「祐一、百花屋っていいお店だよね?」
「まぁ、そうだな…」
「店員さんもサービスいいし」
「ああ」
「だから…イチゴサンデーお土産にできないかな?」
「…いいから寝てろ」
「うー…」
春の麗らかな休日の昼過ぎ。
名雪は風邪でダウンしていた。
「正しい風邪の治し方?」
「ほら、体温計」
「うん…」
体温計を受け取り、見てみると37.9℃。
「ん…まぁ朝よりは良いな」
朝は38.5℃だったから割と下がっている。
ゆっくり休めば夕方にはもっと良くなるだろう。
「ちゃんと寝てろよ」
「わかってるよー…」
顔を覗き込むと熱っぽいのはあるが、
辛そうに見えた朝方よりは大分良くなっているようだ。
額に乗せてある濡れタオルを新しいものとと取り替え、部屋を出る。
「ね、祐一」
「何だ?」
ドアを開けるところで名雪に呼びとめられた。
「ありがとう」
「…ああ」
さっきまで名雪の額に乗っていたタオルを洗っていると、
秋子さんがやってきて一言ぽつりと言った。
「私も時々風邪引こうかしら」
「秋子さん…」
「うふふ、冗談ですよ」
時々名雪の様子を見つつ自分の部屋で雑誌を読んだりラジオを聞いたりしながら、
ゆっくり時間は過ぎていく。
ふと時計を見ると四時を回っていた。
寝ていたら悪いので、名雪の部屋のドアを控えめにノックすると返事が返ってきた。
「入るぞ」
「うん」
名雪はベッドから半身起こしていた。
「まだ寝てろよ」
「わかってるよ。
でもちょっと調子よくなったかな?」
「ん、どれどれ…」
「あ…」
手許に体温計が無かったので直接額をつけて体温を測る。
「さっきよりも下がってるみたいだな…
でもぶり返すかもしれないからちゃんと寝てろ」
「…」
額を離して名雪の顔を見るとさっきよりも赤くなっていた。
少しぽーっとしているようだし、ぶり返したのかもしれない。
そう思ったがそれは間違いな事に気付かされた。
「ちょっと恥ずかしかったよ」
「…ぐは…」
俯き加減でそう言われ、自分が恥ずかしい事をしたのに気付く。
「とにかく休んどけよ」
「うん♪」
それだけ言って自分の顔まで赤くなってる事に気付かれないうちに部屋を出た。
自分の部屋に戻って読みかけの本を開くと、
こん、こん
「はい?」
現れたのは秋子さんだった。
「名雪の調子、どうですか?」
「ええ、朝より大分良いですよ。
熱も下がってきてるし…」
そう言う俺の顔を秋子さんはにこやかに見つめていた。
「どうかしました?」
「名雪も幸せですね、祐一さんに優しくしてもらって」
「秋子さん…勘弁してください」
「うふふ、名雪の看病はお任せしますね」
そう言って秋子さんは俺の部屋を出ていった。
俺は…からかわれてるのか?
さらに時間は過ぎ、夕飯時。
おかゆ、と言うのも味気ないし、体調もそんなに病人している様ではなかったので、
雑炊を作って名雪の所に持っていく事にした。
が、普通に作ったら見事に失敗しそうなので秋子さんに作り方を聞く。
「秋子さん、美味しい雑炊ってどうやって作るんですか?」
「どうしてですか?」
「いや、名雪に作って持って行ってやろうと思って…」
「どうって、普通に作るだけですよ」
「そうですか…」
結局テレビかどこかで見た記憶のある作り方を参考にする事にした。
「祐一さん」
「なんですか?」
「料理は愛情、ですよ」
「…はい」
「だから祐一さんが作ったものなら名雪は美味しいって言いますよ。
祐一さんの愛情が篭ってるんですから」
ちょっと悪戯っぽくそれだけ言うと、秋子さんは立ち去る。
…どうやら秋子さんはお茶目な性格らしい事が良く分かった。
「えーと…」
まず鍋にダシ汁、大根、にんじんを入れて中火にかけ、
ひと煮立ちしたらご飯を加える。
次に再び煮立ったらアクをすくい取り、弱火にして煮る。
ご飯がふっくらとしてきたら、しいたけとかぼちゃを加え、塩と淡口醤油で味つけし、
かぼちゃに火が通るまで煮て、煮上がる直前に三つ葉を散らして火を止める。
これだけの作業でも四苦八苦しながらなんとか完成した。
大根やにんじんの皮を剥かないまま入れそうになったり、
途中で塩と砂糖を入れ間違えそうになったのは気のせいだろう。
コンコン
「はい」
「俺だけど、入るぞ」
「うん」
名雪の目の前まで小さい土鍋に入った雑炊を持っていく。
「どうしたの、これ?」
「俺が作った」
「え、祐一って料理できたの?」
「料理って程じゃないだろう、これくらいだと」
「うーん…でも嬉しいよ」
「熱いから気をつけろよ」
「うん」
はむっ
名雪はれんげで米を掬って口の中に入れた。
「…」
「…」
「…熱いよ〜」
情けない声を上げながら名雪は舌を出した。
「いや、だから熱いって言っただろう…」
「うん、でも…
祐一がご飯作ってくれたのが嬉しかったから、つい冷ますの忘れてたよ」
「…ったく…」
「ね、祐一」
「ん?」
「ふーふーっ、てして冷まして」
「却下」
「うー…」
恥ずかしい意見は1秒で却下した。
が…
「…」
「…」
じーっと名雪がこっちを見ている。
「…」
「…」
「あーっ!分かった、冷ますよ、冷ますからそんな目で見るなっ!」
「うん♪」
結局はやることになった。
しかも気がついたら俺が名雪に食べさせる事になっていた。
ふー…
「ほら、口開けろ」
「あーん…」
はむ
「うぅ、美味しいよ〜」
「感激しながら食うほどのもんじゃないだろう」
「そんな事無いよ、祐一も食べてみれば分かるよ」
言われ食べてみたが、普通だった。
「別に普通だが」
「祐一の愛情が詰まってるからわたしには凄く美味しいよ」
「…あとは自分で食ってくれ」
「わ、待ってよ〜」
恥ずかしい事を言われるたびに部屋から逃げようとしたが、ことごとく失敗した。
まぁ、名雪は俺の作った雑炊を全部食べてくれたのでよしとしよう。
なんとなく料理を作る側の喜びも分かったような気がした。
その後俺と秋子さんも夕食を終え、
興味を引くテレビ番組も無かったので風呂に入る。
自分の部屋に戻る前に、
多分寝ているだろうと思いながらも名雪の部屋のドアをノックすると返事が返ってきた。
「まだ起きてたのか?」
「うん、でももうそろそろ寝ようかな」
「風呂はどうする?」
「まだ風邪が完全に治ってないしやめておくよ」
「風邪だと風呂に入らないってのもあれだな…
国によっては風邪でも風呂に入る国だってあるぞ。
もっとも入浴方法にもよるが」
「う〜ん…でやっぱりいいよ」
「そうか」
そこで一瞬間が開いた。
「でも、お風呂入らないと気持ち悪いかな…」
「じゃあ体だけでもタオルで拭いたらどうだ?」
「そうだね」
名雪が何か言いたそうな目でこっちを見ていた。
「なんだ?」
「祐一、拭いて」
それだけ言うとパジャマのボタンを外そうとした。
「待ったっ!」
「え?」
すんでの所で止める。
「どうして?」
「どうしてって…」
理性が持たないかも、と言えたら楽かもしれない。
「…ともかく、それは秋子さんに頼め」
「うー、残念」
「それ以外でなんか用があったら呼んでも構わないけどな」
「うん」
そう言って俺は部屋に戻った。
5分後。
こん、こん
「はい?」
「ドア、開けていただけませんか?」
「分かりました」
俺がドアを開けると、
秋子さんが洗面器をタオルをもって俺の部屋に入ってきた。
「どうしたんですか?」
「名雪は祐一さんに拭いて欲しい、と言ってますよ」
「…」
それだけ言うと笑顔のまま秋子さんは洗面器ととタオルを置いて部屋を出ていった。
…つまり俺がやるという事らしかった。
「待ってたよ」
「待ってなくていい…」
結局タオルを持って名雪の前にいた。
「あんまり見られると恥ずかしいよ…」
そう言いながらボタンを外してゆく。
下着姿だけになると、背を向けて、あんまり意地悪しないでね、と言った。
タオルを洗面器に入った湯に浸し、よく絞る。
湯気の上がるタオルでうなじから背中の白いラインを拭く。
「う…ん」
背中を拭き終えると、腕を取りほっそりした二の腕から手の先までを拭く。
「わ、ほかほかだよ」
「ちょっとうつぶせになってくれ」
「わかったよ」
反対側の腕も同じように拭くと、名雪をうつぶせにさせる。
腰から下を拭…
一旦石橋の顔を思い出してから改めてタオルを絞り、太腿からふくらはぎにかけて拭く。
名雪の足は陸上部だけあって無駄には肉がついていなく締まっているが、
それでも女の子らしい感じがした。
こういうのをカモシカのような足と形容するのだろうか。
もっとも口に出した場合ニュアンスが多少変わったが。
「カモシカってこんな足してるんだろうな」
「…それ、誉めてないよ」
「こんなもんだろ」
一応背中から腕、足を拭き終わったので洗面器を持って部屋を出ようとした。
「まだ前拭いてないよ」
「…マジか?」
「うん」
あっさりと言われた。
観念して前も拭く事にした。
拭く為には向き合う必要がある。
「…それは寄せて上げてるのか?」
「違うよ」
何かくだらない事でも言わないと多分5秒持たないだろう。
とりあえず鎖骨から拭き始めたのだが、どうにも恥ずかしい。
名雪の顔を見るとあまりにやり辛いので目を瞑って拭いてみる。
「わ、祐一目瞑ってるよ」
「気にするな」
ふにゃん
「わ、そこ違うよ〜」
「気にするな」
「気にするよっ」
自分がどこを拭いているか良く分からないが、
こうしてればそのうち終わるだろう。
ぷちん
「わ」
「どうした?」
「…ブラのホック、外れちゃった」
「ふーん…
って何ぃっ!?」
思わず目を開ける。
「わ、見ちゃやだよっ」
名雪は腕で隠すのかと思いきや、
とっさに俺に抱きついた。
「うおっ!?」
「こうすれば見えないよっ」
見えないのは確かだが、
その分思いっきり感触が伝わってくるのはあえて言わなかった。
「なんで前拭いてて外れるんだ…」
「フロントホックだよ〜」
「なるほど…」
よく分からないがとりあえず納得する。
「…ところで名雪」
「なに?」
「いつまでこのままなんだ」
「ずっとだよ」
本気なのか冗談なのか分からない事を口にする。
「風邪治らないぞ」
「治るよ〜、だって…」
名雪は俺の耳元に近付いて囁いた。
「いっぱい汗かけば、風邪は治るって言うから☆」
翌日、二人揃って風邪で学校を休み、
北川や香里に詮索されたのはきっと気のせいだろう。