Kanon『possibility』第八話



「笑顔の向こう側に」











「起きて・・・」
耳元から甘い声が聞こえる。
「ねえ、起きてったら・・・」
その声を聞きながら再び夢の中へ・・・

「・・・はっ!」

俺は重要なことを思い出した。
慌てて目覚ましへ手を伸ばす。

カチッ。

「ふう・・・」
危なかった・・・
もう少しであの暴力目覚ましに怒鳴られるところだった。
というわけで、再び俺は布団に潜る。
「極楽極楽・・・」
そして、しばしそのぬくもりを堪能する。





約五分後。

コン、コン。
「祐一、起きてる?」
廊下から香里の声がする。
「寝てる」


バァン!


俺が答えると、香里は勢いよくドアを開けた。
「寝てる人が答えるわけないでしょっ!」
そういいつつ俺のところへ歩み寄る。
「あんまり遅いと遅刻するわよ」
「大丈夫だ。俺は気にしない」
「私がするのっ!」


ガバッ!


香里が俺の布団を剥ぎ取る。

「・・・」
「・・・」
二人とも無言になる。



えっと、状況を整理してみよう。
俺は布団を剥がれた。
ちなみに仰向けである。
で、俺はまだ半覚醒状態なのだが、一部分だけはそれはもう元気である。
香里はその一点に視線を集中させて固まっている。

「・・・美坂香里さん?」
「はい・・・」
ゆっくりと顔がこちらを向く。
「状況が理解できますか?」
「ええ、まあ・・・」
ぎこちなく答える。
「だったら・・・」
すうっと息を吸う。



「とっとと出てけえええええっっっっっ!!!」
「ごごごごごご免なさいっ!」
ばたんっ!
香里が部屋から飛び出してドアを閉める。
「ふう・・・」
まったく、見られたくないものを見られてしまった。
ちくしょう、なぜか朝日が霞んで見えるぜ。

まあそれはそれとして、とりあえず着替えて下に降りていった。



朝食中、香里は赤い顔をして一回を俺と目を合わせなかった。
そんな様子を見て恵さんは、
「あらあら・・・」
とか言いながら楽しそうに見ていた。
・・・というか、いつも同じパターンじゃないか?



そんなわけで、学校に行くときも終始無言だった。
ただ、一言だけ香里が呟いた。

「思ったよりおおき・・・あ、な、なんでもないわよ」

しっかり見られたようだった。






学校は滞りなく昼まで終わった。
「香里、昼はどうするんだ?」
「そうね・・・今日は学食かな」
「学食か・・・こっちには無かったからな」
そこに名雪が入ってくる。北川も一緒だった。
「二人とも、学食だったら一緒に行こうよ」
「そうだな・・・じゃあ、行こうか」
「そうね」
そんなわけで四人揃って学食に行くことになった。





「ぐは・・・」
学食は大盛況だった。
「名雪、席頼むわね」
「分かったよ」
香里に言われて名雪が席を確保しに行く。
「じゃあ、俺も行ってくる」
北川も名雪に続く。
「北川、お前何にする?」
「そうだな・・・カレーでいいぞ」
「わかった、雑炊だな」
「絶対に違う!」
「冗談だ」
「ったく・・・頼むぞ」
「ああ」
俺と香里の二人は注文に向かう。

何人かに肘撃ちを喰らった気がするが、何とか昼食は手に入った。
香里を見ると、そばとAランチを持っていた。
「名雪のは聞かなくても良かったのか?」
「大丈夫よ。名雪は『絶対』これだから」
自信たっぷりにそう言う。

「香里、こっちだよ」
少し先のテーブルには名雪と北川がいた。
「ほら、激辛闘魂カレーだ」
「嘘つけ!」
「なにっ、何故嘘だとわかった!」
「ここにそんなメニューはないっ!」
「そんな事してないで早く食べるわよ。
 はい、名雪はこれでしょ」
「わっ、どうして分かったの?」
「あなたこれしか頼んだことないでしょ・・・」
香里はなんだか少し疲れた様子だった。





食後。
北川は先に行ったので今は三人だ。
「あ、私はちょっと部室に寄るから先に行ってて」
「私は待ってるよ」
「いいわよ、別に」
「俺は先に行ってる」
「ほら、名雪も」
「・・・うん、分かったよ」
俺と名雪は先に行くことにした。
今は俺一人である。

・・・って、名雪は?

周りを見ると、窓の外を見てぼーっとしている名雪がいた。
「何してるんだ、名雪?」
「あそこに、人がいる・・・」
「人?」
中庭を見る。



そこには、昨日と同じ光景があった。



「・・・先に行っててくれ」
「祐一君は?」
「ちょっと用がある」
そう言って、俺は中庭に続くドアのところまで行って、扉を開ける。







「寒い・・・」
外は相変わらず寒かった。
誰も踏んでない雪の中を進み、そこに立っている人に声をかける。


「・・・栞、今日は何だ」
「あ・・・祐一さん」
栞は俺に気付くと、目を細めて微笑む。
「風邪なんだろ?だったら家で養生してなきゃ駄目だろ」
「そうなんですけど・・・用事がありましたから」
「どんな用事だ?」
「祐一さんに会いに来ました」
「・・・悪い冗談だ」
「・・・そんなこと言う人、嫌いですっ」
栞はぷーっと頬を膨らませる。
その表情が可笑しくて、思わず顔が笑ってしまう。
「どうして笑うんですかっ!」
「悪い悪い。
 で、俺に会って何をするんだ?」

「え?」

栞は少し驚いたような顔をする。
そして、少し考えた後、ばつの悪そうな表情をする。



「えっと・・・何も考えてませんでした」
「・・・」
「あはは・・・」
「・・・まあ、いいけどな・・・」
病気だというのに用も無くわざわざ会いに来るとは、酔狂な事である。
「・・・で、どうする?」
「そうですね・・・雪だるま、作りませんか?」
「別にいいけど・・・どのくらいの作る?」
「じゃあ、全長10メートルくらい」
さらっととんでもないことを言う。
「作れるかっ!」
「でも、頑張れば・・・」
「頑張っても無理だ!」
「そうですか・・・」
栞は残念そうな顔をする。

「だったら、雪合戦しましょう」
「・・・分かった」
雪合戦だったら、全長10メートルなんて事は無いだろう。
栞は楽しそうに雪玉を作り出す。
「よいしょ、よいしょ・・・」
栞の白い肌と赤くなった手のひらを見ていると、
時間までならつき合ってもいいかなと思う。

(それにしても・・・)
雪だるまの次は雪合戦か・・・
風邪でずっと家の中だったから、外で遊びたいのかもしれないな。
「祐一さん」
栞が雪玉を作りながら話しかける。
「何だ?」
「雪、好きですか?」
「冷たいから嫌いだな」
「なま温かい雪のほうがもっと嫌ですよ」
「それはそうだけど・・・」
「私は好きですよ。雪」
作りかけの雪玉を見つめてそう言う。
「だって、綺麗ですから」
再び雪玉作りを始める。

「それに、こうしてると、昔祐一さんと遊んでいたのを思い出します」
そういえば、昔栞や香里といっしょに雪合戦とかした気がする。
「また、みんなでできるでしょうか・・・」
栞の表情が曇る。
「できるんじゃないかな・・・」
無責任な発言だと思う。
だけど、そう言っておくのが一番いいような気がする。
「そうですよね・・・できますよね」
少しだけ笑顔になる。
二人に何があったんだろうか。
ただの喧嘩・・・ということはないだろう。
栞は笑顔の向こう側に何を隠しているのだろう・・・



キーンコーンカーンコーン・・・



「・・・あ」
チャイムを聞いて栞が残念そうな顔をする。
「終わっちゃいましたね・・・」
「そうだな・・・」
「一生懸命作ったんですけど、無理でした」
微笑む表情が、どこか寂しげだった。

「じゃあ、これで解散だな・・・」
「はい。帰ります」
次に頷いたとき、寂しげな表情は影を潜めていた。
「俺も急がないとだな・・・」
たぶん、先に戻ったはずの俺たちよりも香里の方が早いだろう。
「ひとりで帰れるか?」
「帰れますっ。子供じゃないですから・・・」
「そうか?雪だるまも雪合戦も十分子供っぽいと思うけどな」
「・・・そんなこと言う人、嫌いです」
膨れた表情で、くるっと背中を向ける。

「いいか、家で寝てるのが寂しい気持ちは分かるけど、
ちゃんと安静にしてないと治るものも治らないぞ」
「・・・そうですね」
頷いて、そしてもう一度振り返る。
今度は俺の方に向かって。
「祐一さん・・・」
「なんだ?」
「約束・・・してくれませんか?
病気が治ったら、雪だるま作ってくれるって・・・」
「分かった・・約束する」
「約束ですよ?」
嬉しそうな顔をする。

「今日は楽しかったです」
「そうか・・?」
「はい、とっても楽しかったです。
 ありがとうございました」
ぺこっとお辞儀をして、そのまま雪の地面を歩いていく。
やがて、栞の姿は雪の中に溶けていった。
「・・・俺もそろそろ戻らないとな」
確か、予鈴が鳴ってから5分で本鈴だったはずだ。
見上げると、風にさらされた粉雪が舞い、
誰もいない中庭に取り残された雪玉もやがて新しい雪に埋もれていく・・・。








「・・・」
校舎に戻ると、香里がいた。
「どうした?」
「別に・・・
 早くしないと授業に遅れるわよ」
「あ、ああ」
たぶん見られたのだろう。
2人とも何も喋らずに教室まで歩いていった。








午後の授業中、香里はずっと中庭の方を見ていた。








放課後。
「相沢、放課後だぞ」
「俺を騙そうとしても無駄だぞ、北川」
「・・・だったらまだ授業受けてくか?」
「軽い冗談だ」
「・・・よく飽きないわね」
脇からやりとりを見ていた香里が呆れたように言った。

「そうだ、香里、今日は部活あるのか?」
「別に無いけど・・・」
「だったら、CD屋に案内してくれないか?」
「商店街の?確かにあそこは分かり辛いから・・・
 そうね、いいわよ。私も見たいものあるし」
「さんきゅ」
「別にたいしたことじゃないわよ。じゃあ行く?」
「そうだな」
2人とも鞄を持って立ち上がる。
「ちょっと待った」
北川が呼び止める。
「何だ、北川?」
「・・・俺ひとりで水瀬さんを起こせと?」
そういわれて名雪のほうを見ると、

「くー」

・・・寝ていた。
「頑張れ、北川」
「そうよ、頑張って、北川君」
「この、薄情者・・・」
北川の悲痛な叫びは無視して俺たちは商店街へ向かうことにした。



「なあ、香里」
「なに?」
「演劇部って、いつ休みなんだ?」
「ウチはきりのいいところまでやって、その後何日か休みなのよ」
「ふーん・・・」
今度覗きに言ってみたりしようかな・・・
「そうそう、見にこようなんて思わないでね」
「どうしてだ?」
「知り合いに演技を見られるのは恥ずかしいものよ」
そんなもんか・・・
「ほら、商店街に着いたわよ」
商店街に着いた時、すでに夕方だった。



「祐一君っ!」
「ぐあっ!」
突然、背中に何か重いものがおぶさってくる。
「やっぱり祐一君だぁ!」
首だけ振り返ると、あゆが背中からしがみついているのが見えた。

「えへへ・・・嬉しいよぉ」
「えへへ・・・じゃない、離れろっ!」
「わっ!」
勢いよく後ろを振り返って、遠心力であゆを引き剥がす。
「うぐぅ・・・祐一君が捨てたぁ」
「・・・あゆ」
「ひどいよぉ・・・ちょっと抱きついただけなのに・・・」
「頼むから、普通に登場してくれ」
「普通だよぉ」
「大体さっき、やっぱり俺だ・・・とか言わなかった?」
「うん、言ったよ」
「もしかして、俺かどうかも確認できなかったのに攻撃をしかけたのか?」
「攻撃じゃないもんっ。抱きついただけだもんっ」
「一緒だ」
「うぐぅ」
「うぐぅ」
「うぐぅ・・・真似しないでよぉっ!」
「そうだな、確かに『うぐぅ』はお前しか使いこなせないようだ」

「・・・」

ぷるぷると肩が震えている。
どうやら怒らせてしまったようだ。
「悪かった、あゆ」
「・・・」
「ちょっと調子に乗りすぎた」
「・・・ホントにそう思ってる?」
「ああ」
そう言ってあゆの頭をなでる。
「わっ」
あゆはくすぐったそうに目を細める。
と、今まで横で見ていた香里が、
「ふふっ、妬けるわね」
などととんでもないことを言うから、

「うぐぅ、ち、違うよっ!」
とあゆが顔を真っ赤にしながら否定する。
「でも顔真っ赤よ?」
「え、え、え!?」
あゆは慌ててウィンドウに顔を移す。
そして、自分の顔を見て『うぐぅ!』とか言いながら手をバタバタさせている。

「香里、俺は小学生には興味ないぞ」
「うぐぅ、ひどいよっ、祐一君っ!」
あゆがまだ赤い顔で抗議する。
「とりあえず落ち着け」
「う、うん・・・」
やっと少し落ち着いてきた。
「なあ、俺達良く会わないか?」
「うん」
「毎日商店街をうろついているのか?」
「毎日じゃないけど・・・」
「もしかして、暇なのか?」
「うぐぅ・・・違うよっ」
「だったら、商店街で何やってるんだ?」
「ちゃんと大切な目的があるんだよっ」
「分かった!次の犯行を重ねることだな?」
「違うよっ!」
「だったらなんだ?」



「えっと・・・」

「探し物・・・」

「・・・探し物?」
「そう・・・探し物があるんだよ・・・」
「それはどんな物なの?」
香里が尋ねる。
「えっと・・・

 落とし物・・・

 落とし物を探してるんだよ」

「なんか、今急に思いつかなかったか?」
「ううん、全然そんなことないよ」
「・・・落とし物って、財布でも探してるのか?」
「違うよ」
「だったら何を落としたんだ?」


「大切な物・・・」


「すっごく大切な物・・・」
「大切な物・・・?」
「うん。ボクが落としたのは・・・」

「・・・あれ?」
あゆが困ったように首を傾げる。
「思い出せない・・・」
「は?」
「どうしたんだろ・・・何を落としたのか思い出せないよ・・・」
戸惑ったような表情で、不安げに羽がぱたぱたと揺れていた。

「大切な物なのに・・・大切な物だったはずなのに・・・」

「早く見つけないとダメなのに・・・」

「思い出せないよ・・・」

泣き笑いのような表情で、自分自身に戸惑っているようだった。

「どうして・・・」
「ただのど忘れじゃないのか?」
「・・ボク、探してみる」
「探すって言ったって、何を探すのかも分からないんだろ?」
「でも、見たら思い出すもん!」
「確かに、その可能性はあるだろうな」
「だから、ボク、探してみるよ」
「・・・分かった、俺も探すの手伝ってやる」
「え?いいの?」
「ああ。構わないだろ?香里」
「もちろんよ」
「ありがとう、ふたりとも」
「それで問題はどうやって探すかだけど・・・」

「じんかいせんじゅつ、なんてどうかな?」
「それは、もっと人数が多いときに使う作戦だ」
「そうなんだ・・・」
感心したようにうんうんと首を振る。
「ちゃんと意味分かって使ってるか?」
「ううん、何となく格好良かったから」
「・・・」
「・・・」
さい先がとても不安だったが、乗りかかってしまった船だ。

「まず、今日あゆが歩いたルートを逆に辿るんだ」
「どうして?」
「あゆが通った道に落ちてて当然だろ?」
「今日通った道?」
「もちろんだ」
「・・・でも、落としたの今日じゃないよ」
「さよなら、あゆ」
「うぐぅ、待ってよっ!」
「どうして、落としたときに探さなかったんだ!」
「・・・そんなこと言われても・・・
 ボクにも分からないよ・・・さっき、急に思い出したんだから・・・」
「どういうことだ?」

「さっき、祐一君と話をしていて思い出したんだよ・・・
 大切なものをなくしたことに」

「でも、それが何なのか・・・いつ落としたのか・・・
 全然思い出せないんだよ・・・」

「・・・」

「何かは分からないけど・・・でも、本当に大切ななんだよ」

「本当に・・・大切な・・・」

あゆの声が震えていた。
「・・・だから、ボク、探さないと」
言っている内容は無茶苦茶だったが、表情は真剣だった。
「・・・」

思い出せないから不安。
俺もそうだ・・・
この街で過ごした出来事がほとんど思い出せない。
香里はすぐに思い出すと言っていた。
そして、実際に思い出したこともたくさんある。
でも・・・7年前の、最後の冬の日の出来事が思い出せない。

「とにかく、じっとしてても見つからないだろ?」
「・・・う、うん」
「だったら、とにかくあゆがよく出入りしてる場所を順番に歩いていくしかないな」
「うぐぅ・・・ごめんね、ふたりとも」
「別に気にしなくていいわよ」
「それより、まず最初の場所に移動だ。
 ここから一番近いあゆがよく行く場所ってどこだ?」

「えっと・・・」
記憶を辿るように、じっと夕焼け空を見上げる。
「そこの角の甘い物屋さん」
「甘味屋だな、分かった」
「ちょっと待って」
「どうした?」
「スコップとか用意しなくていいかな?」
「何するんだ、スコップなんか・・?」
「もちろん、地面をざくざく掘るんだよ」
「だから、なんのためにざくざく掘るんだ?」
「落とし物を探すんだよ」
「おまえの落とし物は徳川埋蔵金か・・・?」
「たぶん違うと思う」
「だったら、落とし物が地面に埋まってるわけないだろっ!」
「うぐぅ・・・そうだけど・・・」
「とにかく、移動するぞ」
「う、うんっ」



「着いたぞ。どうだ、ありそうか?」
「うーん・・・」
真剣な眼差しで、周りを見回している。
「ない・・・と思う」
「分かった、じゃあ次」
「えっと、向かいの筋のクレープ屋さん」



「あゆちゃん、今度はどう?」
「えっと・・・」
「・・・あ!」
「あったの?」
「知らない間に、クレープのメニューがいっぱい増えてる!」
「・・・あゆちゃん?」
「うぐぅ・・・冗談だよぉ・・・」
「ふぅ・・・ここにもないの?」
「うん・・・そうみたい」
たぶん・・・と自信なさげに呟く。

「・・・で、次は?」
「えっと・・・少し行った先のお菓子屋さん」
「なぁ、あゆ・・・」
「うん?」
「どうでもいいけど、お前のよく行く店って食い物屋ばっかりだな・・・」
「うぐぅ・・・ほっといて」



その日、日が落ちる寸前まで数件の店をまわったが、収穫はゼロだった。

「次が最後だな・・・」
「うん・・・そうだね・・・」
さすがにこの時間になると、シャッターを閉める店も出てくる。
「・・・この先のケーキ屋だよな?」
「うん」
「ちょっと待って」
「何だ、香里?」
「この先にケーキ屋なんてあった・・・?」
「あゆが言ってるんだからあるんだろ」
「うーん・・・そうね、私の記憶違いかも」

あゆの案内で辿り付いた先・・・
「・・・あれ?」
その場所には、ケーキ屋がなかった。
代わりに、大きな本屋が建っていた。
「ないぞ、ケーキ屋なんか・・・」
「おかしいな・・・確かにケーキ屋さんだったのに・・・」
しきりに首を傾げている。
「潰れたんじゃないのか?」
「でも、ついこの間までケーキ屋だったと思ったのに・・・」
「だったら、ついこの間潰れたんだろ」
「・・・うん、たぶん」

「それで、目的の物は見つかりそうか?」
「・・・」
力無く、首を横に振る。
「そっか・・・」
「・・・」
「でもね・・・」

「きっと見つかるよ・・・」

「だって、思い出すことができたんだから」

「それだけでも、大きな進歩だよっ」

無理に笑っているような笑顔だった。
「また探すのか?」
「うんっ、もちろんだよ」
「だったら、今度探すときも俺が手伝ってやる」
「ありがと・・・祐一君」
「私も手伝うわよ」
「ありがとう・・・香里さん」
「じゃあ、またな」
「じゃあね、あゆちゃん」
「じゃあね、ばいばい、祐一君、香里さん」

いつもと同じように、無意味に元気よく・・・
商店街の奥へと、消えていった。



その帰り道。
「祐一」
「なんだ?」
「あゆちゃんが言ってたケーキ屋・・・潰れたの随分前よ」
「・・・どういう意味だ?」
「言葉通りよ」
俺には香里の言っていることがよく分からなかった。
潰れたのが随分前ならどうしてあゆはそのことを知らなかったんだ?

まあ、単にあゆの記憶違いかもしれない・・・

またあゆと会うことがあったら、約束通り手伝ってやるか・・・