5.過去帳及び取り墓からの筋目の推定
(1) 更にその上の先祖を探す史料として、過去帳の中にご住職が、花稲荻田氏の各筋として、次のように書き残しているページがある。(没年略)
ア 平六筋:清右衛門―太郎右衛門―忠兵衛―平六―与八(詳細後)
イ 八右衛門筋:市郎右衛門―一郎右衛門―助八―八右衛門(同上)
ウ 為右衛門筋:三四郎―某(助六父)―兵七―為右衛門(無跡)
エ 幸右衛門筋:源左衛門(幸右衛門父、以下略)
オ 佐七郎筋:平六―佐七郎―太郎右衛門(以下略)
カ 文吉筋:市郎右衛門―藤十郎―文吉―以下数代文吉(以下不詳)
キ 半兵衛筋:次郎右衛門―清右衛門―忠兵衛(以下不詳)
これらの筋目は、それぞれ分家筋を表しているのではと思われ、花稲村には清右衛門と太郎右衛門の兄弟が移住して来たのは間違いない。
(2)この筋目を、花稲村荻田の明治初期までの俗名等を一覧表式で表すと、次の写真のようになる。小さすぎて分かり難いので一部、拡大してあるが、当方の先祖筋は、アとエが関係筋であると推定される。理由は、他筋には、取り墓がなく、また、時代が源左衛門よりも後になるからである。