『遺産』


           二話「care me!」

 


 

 

朝。

 

名雪と学校に向かう道すがら、

北川と出くわす。

 

「よう、北川」

「おお、相沢か。

 ・・・

今日はセーフみたいだな」

「時計を見てから言うな」

「いや、だって・・・」

 

今日は時間ギリギリということはなかったので、

なんとか学校までを全力疾走は免れた。

といっても、さっきまではほとんどランニングだったのだが。

 

「ところで、いいのか?」

「何が?」

「水瀬さん、寝てるぞ」

「ぐは・・・」

 

名雪はどうやら寝ながら俺と同じ速度で走っていたらしい。

ここまでくれば呆れるより感動すら覚える。

 

ごんっ。

 

「祐一・・・痛い・・・」

「文句言うのはここがどこか確認してから言え」

「え・・・?」

 

名雪は俺が叩いた部分を押さえながらきょろきょろと辺りを見回す。

 

「ここは・・・?

あ、北川君・・・」

「ここは学校に行く途中だ」

「えっ!?」

「ったく・・・」

 

 

 

まだ半分寝惚けたままの名雪を引っ張って、

俺は再び学校に向かう。

 

「そうそう、今朝のニュース見たか?」

「俺が見ると思うか?」

「・・・思わない」

「おい」

「事実だからな。

 それより、えらい事になったみたいだな」

「何が?」

「民法が一部変わったんだよ。

 これで・・・そうだな・・・

 簡単に言えば、お前と水瀬さんのお母さん、

 秋子さんって言ったっけか?

 その人とまでなら結婚できるようになったんだよ」

「マジか・・・?」

「ああ」

「暇人だな。議員様も」

「だな」

 

そんなくだらない話をしつつ、学校へと向かう。

 

 

 

キーンコーンカーンコーン・・・

 

 

 

特に変わったことも無い日というのは時間の流れを早く感じるもので、

気がついたらすでに放課後だった。

 

 

 

「祐一、放課後だよ」

「そんな事は北川に言ってくれ」

「なんで俺なんだ」

「とにかく・・・名雪は今日も部活なのか?」

「うん、今日はミーティングだけだからすぐに終わるけど。

 祐一は先に帰ってていいよ」

「そうか?」

 

昨日買ってまだ聞いてないCDを早く聞きたいと言うこともあり、

先に帰らせてもらうことにする。

 

「じゃあ、また家でな」

「うん、わかったよ」

 

 

 

一人ぼーっと考え事をしながら家へと向かう。

 

(秋子さんと結婚できる、か・・・)

ものすごく現実味に欠けた現実。

(まあ、本人が了承しないだろうけど・・・な)

親子ほど歳も違うだろうし・・・

って、秋子さんはいくつなんだ?

見た目からして家の親と同じ位とは思えない。

生物学的限界で12で名雪を産んだとすれば、30位・・・

まあ、30前半というところだろう。

(それなら守備範囲内・・・)

 

「・・・って、だぁっ!」

 

まったく、何を考えているのだろう。

確かに、秋子さんは綺麗だし、

穏やかだし、

料理は美味いし・・・あのジャムを除けば。

典型的な才色兼備。

 

 

 

そんなどうしようもないことを考えていたら、玄関の前まで来ていた。

 

がちゃっ。

 

「ただいま・・・」

 

しーん・・・

 

あれ?

秋子さん、出掛けているのだろうか?

だけど、鍵がかかってないし・・・

そう思ってリビングを覗く。

 

そこには、ソファに座っている秋子さんがいた。

 

「秋子さん?」

「・・・ぁ、祐一さん、お帰りなさい・・・」

 

か細い声。

心なしか、顔が赤いように思える。

 

「大丈夫ですか?」

 

心配して、近寄ると・・・

 

 

 

「ぐはっ」

 

 

 

ソファに座っていたので、さっきまで来ている服は見えなかったのだが・・・

秋子さんは紺色の水着、

 

・・・つまり、スクール水着を着ていたのだ。

 

 

 

「なんでそんなものを・・・」

「部屋を整理していたら出てきて、懐かしくてつい・・・」

「ついって・・・」

「ん、ふぅ・・・」

 

少し苦しそうに息をつく。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「・・・ちょっときつくて・・・」

「だったら、着替えてきてください」

「そ、それが・・・脱げないんです」

「へ?」

「祐一さん・・・」

「はい」

「その・・・
 介抱して・・・欲しいんです」

「介抱って・・・」



 

秋子さんはちょっと俯いてから、意を決したように俺を見た。

 

「脱がせて・・・下さいませんか?」

 

「・・・マジですか?」

「はぃ・・・」

 

消え入りそうな声で答える。

 

「でも・・・」

俺の声を遮るように秋子さんが言った。

 

 

 

「きつくて・・・その・・・

胸が・・・苦しいんです・・・」

 

 

 

ぷちっ。

 

 

 

「あ、秋子さんっ!」

「きゃっ・・・♪」

 

 

 

 

 

 

このとき、どこからか

 

「う〜・・・強敵だよ・・・」

 

とか聞こえたとか聞こえなかったとか。