夏祭





「肝試し…ですか?」
「そうだ」






冬の出来事から俺と戻ってきた真琴、
そして天野の3人で行動する事が多くなってきた。

夏休み。
いつもの様に三人で商店街をぶらついていたのだが、
今日は毎年ある夏祭に行こうと言う事になった。

「それなら、浴衣を着て行きましょう」

天野の提案で天野と真琴は浴衣を着る事になった。
真琴は当然浴衣なんか持っていないので名雪から借りるとして、
天野は自分のを持っているそうなので着替えてくるそうだ。
という事で、夕方に神社で落ち合うことになった。

家に戻って、さっそく名雪に交渉する。

「名雪、浴衣持ってるか?」
「うん、持ってるよ。
 もしかして祐一が着るの?」
「そんなわけないだろうが…
 真琴が着るんだ」
「そうだよね。
 祐一が女の子の浴衣着るのは変だと思ったよ」
「…ともかく、適当なの見繕って着せてやってくれるか?」
「うん、おっけーだよ」

そう言って名雪は真琴を自分の部屋に入れた。
俺は自分の部屋で適当に雑誌を読んで待っていたが、
壁越しに二人の会話が微かに聞こえた。

「わ、着痩せするタイプなんだね」
「そ、そうかな…?」
「うん。思ったより大きいよ」
「あぅ、揉まないで…」

「…」

物凄く気になるので覗こうかと思ったが、
あのジャムを三食食べる羽目になりそうなので止めた。

「お待たせっ」
「あぅ、すーすーする…」

部屋から出てきた真琴は、
明るい桃色に猫柄のプリントのある浴衣を着ていた。
浴衣のセンスがなんとも名雪らしい。
それと髪もアップにしてある。

「馬子にも衣装だな」
「なんか誉められてない気がするんだけど」
「なかなか鋭いな、その通りだ」

ぼかっ

「っ痛ぇ、殴る事無いだろう」
「祐一が悪いんだから!」
「うん、今のは祐一が悪いよ」
「名雪まで…
 って名雪も祭に行くのか?」
「うん、香里と一緒に行くんだよ」

名雪もやはり髪をアップにしていて、
浴衣は…けろぴー柄だった。

「…それ、売ってたのか?」
「うん、駅前のお店で色違いとかたくさんあったよ。
 あとアリクイ柄となんだか良く分からない柄のもあったよ」
「…マジか?」

どうやら、この街にはまだ俺の知らないものがあるようだった。



「美汐、遅い〜」
「ごめんなさい、ちょっと手間取ってしまって…」
「…」
「どうしましたか、相沢さん?」
「いや、なんか、な」
「私の浴衣がおばさん臭い、と言うのですか?」

天野はちょっと皮肉を込めたように悪戯っぽくそう言った。
確かに紺地に白く花があしらってある浴衣は渋いと言えるが、
おばさん臭いと言うより落ちついていて良く似合っていた。

「いや…似合ってると思うぞ」
「そ、そうですか…?」

俺の口からそう言う言葉が出るとは思っていなかったららしく、
面食らったような、少し恥ずかしそうな、天野はそんな表情を見せた。
恥ずかしがってる天野も可愛らしくて良いかもしれない、と思った。
ふと視線が合うと、天野は赤くなって眼を逸らせてしまった。
そんなやりとりを端から見ていた真琴が不満そうにしていた。

「あぅ、ラブコメしてないで早く行こうよっ」

良く分からない発言だが、きっとラブコメ漫画の読み過ぎだろう。



祭の会場は予想以上に人でごった返していて、
気を付けないとはぐれてしまいそうな様子だった。

「真琴、迷子になるなよ」
「真琴は子供じゃないもんっ」
「どうだか…天野も気をつけろよ」
「はい」
「祐一っ、金魚すくいがあるよ。
 あ、向こうはわたあめだ」
「…どこが子供じゃないか知りたいんだが」
「あぅ…あ、肉まんはないかな」
「あるかっ!」

両脇に並ぶ屋台を覗きながら奥に進んでいく。
すると、突き当たりになにやら古めかしい建物があり、そこから時折悲鳴が聞こえていた。

「なんだ、あれ?」
「あれはお化け屋敷ですよ。
 なんでもかなり力を入れていて、テーマパーク顔負けらしいですが」

天野の説明を聞いて、名雪に廃屋を改造してお化け屋敷にしたものがある、
と聞いたような事があったのを思い出した。
名雪の話だと普段は人件費その他の採算が取れないのでやっていないが、
夏休みになると来客が見込めるので開くらしい。

「結構本格的っぽいな…
 真琴、入ってみるか?」

振り向くと、真琴がいなかった

「…はぐれたか?」
「そのようですね…探さないと」
「そうは言ってもこれだけ人がいるとな…」
「確かに、探すのは難しいかもしれませんね」
「ここが突き当たりなんだから、まっすぐ進めば来るだろうし、
 少し待ってみるか」
「わかりました」

しかし、10分程待っても真琴が来る様子は無かった。

「来ないな」
「そうですね…」
「とりあえず、このお化け屋敷に入ってみるか?
 祭に来たのに待ってるだけでもしょうがないし」
「私と相沢さんでですか?」
「いや、嫌ならいいけど…」
「いえ、そんなことはありませんが…」
「決まりだな」

入場料を払って二人並んで入る。



中は和風で薄暗く、すこし寒い感じがした。

「結構雰囲気出てるな…」
「そうですね」
「ん、今鬼火が出たか?」
「そうですね」
「なぁ、天野」
「そうですね」

「…あーまーのー?」

むにーっと頬を引っ張ってみる。

「や、やめてくださひ」
「実はお化け屋敷苦手だろう?」
「…どうして分かったんですか?」
「いや、あからさまに分かったが」
「そうですか…」
「途中だけど出るか?」

お化け屋敷の順路の所々には限界になった人がリタイアできるよう、
出口があった。

「いえ…最後まで行きましょう」
「そうか」

天野が続けるというので、再び歩きだした。
が、さっきから何かに引っ張られている気がする。
まさか、本当に…
というより。



「天野…シャツの裾から手を離してくれるか?」
「え?あ、すみません」
「いや、いいけどな…」
「何かに掴まってないと不安で…」



俺はおもむろに天野の手を握った。

「きゃっ!?」
「なら、これでいいだろ?」
「…はい」



天野はきゅ、と手を少しだけ握り返してきた。



手を握ってから、妙に緊張して回りの仕掛けに注意がいかなくなってきた。
もっとも、天野も同じようで怖がっている様子は無く、むしろ固くなっているようだった。

このままなら別にただ涼しい所を手を繋いで通っているだけだな…



「はきゃぁっ!?」

天野がいきなり悲鳴をあげる。
驚いて天野の方を見ると、膝立ちになって真っ青になっていた。

「どうした?」
「む、虫が浴衣の中にっ!」
「虫?多分そのうち隙間から落ちて…」
「相沢さん!取ってくださいっ」
「…俺が?」
「虫だけは駄目なんですっ!
 早くっ!」

急かされて本当にいいのかと思いながら浴衣の中に手を入れた。
あたりに手を這わせるがそれらしきものはない。

「も、もっと下です!」
「あ、ああ」

言われるまま下のほうに手を突っ込む…



ふにっ

「…へ?」

ふにふに



何か柔らかいものが当る。
その瞬間天野の顔が「ぼっ」という擬音が似合うくらい一気に赤くなった。

「もしかして…」
「…」
「…下着、つけてないのか?」

その質問に天野はただ『こくこく』と首を縦に振った。

「まさか、下も…」

そう言うと『ぶんぶん』と首を横に振る。



ふにふにふに



「結構大き…」

言いかけて涙目で睨まれたので慌てて浴衣の中に居るであろう虫を探す。

と、なにかカサカサ動くものに手が当った。
摘んで取り出すと、小さな蜘蛛が動いていた。
蜘蛛を捨てて天野のほうを見ると、はだけてしまった浴衣を直していた。

「ありがとうございます」
「いや、別に…」
「でも、無神経過ぎますよ?」
「…悪かった」
「ふぅ…
 では、行きましょうか」

平静を取り戻した天野が立ちあが…らなかった。

「どうした?」
「…腰が抜けてしまったみたいです」
「わはは」
「笑わないで下さい…」

睨む天野に背を向けて、しゃがむ。

「ほら、おんぶしてってやる」
「それは…」
「でなきゃずっと立てるまでずっとここに居る事になるが」
「…わかりました」

天野がしっかり掴まったのを確認して立ちあがる。



「これが先輩の視点なんですね」
「ああ、そうだな」

数秒置いてから違和感を感じた。

「…先輩?」
「いつまでも『相沢さん』では他人行儀な気がして…
 今まで通りの方が良いですか?」
「いや、それで良い。
 その代わり、俺も『美汐』って呼ぶぞ」
「はい」



美汐をおぶっていると、背中に柔らかい感触がある。
そういえば美汐はノーブ…

「…いま、変な事考えていたでしょう」
「気のせいだ」
「そうでしょうか…?」

鋭かった。



「先輩」
「なんだ、美汐」
「真琴は、先輩のこととても好きだと思います」
「…いきなりだな。
 分かるのか?」
「分かりますよ。
 だって、真琴は私の親友だし、それに…」
「それに?」

美汐が唇を開いた瞬間、
後から来たカップルの悲鳴が聞こえた。

「…ですから」
「悪い、聞こえなかった」
「もう言いませんよ」
「凄く気になるんだが」
「秘密です」

美汐が何を言ったか気になったまま出口が近付いてきた。

「もう大丈夫です」
「そうか」

ゆっくり天野を降ろして歩こうとした時、
今度は天野から手を繋いできた。

「後少しで外ですから…」
「関係あるのか?」
「関係無くても、です」

手を繋いだまま出口の門をくぐる。
外は夕方から夜に近付いていた。

「…帰るか?」
「そうですね」

また人ごみの中に混ざろうとした瞬間。

「あぅーっ、見つけたあっ!」
「…真琴」

真琴とはぐれたのを見事に忘れていた。



「ほら、肉まん買ってやるから、な」
「夏に肉まんなんか売ってないもん」
「じゃあなんか漫画買ってやるから」
「う…そ、そんなので騙されないんだからっ」
「そうか、欲しくないか」
「あぅ…欲しい…」
「なら帰りに本屋に寄っていくか」
「うん」
「…くすっ」
「どうした、美汐?」

美汐が俺達のやり取りを見て微笑んでいた。

「いえ、本当に仲が良いと思って」
「そうか?」
「祐一と仲良くなんかないもんっ」
「…あ、それでは私はこっちですから」

美汐はここから別方向なのでここで別れる。

「先輩、また明日」
「ああ。
 美汐、帰り道気を付けろよ」
「はい」

美汐はぺこりと一礼してから俺達と違う方向に歩いていった。
俺達も歩き始めた。

「祐一、漫画買ってくれるんでしょ?」
「冗談だ」
「え、うそっ!?」
「ああ、嘘だ、買ってやるよ。
 じゃ、帰る前に本屋に行くか」
「うんっ」
「あ、そういえば祐一と美汐、呼び方変わってない?」
「そうか?」
「そうだよ」
「まぁそう言う事にしておこう」
「あぅ、行ってる事が無茶苦茶…」



そんな言い合いをしながら歩いていると、後ろから呼びとめられた。

「先輩っ!」

「美汐…?」

美汐はさっきと同じ場所に立っていた。

「お化け屋敷の中で言った事ですけど…」



一瞬躊躇したような表情になったが、
美汐は真っ直ぐ俺のほうを見て言った。







「私、先輩の事が好きですからっ!」







「…なにぃっ!?」
「え、ど、どういうこと?」

美汐はそれだけ言うと走り去っていった。
残ったのは面食らった俺と真琴。
二人顔を見合わせて、ぼーっと突っ立っていた。






絵に描いたような泥沼ではなく、
何故かほのぼのとした三角関係が始まるのは秋、学校が始まってからだった…