Kanon『possibility』14話



                   「それは、僅かな言葉」


 

 

 

ザクッ、ザクッ・・・

 

 

 

僅かな月明かりだけが光る暗闇に包まれた街。

雪の道に響き、消えていくのは、二人の足音。

 

二人は、夜の学校から帰る所だった。

会話は、無い。

 

 

 

ザクッ・・・

 

 

 

 

家まであと数十メートル。

玄関の明かりが見える所まで来ていた。

不意に、片方の足音が消える。

 

「どうした、香里?」

 

 

 

後ろを振り向くと、香里が立ち尽くしていた。

 

「ねえ、祐一・・・

 私は、栞になんて言って謝ったらいいの・・・?」

 

俯いて、やっと俺に聞こえるくらいに呟く。

 

 

 

俺は、香里に近づき、諭すように言う。

 

「謝る必要は無い。

 というより、栞は謝られることを望んじゃいない。

 昔のように・・・喋ったらいいんだ」

 

「そうなのかな・・・?」

 

「ああ」

 

「うん・・・」

 

 

 

ゆっくりと俺のほうを向く。

その顔はまだ不安そうだったが、

少しだけ落ち着いたような表情だった。

 

「よし、じゃあ行こう」

 

香里を促し再び歩き出す。

そして、玄関の前に立っている。

 

 

 

「すぅ・・・ふぅ・・・」

 

香里は緊張しているのか、軽く深呼吸をしていた。

 

そんな香里の背を、

 

 

 

ばしぃっ!

 

 

 

勢いよく叩いた。

 

 

 

「っ痛・・・

 何するのよ、祐一っ!」

 

相当効いたらしく、涙目で非難の言葉を浴びせた。

 

「気にするな、景気づけだ」

「景気づけって・・・

もう・・・」

 

背中を押さえながらも、

さっきの緊張した様子は消え、

肩の力は抜けたようだった。

 

それを確認して、俺は玄関のドアを開けた。

 

 

 

「お帰りなさい、お兄ちゃ・・・」

 

そこまで言って、栞は香里の存在に気付き、言葉を詰まらせる。

そして、そこから去ろうとした。

 

「待ちなさいっ!」

 

香里の声に、栞はビクッと震え、立ち止まった。

おそるおそるこちらを振り返る。

 

 

 

「全く・・・

 お姉ちゃんから逃げるなんて、

 あなたはそんなに冷たかったかしら?」

 

「え・・・?」

 

呆れたような顔の香里。

栞は状況が理解できずに、呆気に取られたような表情をしていた。

 

「普通、帰ってきたら

 『お帰り』でしょ?」

 

「う、うん・・・」

 

香里を見て、固まったままの栞。

 

 

 

「いい?

一度だけ言うわよ?」

 

 

一呼吸置いてから、香里が言った。

 

 

 

「栞・・・ただいま」

 

「お姉ちゃん・・・

 お帰りなさいっ!」

 

 

 

栞は駆け出し、香里に飛びついた。

 

「ぐすっ・・・

本当に・・・

 えぐっ、お帰りなさい・・・」

 

ぽろぽろと涙をこぼしながら、

栞は香里にしっかりと抱きついていた。

 

「馬鹿ね・・・

 泣く事ないでしょ・・・」

 

「うん・・・ごめんなさい・・・」

 

「だからって、謝らなくてもいいのよ・・・」

 

 

 

栞を抱きしめて微笑む香里の目から、

 

一筋、

 

涙が流れた。

 

 

 

二人が元通りになるのに必要だったのは、

香里の懺悔などではない。

それは、僅かな言葉。

それまで通りの会話。

それだけで、十分だった。

 

 

 

遅い夕食。

そこには、家族全員が揃っていた。

 

「あぁっ、お姉ちゃん、それ私のアイスッ!」

「あら?蓋に名前なんて書いてあったかしら?」

「うー・・・

 そんなこと言うお姉ちゃん、嫌いですっ!」

 

「「ぷっ・・・」」

 

 

 

怒る栞に俺と香里二人が同時に吹き出す。

 

「どうして二人いっぺんに笑うんですかっ!」

「いや、面白かったから・・・」

「ふふっ、そんなにムキにならなくてもいいでしょう。

 アイスは半分こ。ね?」

「うん・・・」

 

ちょっと不満そうだったが頷く栞。

 

 

 

そんな何気ない風景。

それは、冷えていたこの家を暖めるものだった。

姉妹の自然なやりとりは、見ている方まで幸せな感じがした。

 

 

 

夕食後。

 

香里と栞は香里の部屋で話をしているようだ。

俺はテレビを見ていた。

 

「祐一さん・・・」

 

振り向くと、そこには恵さんが居た。

 

「祐一さんが、あの二人を・・・?」

「俺は・・・

 特別なことは何もしてないですよ」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

そう言った恵さんは、俺に深々と頭を下げた。

 

「ちょっ・・・恵さん!?

 頭、上げてください!」

 

「私には、ただ見ていることしか出来ませんでした。

 でも、あなたは動いた。

 二人のために」

 

 

 

恵さんはそこまで言うとやっと頭を上げた。

そして、笑顔で言った。

 

「これからも、二人をお願いできますか?」

「お願いって・・・」

「こういう時は、『はい』と言うものですよ?」

 

恵さんはクスリと笑いながら、

 

「では、改めて言いますよ。

 これからも・・・二人をお願いできますか?」

 

 

 

もちろん、俺の答えは決まっていた。

 

 

 

「はい」