Kanon『possibility』第七話
「はじめてのおくりもの」
夢。
夢を、見ていた。
目の前にいるのは、従姉妹の少女たち。
夕暮れまで遊んで、その帰り道。
傾いた夕日が、三人を照らし出す。
みっつの影法師は、手の部分が繋がっていた。
三人とも、手を繋いで歩いていた。
「・・・お姉ちゃん、お腹すいた」
真ん中にいた栞がそう言うと、香里もそれに続く。
「そうね・・・何か買っていこうか?」
「うんっ」
ちょうど目の前にはコンビニがあった。
「だったら、そこにしないか?」
「栞、それでいい?」
「うんっ」
栞は嬉しそうに頷いた。
自動ドアを通って店の中に入る。
「暖かい・・・」
外は氷点下に近い。
それに対し、中は少し暑いくらいに暖房が効いていた。
そこに、香里がとんでもないことを言い出した。
「祐一のおごりね」
「・・・何故?」
「こういうときは、男の子がおごるものよ」
小学生にその論理は通じないと思うが、断るのも気が引けたので、
「分かった・・・だけど、ひとつだけだからなっ」
そう答えた。
「さすが祐一、話がわかる」
香里はそう言って、栞と一緒に店の奥に入っていった。
うまく丸め込まれた気がするのは俺だけだろうか?
まあ、考えても仕方ないので、俺も店内を物色し始めた。
少しすると香里と栞がが近づいてくる。
「祐一、祐一は何を買うの?」
「カレーまん。香里は?」
「私はあんまんにしようかな・・・栞は?」
「これっ」
栞が差し出したもの・・・
「ぐは・・・」
「それって・・・」
それは、間違いなくバニラアイスだった。
ちなみに、カッコよく言うと『ヴァニラ・アイス』。
・・・いや、そんなことはどうでもいい。
「何でこの寒い中それなんだ?」
「うーん・・・なんとなく」
「栞・・・悪いことは言わないから、他のにしなさい」
「これにするのっ」
どうやら意志は固いらしい。
「体壊しても知らないぞ」
「いいもん」
「ったく・・・」
俺は栞からアイスを受け取って、レジで清算を済ませる。
さすがにアイスを外で食べさせるわけにはいかなかったので、
家に帰ってから食べることにした。
帰る間、栞はずっと嬉しそうだった・・・
家に着いて、とりあえずリビングへ。
椅子に座り、買った物を取り出す。
「ほら」
二人にそれを渡す。
「ありがとう、祐一」
「お兄ちゃん、ありがとう」
二人から言われるとさすがに恥ずかしかったので、
「いいから、早く食べよう」
照れ隠しにそう言った。
早速、カレーまんにかぶりつく。
「うまい・・・」
冷えた体にカレーが染み込んでゆくようだ。
香里も同じようにアンマンを食べている。
一方、栞は・・・
「・・・えいっ」
かちっ。
スプーンが硬いアイスにはじかれていた。
「冬だからな・・・」
「そうね・・・」
「・・・うー」
悔しそうだった。
少しして、アイスにスプーンが刺さるようになった。
頑張ってアイスを掘り、それを口に運ぶ。
「・・・」
「栞、どうした?」
俺が尋ねると、栞が涙目で答えた。
「・・・つめたい」
「・・・」
「・・・」
俺も香里も何も言う気にはなれなかった。
「・・・でも、おいしい」
そう言って栞は幸せそうな顔をした。
そんな小さな幸せを、俺と香里もまた幸せそうに見ていた・・・
・・・で、その夜。
やはり栞は体調を崩した。
もともと丈夫じゃないのに、この時期アイスを食べたからだろう。
風呂から出た後、様子を見に栞の部屋へ向かう。
コン、コン。
「栞、入るぞ」
ドアをノックして部屋に入る。
「あ・・・おにいちゃん・・・」
栞が俺を見て呟くように喋る。
「だから言ったろ、体を壊すって・・・」
「・・・ごめんなさい」
すまなさそうにそう言う。
「しょうがないな・・・今度から気をつけろよ?」
「うん・・・」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい・・・」
それから、栞はよくバニラアイスを食べるようになった。
しかも、たまに体を壊す。
恵さんが食べるのを止めても、栞は聞き入れなかった。
どうしてそこまでこだわるか俺が訊いたら、栞は笑顔で答えた。
「だって・・・お兄ちゃんが初めて買ってくれたものだから」