『遺産』第四話
「オペレーション・レコンキスタ」

注:サブタイトルは某ロボットSLGとは一切関係ありません。
  レコンキスタとは「国土回復・再征服」と言う意味です。
  












『朝ーっ、朝だよーっ、朝ご飯食べて学校に行くよーっ』



いつもの朝。
変わらない目覚しに起こされ、のろのろとベッドから這い出る。
すっかり馴染んだ制服に身を包み、
ゆっくりと伸びをする。
隣からは珍しくあの不協和音が流れてこない事に気付き、
ある事を思い出す。



「日曜日…」



何事もなかったように着替えなおし、寝た。



で、結局再び起きたのは正午過ぎ。
階下からの香りに誘われて目を覚ました。



「祐一さん、もうお昼ですよ?」
「昨日遅かったんで眠くて…」

土曜と言えばNHKで俺が楽しみにしているお笑い番組がある。
それを見たついでに深夜の映画まで見たらすっかり遅くなってしまった。

「あまり夜更かしをすると体に毒ですよ?」
「はい…」

やんわりと秋子さんに注意された。

「そろそろ名雪も起きてくる頃だし、お昼ご飯にしましょう」

「うにゅ…おはようございます…」


言うが早いか、名雪が目を擦りながら二階から降りてきた。
椅子に座り、うつらうつらとしたかと思うと、

「…くー」
「寝るなっ!」

すびしっ!

「祐一…痛い…」
「起きるなら起きろ…」

名雪に突っ込みをいれてから箸を取る。
今日の昼は鍋焼きうどん。
良い香りと湯気が辺りに立ち込める。
卵を割って麺に絡めるか固まってきたのを食べるかは好みが分かれるところだ。
因みに俺は面に絡める派だ。

「熱い…」
「冷ましてから食べろ…」

まだ半覚醒状態の名雪は、
あつあつの麺を口の中にいれようとして火傷しそうになっていた。



「っと、七味は…」

七味をかけようと探していた所に、すっと瓶が差し出される。
にっこりと秋子さんが一言。






「はい、あなた」






「…☆♪♯■♭!?」
「おっ、おかあさん!?」

いきなりの物凄い発言に俺は慌て、
名雪は凄い剣幕で秋子さんに食ってかかった。

対する秋子さんは…



「わ、私ったら…(ぼっ)」

真っ赤になって椅子から弾かれる様に立ち、
自分の部屋へと走り去ってしまった。

「……」
「……」

名雪と目が合う。

「あー…
 と、とりあえずうどん食うぞ」
「……」

刺すような視線を感じながらもとりあえず食事を再開する。
熱かったはずの鍋焼きうどんも、
食べているのに寒ささえ感じた。
汗は熱気の当たる顔ではなく、背中を流れていた。



全く生きた心地のしなかった昼食を終え、
食器を洗う。
名雪は食べ終えるとさっさと部屋に戻ってしまった。
秋子さんはというと、部屋からそっと出てきたかと思うと、
俺と目が合った瞬間、

「…きゃっ」

と言って部屋に戻ってしまった。
二人ともそんなわけだから俺が洗ってるのだが…



「…俺にどうしろって…」



その後、CDを聞いたり雑誌を読み直したりしていたのだが、
異様に時間が長く感じられた。
それでも何とか時間は過ぎ、日が落ち夕方。



「それじゃあ、私は出かけますね。
 晩ご飯は店屋物でお好きなものを頼んでください」

そう言って秋子さんは出かけていった。
主婦方で集まって食事やらその他をするらしい。

俺は部屋から出てきた名雪を捕まえ、
メニューを聞く。

「名雪、今日は出前とるんだが…」
「…鰻」
「了解」

機嫌を取るためと言うか何と言うか、
俺は頷くしかなかった。
鰻屋にうな重を二つ頼み、二人してリビングでテレビを見ながら待つ。



「……」
「……」

…凄く気まずい。
テレビでは軽いノリの番組が放送されていたが、
笑えなかった。
ふと隣を見ると、何か真剣に考え込んでいる名雪がいた。

暫く待つと、玄関のベルの音がした。



「ちわー、〇河屋でーす」



だったら面白かったのだが普通だった。
料金を払い、うな重を受け取る。

「さ、食べるか」
「うん…」

ぱかっ

「久しぶりだな…この匂い」
「わあっ…」

人間腹が減った時は現金なもので、
さっきまで黙り込んでいた名雪も匂いにつられて思わず顔が緩んだ。

「うん…よくタレが染みてる」

鰻屋なのに何故か出前ができるこの店は近所では評判らしく、
味も悪くなかった。

「美味しいよ〜」

幸せそうな表情で咀嚼を繰り返す名雪の表情を見ると、
なんだか自然とこちらの顔もほころんでくる。



「どうしたの、祐一?」
「ん、いや、何でも無い」
「ふーん…」
「それより、なんで鰻なんだ?」
「え?えっと…」

名雪は少し考えるようなそぶりを見せ、
笑って言った。

「なんとなく、だよ」



食後。
お茶を飲んでくつろいでいると名雪が声をかけてきた。

「祐一っ、お風呂できたから先に入っていいよ」
「名雪は?」
「うん、あとでいいよ」
「ん、わかった」

名雪の申し出を受け、俺は先に風呂に入る事にした。



かぽーん…

「ふぅ〜…」

古今東西風呂に入ったらかぽーんと音がすると決まっている。
…なんでだ?

まあそれはさておき。
湯船に浸かると自然と声は出るものだ。

「はぁ…」



人間、美味い物と二度寝の時の布団、
そして風呂が最高の贅沢だと思うのは俺だけだろうか?

「体でも洗うか…」
「じゃあわたしが背中流すよ」
「ああ、頼む…
 って何ぃっ!?」



驚いて後ろを向くと、
バスタオルに身を包んだ名雪が立っていた。
舌をペろっと出し、恥ずかしそうに笑う。

「えへへ…」
「いや、えへへじゃなくて…」
「ね、祐一」
「な、何だ?」

動揺している俺に名雪がぽつりと言った。



「恥ずかしいから、前向いてて…」






ごしごし…

「……」

ごしごし…

「祐一、痒い所ある?」
「いや、無い…」



漢の悲しい性(さが)か結局断る事ができず、
今、名雪に背中を洗ってもらってるのだが…
振り返ればタオル姿の名雪が…

「ぐはぁっ!」
「ど、どうしたの、祐一?」
「何でも無い…」

どうやら思いっきりリアクションしてしまったようだ。



「…あっ」
「何だ?」
「な、何でもないよ、タオルが取れただけ」
「そうか…」

まあ良くある…



「何だとぉぉぉぉぉ!?」



「わっ、祐一、びっくりしたよ」
「マジか!?」
「うん…」

消え入りそうな声で肯定する。
という事は今振り向けば…
振り向けばっ…!

「…はうっ」
「わ、祐一っ、どうして前かがみになるの?」
「…気にするな」



さっき食った鰻も手伝って、俺は前かがみにならざるを得なかった。
鰻…侮りがたし。
しかし、

…生殺し…



ここで俺の第六感が何かを告げた。
そう、俺の目の前には顔を洗う時に使うであろう小さな鏡がある。
これをちょっとずらして…

くいっ。

後ろから伸びた手によってそれは阻まれる。

「祐一…エッチだよ」
「悪い…」



「じゃあ、背中流すね」
「そうしてくれ…」

後少しで間違いなく理性が吹っ飛ぶ。
早く終わらないと…

「わぅっ」

後ろから奇声が聞こえたかと思うと、
いきなり名雪がかぶさって来た。

「な、何だ!?」
「ごめん、滑ったよ…」

情けない声が耳元で聞こえる。

「とにかく、離れ…」



むにっ



「…!」

この背中の感触…
もしや…!

「名雪…」
「…多分、祐一の考えてる通りだと思う」



ふにゅふにゅ



背中から離れない柔らかい感触がっ…!



「名雪…離れろ…」
「……」
「名雪?」

一呼吸置いて名雪は応えた。



「やだよーっ♪」

名雪は更にぎゅっと抱きつき、
離れるどころか密着度を増してきた。



むにゅぅぅぅ

「待て…」
「待たないよっ」



ふにふに…



「……」
「どうしたの、祐一?」
「名雪っ!」



がばっ!


「わっ、祐一、大胆だよ…(ぽっ)」






ちなみに、
次の日名雪の目の前には謎ジャムが並んでいた。