Kanon『possibility』第五話


           「想ひ出」



 

夢を、見た。

 

7年前の夢。

 

目の前に二人の少女。

 

俺のいとこの、香里と栞。

 

三つの小さな影を包む白い世界。

 

俺たち三人は、雪に包まれた公園にいた。

 

 

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、待ってよぉ」

俺たちの後ろを栞がおぼつかない足取りでついてくる。

「栞、もうちょっと足元見ないと・・・」

香里がそういった瞬間。

 

ずべしぃっ。

 

「ころ・・・ぶ・・・」

「・・・もう遅い」

栞は絵に書いたように前から突っ込んでいた。

俺たち二人は急いで栞に駆け寄る。

「大丈夫か・・・栞・・・?」

「・・・う゛―」

半泣きで雪まみれの顔を上げる。

「ほら、ふいてあげるからこっち向いて」

香里がハンカチを出して栞の顔を拭う。

 

「・・・はい、これでよし、っと」

「・・・ありがとう、おねえちゃん」

「いいのよ、別に。

 じゃあ、何して遊ぶ?」

香里が俺に聞いてきた。

「そうだな・・・

 札幌雪祭りなんてどうだ?」

「あんなのどうやるのよ・・・」

呆れた顔で香里が俺を見る。

最初の頃は俺がこういうことを言うと変な目で見られたが、

最近はすっかり慣れたみたいで、ツッコミをいれるようになった。

と、栞が口を開く。

「・・・雪合戦がいい」

「雪合戦か・・・普通だけど、それでいいか」

「それじゃあ、私と栞が組むから」

結果的に俺はひとりになる。

互いに少し離れたところまでいき、雪玉を作り始める。

十個ほどできたところで、向こうから声がかかる。

「祐一、準備いい?」

「オッケーだ」

「じゃあ・・・はじめっ!」

香里の掛け声と共に互いに雪玉を投げあう。

数の上では2対1だが、栞は雪玉作り専門なので、実質的には1対1だ。

 

ひゅん。

 

香里の投げた雪玉が飛んでくる。

 

ひゅっ。

 

俺も香里に投げつける。

 

ひゅん。

ひゅっ。

ひゅん。

ひゅっ。

 

ふと気付くと、雪玉のストックがなくなっていた。

「やべ・・・」

急いで新しいのを作る。

 

ばしいっ。

「っ痛・・・」

香里の方は栞が作っているので玉切れはない。

雪玉作りで動けない俺を容赦なく狙ってくる。

「ほら、こないならどんどんいくわよ!」

「この・・・」

新たに作った玉を思いっきり香り目掛けて投げつける。

 

びゅっ。

 

玉は一直線に香里に・・・

「・・・ふぇ?」

 

ばしぃっ!

 

・・・あたらず栞に直撃した。

「げ・・・」

「祐一、栞狙ってどうするのよ・・・」

香里がかなり怖い顔で睨んでくる。

慌てて俺は栞に駆け寄る。

「だ、大丈夫か・・・?」

栞の顔を見ると、雪玉が直撃した部分だけが真っ赤になっている。

どう見ても大丈夫そうじゃなかった。

「し、栞・・・?」

香里も不安そうに栞の顔を覗き込む。

 

「・・・ふ」

栞の口から声が漏れる。

「ふえええええええええええええ・・・・・・」

栞は雪の上にへたり込んで泣き出してしまった。

「ああっ、わ、悪い、栞っ!」

「ふえええええええええええええええええ・・・・・・・・・」

全く泣き止む様子はない。

「雪合戦やめて、別のことしよう。な?」

「そうよ、雪だるまなんてどう?」

「そうだ、大きいの作ろう!」

「う・・・ぐすっ・・・」

俺たちの必死の思いが通じたのか、栞は何とか泣き止んでくれた。

2人ともほっと胸をなでおろす。

「よし、じゃあ、思いっきりでっかいの作ろう!」

そう言って雪だるまを作り始める。

 

ゴロゴロゴロ・・・

 

俺が作るのを香里と栞が見ている。

香里がいろいろ頑張ってくれたおかげで、栞は完全に泣き止んだようだ。

「なあ、どのくらいの大きさがいい?」

俺がおそるおそる聞くと、栞はちょっと考えたあと、

「・・・サンシャインシティくらい」

「・・・そんな中途半端な・・・」

「じゃあ、ソニックシティ」

「もっと中途半端・・・」

・・・俺、からかわれてるのか?

「だったら、忍城」

「マイナーすぎぃっ!」

やっぱさっきの怒ってるのかな・・・

「・・・ぷっ」

ぞっと俺たちのやりとりを見ていた香里が吹きだした。

「あはははははっ」

「ふふふっ」

つられて栞も笑い出す。

「はははっ」

俺も。

はたから見れば、作りかけの雪だるまの前で子供たちが笑っている異様な光景に驚いただろう。

気味悪がったかもしれない。

だけど、そんな事はどうだって良かった。

さっきまで泣いていた栞は笑っている。

香里も。

そして俺も。

楽しいから笑ってるんだ。

それで十分じゃないか。

 

 

結局、雪だるまは俺の身長ぐらいで落ち着いた。

その帰り道。

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

栞は疲れて俺の背中で眠っている。

「全く、気をつけてよね・・・」

香里が大人びた口調で俺に言う。

「・・・悪い」

「まあ、今回は私にも少し原因があったかもしれないけどね」

「・・・」

なんとなく話しづらい雰囲気。

それを破ったのは・・・

「・・・おにいちゃん・・・」

「栞・・・?」

俺は背中におぶっていた栞を見る。

「・・・おねえちゃん・・・」

「栞・・・」

香里も栞の方を見る。

どうやら寝言を言っているらしい。

どんな夢を見ているのだろう。

「ふたりともけんかしたらだめだよ・・・」

どうやら俺たちは喧嘩しているらしい。

「・・・そう・・・なかなおり・・・」

と思ったらもう仲直りしたらしい。

 

「そうだよ・・・けんかなんかしないで・・・」

 

「・・・みんな・・・いっしょだよね・・・」

 

「ずっと、なかよくいられるよね・・・」

 

「そうだな・・・」

俺は夢の中の栞に答える。

「ふぇ?」

その声に反応して栞が起きた。

「あれ・・・ここは・・・?」

「俺の背中だ」

「え?・・・あ、お兄ちゃん!」

恥ずかしいのか、栞は赤くなっておりようとする。

「別にいいよ、このままで」

「でも・・・」

「大丈夫」

「うん・・・」

そういわれて、栞は再び俺に体重を預ける。

「・・・すぅ・・・すぅ・・・」

そして、すぐに寝息を立てた。

ふと、隣を見ると、香里が微笑んでいた。

「栞の言う通りね・・・」

「何が?」

「『ずっと、仲良くいられるよね』って」

「ああ・・・」

「・・・祐一」

「ん?」

「これからも、よろしくね」

「もちろん」

「ふふっ・・・」

「ははっ・・・」

帰り道、俺達はずっと笑っていた。

途中笑い声で起きた栞も一緒に。

雪が茜色に染まる中、三人の笑いが静かな町に響いていた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうだよ・・・けんかなんかしないで・・・』

 

 

 

 

『・・・みんな・・・いっしょだよね・・・』

 

 

 

 

『ずっと、仲良くいられるよね・・・』