たまには、こんな一日も「約束」

 

*この話は名雪エンド後の話です。

『たまには、こんな一日も「春の陽射に包まれて」』の続きになります。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・」

ふと目がさめる。

時計を見ると十一時半。

どうやら結構眠っていたようだ。

 

「名雪、起きろ」

 

ゆさゆさ・・・

 

「・・・うにゅ、じしんだおー」

「・・・」

ばしっ。

頭を叩く。

「・・・やかんが落ちてきたおー」

「・・・」

地震が来たら上からやかんが落ちてくるのか?

仕方ないので最終手段をとる。

 

 

 

ふにゅ。

 

 

 

「ひぇあっ!?」

名雪が飛び起きる。

「ゆ、祐一、どこ触ってるの!?」

「秘密」

「秘密じゃないよっ!」

「それより、もう十一時半だぞ」

「え?あっ・・・」

 

時計を見る名雪。

「お昼作らなきゃ・・・」

「いいよ。起き抜けじゃ面倒臭いだろ。

 どっか外に食いに行かないか?」

「あ、賛成〜」

「どこか適当な所あるか?」

「う〜ん・・・

 そういえば、駅前のデパートの近くに新しくレストランができたらしいよ」

「決まりだな」

「じゃあ、祐一のおごりだね」

「・・・いつの間に決まったんだ?」

「さっきどこ触ったっけ?」

「それはお前が起きないから・・・」

「言い訳はナシだよ」

俺には拒否権はないようだった。

 

「わかった・・・」

「じゃあ、早くいこっ」

外食が嬉しいのか、それともおごって貰うのが嬉しいのかはわからなかったが、

少なくとも名雪ははしゃいでいるようだった。

 

 

 

春の陽射はあくまで温かく、

この街でもそれほど厚着をしないで済みそうだった。

「なんか、珍しいよね、外で食べるのって」

「そうだな・・・」

秋子さんの料理が食べられるならわざわざ外食する必要は無いからな。

 

きゅっ。

 

「うをっ!?」

突然名雪が俺の腕に絡み付いてくる。

「いきなり何だ?」

「だって、春だもん」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」

 

よく分からなかったが、別に悪い気はしないのでそのままにしておくことにした。

 

 

 

「あっ・・・」

名雪がとっさに離れる。

「今度はどうした?」

「香里・・・」

「え?」

名雪の視線の先には、香里とその従僕がいた。

 

「誰が従僕だ」

「お前以外にいるか?」

「・・・もういい」

従僕(北川)は諦めたようだった。

「で、香里は何でまた北川と一緒なんだ?」

「え?えっと、その・・・」

香里はちょっと恥ずかしそうにしている。

 

「・・・あなたたちと同じよ」

「どういう意味だ?」

「言葉通りよ」

これ以上からかうと自爆することになりそうだった。

 

「で、二人はどこか行くのか?」

「ええ。最近レストランができたって聞いたから」

「え、じゃあ私たちと一緒だね」

脇から名雪がそう言う。

 

「だったら一緒に行くか?」

「そうね、別々に行く必要も無いしね」

そんなわけで四人揃って新しく出来た店に行くことになった。

 

前を俺と北川、後ろを名雪と香里が歩いている。

 

 

 

「なあ、北川」

「なんだ?」

「お前、香里とどこまでいったんだ?」

「お前にそれを言う義務は無い」

「つれない奴だな」

「まあ、別に言ってもいいか・・・」

「もったいぶった言い方だな」

「嫌なら言わなくてもいいんだぞ」

「・・・教えてくれ」

 

北川も曲者っぷりが板についたようだ。

「お前たちと同じくらいだろうな」

「マジか・・・?」

付き合ってそんなに経ってない筈なんだが。

まあ、こっちも幼馴染とはいえ、人のことは言えないかもしれないけどな。

 

「そうそう、今から行く店、知ってるか?」

「なにを?」

「じつは・・・ウェイトレスが『メイド服』らしいぞ」

「・・・まぢ?」

「無論だ」

「北川・・・俺たち幸せだな」

「そうだな・・・」

 

太陽が眩しかった。

 

 

 

 

 

 

---名雪視点---

 

「ねえ、名雪・・・」

「なに?」

「あなた・・・相沢君に『裸エプロンして欲しい』とか言われたことある?」

「えっ、ないよ、そんなの・・・

 香里はあるの?」

「ええ、まあね・・・」

わっ、北川君って思ったより凄い人みたいだよ。

 

「でも、ちょっと面白そうよね」

「・・・香里、本気?」

「もちろんよ」

香里、ちょっと楽しそうだよ・・・

 

私も負けられないよ。

名雪、ふぁいとっ、だよ。

 

 

 

・・・何を頑張るんだろ?

 

 

 

 

 

 

---再び祐一視点---

 

「・・・あれじゃないか?」

目に入ったのはまだ新しいレストラン。

その佇まいは高級感を醸し出している。

「北川・・・予算、大丈夫か?」

「念のために下調べしたから大丈夫だ。

 ここは見た目よりも高くないみたいだ」

その言葉に少し安心する。

「名雪、行くぞ」

後ろで香里と話しこんでいる名雪に声をかける。

「うん、楽しみだよ」

俺たち四人は揃って店内へと入った。

 

 

 

「いらっしゃいませ〜」

「ぐはっ」

「ぬをっ」

俺たちを出迎えたのはメイド服姿のウェイトレスだった。

 

「相沢・・・一生に悔いなしだな」

「同感だ」

感動でむせび泣く漢二人。

 

が、後ろからのさっきに気付いてぎこちなく首を動かす。

 

「・・・」

「・・・」

 

女性陣からは殺意がビンビン伝わってきた。

「相沢・・・」

「何も言うな・・・」

どうやら二人とも尻に敷かれそうだった。

 

 

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

そう言ってウェイトレスは去っていった。

格調高そうなメニューを開く。

「ぐは・・・」

そこに並べられたメニューの値段は学生にはきつい数字だった。

「相沢、それじゃなくてこっちだ」

北川に渡されたのはランチメニューだった。

こちらなら問題なさそうだった。

「日替わりは二つあるみたいだな・・・」

ひとつは肉料理で、もうひとつは魚料理。

「名雪はどっちに・・・って、名雪?」

名雪はメニューのデザートの所を見て固まっていた。

 

「なんか凄いものでもあるのか・・・?」

名雪の視線を辿る。

 

『ロイヤルストロベリーケーキ』

北欧から輸入した最高級の素材をふんだんに使ったケーキです。

1,800

 

「祐一・・・」

「駄目だ」

ケーキひとつにそんなに払おうとは思わない。

「う〜・・・」

不満そうな声を上げる。

 

「どうしても駄目?」

上目遣いでこっちを見てくる。

 

「はぁ・・・わかったよ」

「ほんと?ありがとう,祐一」

「代わりに、帰ったら裸エプロンだ」

「うん,全然おっけーだよ」

間違いなく話を聞いてない。

まあ、約束は約束だからな。

どうにかなるだろ。

 

「相沢・・・」

横で羨ましそうなオーラを燃やしている北川がいた。

 

「・・・馬鹿ばっか」

香里が呆れたように呟く。

「その台詞,どこかで聞かなかったか?」

「気のせいよ」

「そうか?」

そう言われるとそうかもしれない。

 

 

 

その後、料理を注文し、暫くは談笑の時間だ。

「そういえば、あなたたちは秋子さんの料理が食べられるんだから、

 わざわざ外食する必要はないんじゃないの?」

香里にそう言われる。

「お母さんは町内会の温泉旅行に行ってるんだよ」

「そうなの?」

一瞬驚いたようだが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、今は二人っきりなんだ」

 

名雪は『ぼっ』という擬音がぴったりのような感じで顔を赤くする。

「え、わ、そ、そうだけど、でも、ちがうよ〜」

「ふふっ、隠さなくてもいいじゃない。

 ねえ、相沢君?」

「そうだな」

 

今更隠してもどうなるわけでもない。

そんな考えの俺とは反対に、名雪はさらに顔が赤くなった。

「わ、祐一もなに言ってるんだよ〜」

 

ふと隣を見ると、のけ者にされた北川が太陽を見ながら水を飲んでいた。

 

 

 

注文したものが届き、話は打ち切られる。

「美味いな・・・」

「ああ・・・」

人は美味いものを食うと無口になるらしい。

名雪も香里もあまり喋ることなく黙々と食事が進む。

 

 

 

で、食後。

俺と北川はコーヒー、香里は紅茶を飲んでいる。

一方、名雪は・・・

 

「いっちごっ、いっちごっ」

目を輝かせて『ロイヤルストロベリーケーキ』に見入っていた。

 

ゆっくりとフォークを通す。

そして、またゆっくりと口の中へ・・・

 

ぱくっ。

 

「・・・」

そのまま動かない。

「ど、どうした、名雪・・・?」

「・・・ううっ」

その状態のままで涙を流す。

 

「感動だよ。神様に感謝だよ」

 

奢った俺は感謝されないらしい。

 

その後も、一口ごとに

「美味し過ぎるよ〜」

とか、

「今ここで死んでもいいよ」

とか言いながら食べていた。

 

 

 

「ありがとうございました〜」

会計を済ませ、店を出る。

 

「じゃあ、私達はこっちだから」

「うん、じゃあね」

香里たちとはそこで別れる。

 

 

 

「祐一、晩御飯の材料買って帰ろうよ」

「ん、ああ。

 もちろん『裸エプロン』で作ってもらうぞ」

 

「え?」

名雪の表情が凍りつく。

「約束したろ?」

「い、いつ?」

「ケーキ頼むとき」

「そのとき、私なんて言ってた・・・?」

「『全然おっけーだよ』って言ったぞ」

「うそっ!?」

「嘘じゃないって」

「うー・・・」

 

名雪は暫く悩んでいる様子だったが、諦めがついたのか、

「わかったよ・・・約束だもん」

そう言った。

 

もちろん、心の中でガッツポーズを決めたのは言うまでもない。

 

 

 

俺は、買い物袋を持ちながら、

スキップしないように我慢するのが精一杯だった・・・