Kanon『possibility』九話



            「夢の答え」 


 

 

 

 

 

夢を見ていた。

 

忘れそうだった記憶。

 

忘れたかった記憶。

 

 

 

 

 

 

今日は、祐一が帰る日だ。

 

 

 

だけど、まださよならを言ってない。

 

 

 

祐一が部屋から出てこないからだ。

 

 

 

その理由・・・

 

 

 

それは、あの子。

 

 

 

『あゆ』とかいう子。

 

 

 

この街に来てから、時々祐一はどこかに出掛けることがあった。

私たちには何も告げずに。

 

それで、ある日こっそり後をつけてしまった。

祐一は一人の女の子と会っていた。

耳を澄ませて聞いた彼女の名前が『あゆ』だった。

 

そのまま私は二人を追った。

それが良くないことを理解しつつも。

 

二人はなぜか毎回と言っていいほどたい焼きを食べていた。

並んで食べている姿を見ると、祐一をとられたみたいで何となく悔しかった。

 

そのうち、二人は街路樹の所の木々の隙間を抜けた先にある大木によく行くようになった。

 

 

 

そして、あの日。

と言っても昨日の事。

祐一は、何かの包みを持っていつもの所へ言った。

多分、あの子へのプレゼントだろう。

いつものように、祐一の後をつける。

そこには、大木へ登ったあの子の姿があった。

 

いつもは二人がそこへ着いたら帰っていた。

だけど、昨日はなぜか帰る気にはならなかった。

祐一があの子にプレゼントを渡すのを見て、

自分の中のもやもやした気持ちをはっきりさせたかったのかもしれない。

 

その日はいつもより風が強かった。

 

 

 

びゅう。

 

 

 

吹き付ける突風。

 

 

 

そして、

 

 

 

時間はゆっくりと流れる。

 

 

 

『ごとっ』

 

 

 

嫌な音がここまで聞こえた。

祐一が駆け寄る。

白い絨毯は、真っ赤に染まっていった。

動かない少女を中心にして。

 

 

 

私は、気がついたら公衆電話まで走って、救急車を呼んでいた。

 

それから祐一の姿は見ていない。

部屋に篭ったきり出てこなかった。

それで、私は祐一の部屋の前で待っている。

部屋に入ればいいのかもしれないけれど、何となくできなかった。

 

 

 

がちゃ。

 

 

 

「あっ・・・」

ドアが開き、祐一が出てくる。

祐一の目は、どこも見ていないようだった。

私は声をかけることができなかった。

 

 

 

駅まで祐一と私は並んで歩く。

祐一の両親は先にホームで待っているらしい。

栞は熱を出してしまい、お母さんはその看病なので、二人っきり。

どちらも一言も発することは無く駅に着いた。

 

 

 

電車がくるまで後少し。

もう祐一は戻ってこないんじゃないか。

そんな気がした。

そう思うと私は何もせずにはいられなかった。

 

 

 

「祐一っ!」

けだるそうに私の方を向く。

 

 

 

ちゅっ

 

 

 

それは、祐一はわからないが、私にとっては初めてのキスだった。

 

「また、この街に戻ってきなさいよっ!

 その時、返事、聞かせてもらうからねっ!」

 

それだけ言うと私は走り出した。

祐一はどんな顔をしているのだろうか。

それは私には想像できなかった・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

ゆっくりと上半身を起こす。

背中がじっとりと濡れていた。

 

「何で、今ごろ・・・」

 

夢の内容は、七年前の祐一との最後の記憶だった。

正直、思い出したくなかった。

今思えば、酷な事をしたのかもしれない。

その前の日にあんなことがあったのに。

 

「返事、か・・・」

祐一はどうやら七年前の記憶が無いらしい。

きっとその事も忘れているだろう。

だけど、今になってあの夢を見るとは思わなかった。

 

「まだ未練でもあるのかな・・・」

あの時は祐一に惹かれていた。

今もそうなのだろうか?

 

「ふぅ・・・」

 

そんなことを考えても結論が出るはずも無く、

とりあえずシャワーを浴びにバスルームへと向かう。

 

 

 

ザアァァァ・・・

 

 

 

シャワーを浴びる自分の姿が鏡に映る。

「私は、祐一の事どう思ってる・・・?」

鏡の中の自分に尋ねる。

が、当然答えは返ってこない。

 

 

髪を乾かして、新しいパジャマに着替える。

 

 

がちゃ。

「あ」

「お」

偶然部屋の前で祐一と顔を合わせる。

「どうしたの、こんな夜中に」

「いや、トイレだけど・・・香里こそどうしたんだ?」

「別に・・・ちょっと汗かいたからシャワーを浴びたのよ」

「ふーん・・・変な夢でも見たのか?」

それには答えずに部屋のドアを開けて、入るとすぐに閉める。

 

「お、おい・・・」

ドア越しに祐一の声が聞こえる。

自分の顔が赤くなっているような気がした。

それが鏡の中の自分に投げかけた問いの答えなのだろうか。

 

「香里・・・よく分からないけど、悪かった。

 ・・・おやすみ」

 

祐一の声が聞こえてくる。

私が気を悪くして部屋に入ってしまったと思っているのかもしれない。

その声を遮るように布団を被った。

 

祐一とはまた明日顔を合わせるだろう。

その時は、いつも通りにしていることだろう。

 

 

 

できれば、今度は楽しい夢を見られますように。