いながら、部屋に入ってきたのは海棠青野だった。
「ルナ宛だぜ。あのおっさんも懲りねーのな。また、例の番組に出てくれって誘いか?」
 手渡されたのは大判のうすい包みである。
 ……あ……なんか、イヤーな予感……。
 びりびりと包みを開けると、はたしてそれは──。
 あの写真のパネルだった。
「写真、できたら送るよ」
 バレた……。

「ルーナちゃん!」
 うっわーっ!
 次の日、テレビ局の廊下で、謎のヴォーカリスト、ルナティック・ゴールドは、今一番合いたくない人物から声をかけられてしまった。
 折悪く、打ち合わせで綾瀬こと敏腕マネージャー高城隼人はここにいない。
「……なんでしょう」
 仕方なく、ルナは振り向いて鬼ひげの目を真っ向から見据えた。
「おいおいおい、そんなに睨むなって。ホント、はじめは令君がルナちゃんだなんて全然わかんなかったんだから」
「ちょっ、ちょっとっ! こんなトコで本名言わないでくださいっ!」
 ルナはあわてて鬼ひげの口をふさぐ。一瞬、間があった。そして、ルナの手の下でひげがもぞりと動いた。
 ……へっ?
 見ると、鬼ひげがニヤニヤ笑っている。
「……? なっ、なに?」
「怒るなよ?」
 鬼ひげは、よせばいいのに全然似合わないウィンクをしてから豪快に笑いはじめた。
「?」
「いやァ、実はな」
 そう切り出して、鬼ひげはあごひげをボリボリ掻いた。
「今の今まで半信半疑だったんだ。なーるほど。やっぱりね。そうか、そうか」
 ルナの血の気がサーッと引く。
「ちょっ、ちょっと……まさか、カマかけたとか……?」
「うれしそうに飲んだり食ったりしてる時の感じが、もろに同じだったもんでね。もしかして、と思ったんだよなァ。よく見ると、顔立ちも一緒だし……」
 それから、不思議そうに黄金色のひと房を手にとって、くいっと引っ張った。
「痛っ! なんだよっ! 痛いってば。離せよっ」
 痛がるルナの顔を鬼ひげはのぞきこんで訊いた。
「なァ……その髪とか目、どーやってんだ?」

 その後、鬼ひげの番組で、よくルナを見かけるようになったことは、いうまでもない。
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