昭和37年福山

和37年春、私は広大付属福山高校を卒業、福山の地を離れました。
当時福山は“日本鋼管福山工場”の進出が決まり、皿山の沖に広大な埋立地が造成されていました。

福山城より駅前大通りを見た写真です。福山駅は戦災後のまま、左に改築されたばかりの“天満屋”、手前に古い“三菱銀行”の建物が見えます。
駅前には緑地帯が広がり、“とんど祭り”の場となりました。“天満屋”の角の交差点はロータリーで、当時“国道2号線は東より“深津、三吉町、寺町”を経て、この交差点に達して駅前通を南に曲がり、“旧警察署”の交差点を西に曲がり、“神島橋”に達しました。
後に天満屋前のロータリーに福山で初めて信号機が設置され、市民は喜び、赤信号での停車を期待しました。

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