次の世紀も、君と共に


(注)2000年大晦日だと思ってください。






「今年ももうすぐだね…」
「ああ、そうだな…」

時計の針は11時55分を指している。
今日は12月31日、大晦日。
もうすぐ年が明け、新しい年が始まろうとしている。
俺と名雪はリビングで年が明けるのをまっていた。
秋子さんは台所で洗い物をしている。
名雪がこの時間まで起きているのはかなり凄い。
そもそも名雪が起きて新年を迎えたい、と言ったから起きているわけだが。
一回寝そうになったが、それからは頑張っているのか目をとろんとさせはするものの、
それ以上になる事はなかった。

「名雪…無理してないか?」
「ううん…大丈夫だお…」

多少ぼーっとしているが多分大丈夫…だろう。

テレビを見ると除夜の鐘の前に人だかりができていた。
レポーターが何やら話している。

『…いよいよ20世紀も終わり、21世紀が…』

毎年繰り返される光景。
違うのは後数分で20世紀が終わり、
21世紀-『未来』だった時代-がやってくる、ただそれだけの事だ。
だからと言って何が変わるわけでもなく、日々は相変わらず過ぎて行くのだろう。
それでも、何かが変わるのを期待して次の時代へと夢を膨らませるのが人情だろうか。



「名雪…起きてるか?」
「大丈夫だよ…けろぴー」



ずびしっ。

「祐一…痛い」

頭を押さえ、抗議の視線を向ける。

「誰がけろぴーだ、誰が」
「え…?」

半開きだった瞳が完全に開き、きょろきょろと辺りを見まわす。

「わたし…寝てた…」
「よく分かってる」
「…うー」



不満そうにしながらも寝ていたのは事実だけに言い返せない様子だ。
そんな名雪の頭に手を置き、軽く撫でる。

「あっ…」
「もうすぐだから、ちゃんと起きてろよ?」
「…うん」

くすぐったそうに目を細め、
名雪はこくり、と頷いた。

と、



ご〜〜〜〜ん…



ご〜〜〜〜〜〜〜〜ん…



「あっ、除夜の鐘だよ…」
「そうだな…」

名雪の話だと、商店街と反対方向に行くと神社や寺があるらしく、
毎年除夜の鐘が聞こえるそうだ。
その音がここにまで届いて、いよいよ今年も終わりだな、そう思わせる。

「もうすぐ、年が変わるんだね…」
「ああ…」



ご〜〜〜〜〜ん…



ご〜〜〜〜〜〜〜〜ん…



108回の鐘突きは煩悩の数。
今年を思い起こすと色々やったな…

名雪にメイド服着せたり…
はだかエプロンさせたり…
ネコミミ付けさせたり…本人も楽しそうだったしな。

…煩悩は確かに108はありそうだな。

俺がそんな事を思い出して感慨深くなっていると、横から名雪に突っ込まれる。



「祐一、鼻の下伸びてるよ」
「余計なお世話だ」



鐘の音を聞きつつテレビに目をやると、新年のカウントダウンが始まっていた。
アナウンサーと周りの観衆が一緒になって数字を叫んでいる。

『10!』

『9!』

『8!』

「『7!』」

いつの間にか名雪もカウントダウンをしている。

「『6!』」

「「『5!』」」

「「『4!』」」

更にいつ洗い物を終えたのか秋子さんも隣でカウントダウンをしていた。
俺も流されるままにカウントダウンに声をそろえる。

「「「『3!』」」」

「「「『2!』」」」

「「「『1!』」」」






「「「『0っ!』」」」



わぁぁぁ…

テレビの中では歓声と共に花火まで上がっている。



ぼふっ

「ぐぁ…」
「新年明けましておめでとう、だよ」

いきなり横から名雪に抱きつかれる。

「は、放せ…」
「やだよー」

…横で秋子さんが笑顔でこの光景を見ていた。



「祐一さん新年明けましておめでとう御座います」
「あ、おめでとう御座います…」

名雪にひっつかれたまま秋子さんに新年の挨拶をする。



「それじゃあ年越しそば用意しますね」
「あ、わたしたち初詣行ってくるよ」

名雪は俺にくっついたままそう言う。

「『たち』って俺か?」
「そうだよ」
「…まあ、いいけどな…」

初詣まで行くのを嫌だとは言う気はないしな。

「じゃあ準備してくるよ」
「分かった」
「それじゃ戻って来た頃に年越しそばができているようにしますね」

名雪は自分の部屋へと上がっていった。
俺も部屋に戻り、コートを掴んでリビングに戻る。






「遅い…」

さっきから10分は経っている。
それでも名雪が降りてくる気配はない。



「ふふふ」

秋子さんは思うところがあるようでにこやかに笑っている。

「私は名雪を見てきますね」

そう言って2階へ向かった。
それから更に10分後。



「祐一、お待たせ…」
「ほぅ…」

俺の目の前に現れた名雪は晴れ着姿だった。
赤基調の何処か落ちついた感じで、良く似合っていた。
おかあさんのお下がりだけどね、そう言ってはにかむ顔も良く映えた。

「祐一、似合ってるかな…?」
「ああ、良く似合ってるぞ」
「わっ、祐一がそう言ってくれるの珍しいよ」

ただただ率直な感想と溜息しか出なかった。

「じゃあ行こう」
「あ、ああ…」

名雪に引っ張られる格好で玄関へと向かう。
後姿を見ると、髪がアップにしてあって櫛で留められていた。

「髪…アップにしてるんだな」
「うん、どうかな?」
「ああ、悪くない」
「えへへっ…
 でも気付くのちょっと遅いよ〜」

そんな他愛ないやり取りをしながら先に靴を履いた俺が玄関を開けた。



外は当然ながら暗闇に包まれていた。
空は晴れているので月明かりで照らされてはいるが。
いつもよりは家の灯りが多かったが、それでも明るいとは言えない。
もっとも足元は一応見えるので歩くのには支障がないようだ。

それにしても…寒い。
冬の午前0時過ぎだから当然なのだが。
寒さを呪いながらぼうっと空に見える月を眺めていると、後ろから声が掛かった。

「祐一、お待たせ」
「ん、じゃあ行くか」
「うんっ」

名雪の隣に並び、
神社のある方へ向かって歩き出す。

「祐一」
「何だ?」
「もし、もしだよ、
 そこから変な人出てきたら守ってくれる?」
「…ばーか」
「ふふっ…」

歩く事5分少々。
目の前に時間帯に不釣合いな人だかり…と言うほどではないが、
結構な人が見えた。

「あ、あそこだよ、神社」
「みたいだな」

入り口まで行くと、
神主が洒落ているのか篝火(かがりび)が焚かれていた。

「わっ、暖かいね」
「あんまり近付くと焦げるぞ」
「うん、分かってるよ」

そう言って笑う名雪の顔が炎に照らされて、
幻想的だった。



賽銭箱の前は新年の願掛けをする人で僅かながら列ができていた。
特に話しをするでもなく少し待つと順番は回ってきた。



ちゃりーん

ぱん、ぱん

賽銭を入れ、手を合わせ祈る。



(…名雪と一緒にいられますように…)



祈ってから、そんな事を神頼みする女々しさに苦笑し、
結局はそれは自分で実現させる事だな、そう思った。






「祐一は何お祈りしたの?」

帰り道。
さっきまで随分と長く祈っていた名雪が尋ねてきた。

「さあな…名雪はどうなんだ?」
「えっと、皆健康でありますように、
 猫アレルギーが治ります様に、
 いちごがたくさん食べられます様に…」
「…欲張っても駄目だろ」
「そうだけど…
 お願いしたい事たくさんあるから。
 あ、あと…」
「あと?」

「祐一といつまでも一緒にいられますように、って」

暗くてもちょっと赤くなっているのが分かった。

「そんなことお願いしなくてもいいんだよ」
「どうして…」

言いかけた名雪の唇を塞ぐ。



「あ…」



そっと唇を離し、笑いながら言った。



「お願いしなくても、俺は一緒にいるさ、だろ?」
「あっ…」
「ほら、ゆっくり歩いてると置いてくぞ」

恥ずかしいのを誤魔化すために早足になる。

「祐一、待ってよ〜」

後ろから急いで追いついた名雪は隣に並び、腕を絡ませて言った。



「祐一、今年も…
 ううん、今世紀もよろしく、だよっ」