たまには、こんな一日も「春の陽射に包まれて」

 

*この話は名雪エンド後の話です。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あさー、あさだよー。朝ごはん食べるよー」

 

 

 

いつもの余計に眠くなる目覚ましが、今日は少し違和感を感じる。

 

 

 

「・・・何か違わないか?」

「だって、今日は学校休みだよ」

「・・・へ?」

意識が覚醒してくる。

 

やわらかくて眩しい朝日。

 

逆光を浴びて立っている影。

 

目の前には、エプロンをつけた名雪がいた。

「・・・これは夢だ」

俺より早く名雪が起きるはずはない。

再びベッドにもぐる。

どうせ夢なのだから、別にベッドにもぐる必要はないのだが。

 

 

 

「・・・夢なんかじゃないよ」

夢の中の名雪が不満そうな顔をする。

「だから夢じゃないのに・・・」

「俺の思考を読むという事は、やっぱり夢だ」

「声に出てたけど・・・」

「・・・マジか?」

改めて起きる。

どうやら夢ではないらしい。

 

「何で名雪が俺より早いんだ?」

「お母さんがいないから、頑張って起きたんだよ」

 

秋子さんは町内会の温泉旅行に行ってしまって、明日まで帰ってこない。

別にそんな年寄り臭い行事に参加しなくてもいいと思うのだが・・・

しかも出かける直前に、

「後は若い二人でね♪」

と凄いことを言っていた。

・・・意味がわかってるのだろうか?

まだ言ってないのだが、

俺と名雪の関係が既にばれてるのかもしれないな。

 

「祐一、朝ごはん食べないの?」

「・・・いや、食べる」

「じゃあ、早く来てね」

そう言って名雪は部屋から出て行く。

 

 

・・・こんなのも新婚みたいでいいかもな・・・

 

 

ふと、恥ずかしいことを考えてしまった自分に気付く。

「寝惚けてるのか・・・」

とりあえず着替えを済ませ、下に降りる。

 

 

 

「祐一、ご飯できてるよ」

一階には香ばしい匂いが漂っていた。

「和食か・・・」

「そうだよ」

テーブルには、御飯に味噌汁、漬物と焼鮭が並んでいた。

その匂いに誘われて椅子に座る。

 

「いただきます」

まずは焼鮭を口に運ぶ。

「・・・」

「どう?」

「・・・うまい」

俺の一言で、名雪が嬉しそうな顔をする。

「よかったよ」

他のものもやはりいい味だった。

 

さすがに秋子さんにはかなわないが、名雪の腕もたいしたものだと思う。

 

・・・比較するのは野暮かもしれないな。

とりあえず名雪に感謝だな。

 

「ごちそうさま」

「おそまつさまでした」

名雪は律儀にそう答える。

 

 

 

食後。

 

特にすることもないので、名雪が食器を洗うのを見ている。

 

「♪〜」

 

鼻歌まじりの名雪。

 

季節は春である。

春の日差しが、リビングに差し込んでいる。

広い家に、名雪と二人。

そんな自分たちが何となく微笑ましくて、つい頬が緩んでしまう。

その顔を見られるのが恥ずかしくて、歯を磨きにその場から離れる。

 

 

 

「あれ・・・?」

戻ってくると、台所に名雪の姿はなかった。

「でかけたのか・・・?」

洗面所に行ってからそれほど時間はたっていないはずなのだが。

 

 

 

そんなことを考えていると、

 

「くー」

したから可愛らしい寝息が聞こえてくる。

見ると、名雪がエプロンを着けたまま横になって寝ていた。

俺より早く起きて御飯を作ったのだから、無理もないかもしれない。

「まあ、春だしな・・・」

 

横に座り、思わず名雪の頭を撫でる。

 

「・・・うにゅ」

名雪から声が漏れる。

「・・・猫さんだおー」

夢の中で猫の頭でも撫でているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

こんなささやかな幸せも悪くないな・・・

 

名雪の隣に座ったまま、

 

春の陽射に包まれて、

 

夢の中でも名雪と一緒にいることを少しだけ願って、

 

ゆっくりと、目を閉じた。