『遺産』最終話「勝負っ!」
「うー…」
「どうした、名雪?」
「またこのジャムだよ…」
翌日、朝・昼・晩と名雪の前には、
「あの」ジャムが必ずメニューに入っていた。
ちなみに今は夕食である。
「でも、わたし負けないよ!」
「…何に?」
「え、えっと、秘密だよっ」
良く分からない名雪の決意を脇に俺は普通に夕飯を食べていた。
…のだが、最近俺の献立だけやたらレバーとか鰻とか、
スタミナの付きそうなものが付け加えられているような気がする。
「秋子さん…」
「何でしょうか?」
「最近俺のメニューだけ少し違う気がするんですから」
「うふふ、祐一さんには頑張って頂かないといけませんから」
何を頑張って欲しいのか聞きたかったが、
聞くと俺もあのジャムを食べそうな気がしたので聞かない事にした。
「うー、もうジャムはいいよ…」
「…なんか疲れてないか?」
「そうかな…」
「なんかぼーっと…してるのはいつもか」
「…うー…
とりあえず、お風呂入ってくるよ…」
「そうしとけ」
ふらふらと風呂場に向かう名雪を見送り、俺は居間でテレビの電源を点けた。
ぼーっと見ていると、何かのドラマで洋館とその主人、メイドが出てきた。
昼間の北川との会話を思い出す。
『あのドラマさ、メイドが良いんだよ。
なんというか、健気でさ…』
『…お前、そういう趣味だったのか』
『ちょっと待て、確かにメイドは浪漫…
もとい、それはそれだ』
『ふーん、北川くんってそういうのが好きだったんだ』
『み、美坂っ…』
あの時の北川の慌てっぷりは笑いを通り越すものさえあったが。
そばにあった新聞のテレビ欄を見ると、この番組のタイトルは
『メイド物語』
…見なかったほうが良かったかもしれない。
気になるのは、そこに『採用』とボールペンで書かれている事だが特に意味は無いだろう。
「しっかし、日本じゃメイドなんてのは居ないよなぁ…」
「あら、そうですか?」
「だって、あんな格好のが居るはずが…」
後ろを振りかえると、秋子さんが何故かメイド服を着ていた。
紺色の地に、白いエプロンのようなものと、頭にはカチューシャ。
良く似合…とかそう言う問題ではない。
「…あ、秋子さん!?」
「なんでしょう、御主人様?」
「ご…
それより、なんでそんなの着て…」
「御主人様の前に出るならば、
やはりこれを着て…」
そう言って秋子さんはそっと俺にすり寄ってきた。
「御主人様はこういうのお嫌いですか?」
「い、いや、全然そんな事は…」
「そうですか、良かったです」
そう言ってにっこりする秋子さんを見ていると、
まずいのは分かるが抱きしめてみたくなる…
「きゃ…大胆ですね」
むしろ抱きしめていた。
すぐ近くには秋子さんの顔がある。
視線が合うと秋子さんは微笑んで、
息がかかりそうなくらい俺の耳元に唇を近付けて囁いた。
「御主人様…今夜は秋子を…」
「そうはけろぴーがおろさないよっ!」
「それを言うなら問屋…って名雪…」
名雪は桃地に胸元の開いた白のエプロン、それとやはりカチューシャ…
つまりは名雪もメイド服を着ていた。
「ごしゅじんさま♪」
そう言って名雪は俺に抱きついてきた。
すぐ近くで名雪と秋子さんの視線が合う。
ばちばち…
火花が飛んでいる…ような気がした。
「ごしゅじんさま、わたしじゃ駄目かな?」
「御主人様…」
メイド服を纏った二人から上目遣いで見つめられる。
「「どっちを選ぶんですか?」」
流石は親子で同時に訊かれる。
選べない二択、それに結論を出すとすれば…
「ええい、両方だっ!」
「「了承」」
やはり1秒だった。
それから1ヶ月後。
水瀬家はいつもの風景だった。
ただ、違うとすれば朝、一つ行事が増えた事だ。
「名雪…勝負よ」
「うん…」
秋子さんと名雪の間に緊迫した空気が流れる。
二人が拳を握り締めて、そして振り出す。
「じゃんけん…」
「ぽいっ!」
「うふふ、今日は私の勝ちです」
「うー、負けたよ…」
学校へ行く前に秋子さんと名雪がじゃんけんで勝負をする。
「では、今日は私が祐一さんのお相手をさせていただきますね」
「明日は負けないよ…」
それで、秋子さんと名雪、どちらが俺の占有権を得るか決めるのだが…
これで良いのか?
そんな俺の考えとは関係無しに、
秋子さんは満面の笑みで俺に言った。
「祐一さん、今夜は寝かせないですよ☆」