AFTER THE DREAM
「さようなら」
何処からだろう、そんな声が聞こえた。
子供の声。
その声に俺は起こされた。
「おはよう、往人さん」
「…」
隣を見ると、微笑んでいる観鈴がいた。
何故だろう、俺は彼女の事を知っていた。
名前も、性格も、口癖も。
全部。
観鈴も、俺をよく知っているかのようだった。
「…悪い夢だ」
「わ、ひどいよ」
そう言って寝ようとした俺を、
観鈴が引きとめる。
夏。
砂浜の堤防の上。
強く輝く太陽が肌を焼く。
耳に届く波の音が、
僅かにだが暑さを誤魔化す様に聞こえた。
「ね、往人さん」
「何だ」
「さっき、あそこに子供がいた気がしたんだけど気のせいかな?」
「気のせいだろ」
「そっか…」
観鈴の視線の先は、砂浜が広がるだけ。
そこには誰かが居たような跡はなかった。
「観鈴…?」
「え?」
「泣いてる、のか…?」
俺は観鈴を見て驚いた。
表情こそ崩さないが、泣いていた。
目尻に指を当て、その事に気付く観鈴。
「あ、あれ…どうして泣いてるんだろ、わたし…
嬉しいのに…」
「嬉しい?」
「うん。
何だか嬉しいの」
そう言って立ちあがり、
手を大きく広げた。
まるで空を飛ぶかのように。
「にはは…本当はわたしもさっきまで寝てたの。
それで、夢を見たんだ」
「夢?」
「わたし、空を飛んでた。
でも、悲しかった。
たぶん、夢の中のわたしは、悲しい事があったの」
空を見つめ、話しつづける。
「夢の中のわたしの夢の中に、往人さんがいた。
最後はよく覚えてないけど。
そして、また、同じ夢が見えた。
今度はわたしの肩にカラスさんがいたの。
いつも一緒にいた。
途中でいなくなっちゃったけど。
それから、おかあさん、すごく優しかった」
そこで観鈴は一呼吸置いて、
こちらを向いた。
笑顔だった。
「最後に、羽の生えた人がいた。
綺麗だったよ。
でね、わたしに向かって
『ありがとう』
って言ったの。」
「そうか…」
話を聞いていて、
俺も先程みた夢を話したい、
そんな衝動にかられた。
「俺も、夢を見た。
短かったが。
二人、着物を着た夫婦らしい男女がいた。
男は俺に一言だけ言ったんだ。
『ありがとう』
って」
観鈴はじっと俺の話に聞き入っていた。
「次に、女の人が話し始めた。
『もう、全て終わりました。
縁(えにし)に縛られる事もありません。
そのかわり、貴方の持つ『ちから』も失われてしまいましたが。
ですが、貴方は貴方の道を進んでください。
宿命(さだめ)はもうありません。
全ては、貴方が思うままに…』
そう言ってた」
「…」
「…」
俺が話し終えると、
二人揃って空を眺めた。
あの向こうに何かあるのだろうか。
それとも、『あった』のだろうか。
おもむろにポケットから人形を取り出す…
人形が無かった。
無くした…違う?
『消えた』のか?
『ちから』が無くなって、
その依代(よりしろ)でもあった人形は、
『ちから』が役目を終えたのなら、その存在も消える…?
そして、近くにある石や何やらに念を込めても、ピクリとも動かなかった。
まあ、それならそれでもいいと思った。
が、
「あ…」
一つ重要な事を失念していた。
「失業…?」
俺は他に技能なんか無い…
野垂れ死ねと言うのか?
「往人さん、ぷーたろーなの?」
「…」
べしっ。
間違ってはいないが、悔しいので一発。
「が、がお…」
ぽかっ。
「うー、どうして叩くかな…」
「その口癖どうにかならないか…」
「うん…頑張る…」
ついこの間会ったばかりとは思えないような会話。
それも自然に口から出てきた。
「さて…行くか」
「どこに?」
「暫く世話にならないとだな…
仕事も無いし、金も無い」
「ねぇ、どこに行くの?」
「そりゃ決まってるだろ…」
不思議そうな観鈴の目を見て。
「俺達の家に、だ」
「えっ…」
一瞬だけ戸惑った観鈴だが、
すぐに笑顔になり、元気よく応えた。
「うんっ!」