『始まり』の為の「始まり」


















夕日に染まる、小高い丘。
『ものみの丘』と呼ばれる場所。
なぜそう呼ばれるようになったか、誰にもわからない。
そこに立つ、煤けた衣を被った人影。
そこから僅かに覗ける華奢な体つきから女性だろう。
その彼女と思われる人影は、
ぽつりと、一言だけ言った。



「絶対…許さない」










夜の学校。
リノリウムの床が月光を受け冷たく光る。
その光を受ける少女。
その手には不釣合い…むしろ、釣合っているのかもしれない、
両刃の剣が携えられていた。

ざわ…

「何か」がざわめいた。
目に見えない。
それを少女は感じ取る。



「魔物が…騒いでる。
 誰かが、来る…?」










きれいに整理された部屋。
机の上の写真立てはなぜか伏せられていた。
部屋の主であろう少女。
彼女は写真立てを立て、少しして再び伏せた。
瞳に悲しさを宿らせた少女は、
誰にも聞こえないような声で呟く。



「…おねえちゃん…」










病院の一室。
ずっと入院している少女。
意識はない。
訪れる者もいない。
無機質な白い部屋の眠り姫。
彼女はいつ目覚める?
いや、目覚めるのだろうか?



あと数日で、
彼女とそっくりの少女を、
人々は見ることになる。










そして…






プルルル…

プルルル…

プ――かちゃ。



「はい、水瀬ですが…」



「ええ、そうですが?」



「はい、お久しぶりです」



「その話なら私も聞きましたが…」



「え…?」



「…もちろん構いませんよ」



「…はい、では私が迎えに行きますね。
 もう道を覚えてないでしょう?」



「ふふっ、わかってますよ」



「ええ、それでは…」



かちん。

外を見ると、先ほどまで降っていた雪は止み、
僅かながら雲が薄くなっていた。
いずれその隙間から陽の光が降り注ぎ始めるのでしょう。
それを知ってか知らずか、
向かいの家から姉弟の声が元気よく聞こえます。
向かう方向は空き地らしい。
雪合戦か、雪だるまか、あるいはかまくら。
いずれにしても、弾んだ声はとても楽しそうで。



「おかあさん」
「なに、名雪?」
「さっきの電話…
 もしかして祐一?」
「よく分かったわね」
「うん…
 話がそんな気がしたし…
 何となくだけど祐一かな、って気がしたんだよ」

女の勘、とでも言うべきでしょうか。
それほど話し込んだ訳でもないのに祐一さんだと分かるのは。
名雪を見ると、複雑な表情をしています。

「なんの話だったの?」
「祐一さんのご両親が海外に発つのは言ったわよね?
 その事で祐一さんは一人で残る、と言ったけれど反対されたそうよ。
 それで電話がかかってきたのよ。
 ここに置いてくれないか、って」
「それで、なんて答えたの?」
「もちろん、反対する理由はないわ。
 引き受けたわ」
「じゃあ…
 祐一が、この街に戻ってくるの?」
「ええ」
「そっか…」



やはり複雑な表情は変わらず、
何か思案しているようでした。



「それで、私が迎えに行くんだけど、それでいいわね?」
「うん…」

煮え切らない態度を取る名雪。
私は名雪が何を思っているか、それを知る事は出来ません。
ただ、7年前…最後に祐一さんを見送りに言って、
帰ってきたときのあの表情だけはしっかりと脳裏に焼き付いています。
きっと、その事に関係があるのではないでしょうか。



「あら、もうこんな時間…
 名雪は眠らないと明日辛いんじゃないの?」
「そうだね…」

まだ何か考えるような仕草を見せていたけれど、
眠気には勝てないのかゆっくりと階段へ向かっていく名雪。
私も部屋に…



「おかあさんっ…!」
「なに、名雪?」
「やっぱり…
 祐一は私が迎えに行くよ」

その表情は晴れていました。
もう決めたのでしょう。
私は笑顔で答えるだけ。






「了承」