ものみの丘で、もう一度〜Happy happy wedding〜
 
(注)このSSはばるきゅーれさんのコメントを参考にした改訂版です。 




俺は高校を卒業して、就職した。

仕事にも慣れてきて、少し落ち着いてきた。

そして、

俺達は、またこの街に戻ってきた。

雪に包まれた、

真琴と出逢った街。

 

 

 

今は水瀬家にいる。

みんなが引っ越した後もここは残しておいたようだ。

 

 

コン、コン。

「開いてるよ」

ガチャ。

「お久しぶりです、相沢さん」

「ああ、久しぶりだな・・・」

今、俺の前には天野がいる。

さっきまで真琴と話をしていたみたいだ。

「結婚前夜、ですか・・・」

「ああ・・・」

今日は結婚前夜。

何故今までしなかったのかというと、

学生の身じゃ経済力もないし、

何より、高校を卒業して、仕事についてからと決めていた。

それは、自分なりのけじめだった。

親のスネをかじったまま結婚なんて、格好つかないからな。

「真琴はどうしてた?」

「ええ、だいぶ緊張しているみたいですね」

「そうか・・・」

「それと、不安がっていましたよ」

「え・・・」

まさか・・・

後悔しているとか・・・?

いや、でも・・・

「天野」

「はい」

「その・・・真琴はなんて・・・?」

「それは自分で確かめてください」

天野はそう言って俺の部屋を立ち去る。

「くそっ」

いよいよ明日って時に・・・

だが、このままでも始まらない。

俺は真琴の部屋に向かった・・・。

 

 

 

コン、コン。

「真琴、入るぞ」

「あぅ・・・」

ガチャ。

目の前には真琴がいる。

当然と言えば当然だが、真琴はずいぶん変わった。

まあ、天野の影響もあるのだろうが、

多少落ち着いて聡明な感じさえする。

と言っても、俺の前では余り変わらないが。

「・・・」

「・・・」

沈黙。

重い空気が流れる。

 

沈黙を破ったのは、二人同時だった。

「なあ・・・」「あのね・・・」

「何だ、真琴から話せよ」

「うん・・・」

俺は真琴の隣に座る。

「あのね・・・」

「私、不安なの・・・」

来た。

天野の言っていたこと。

『真琴は不安がっています』

その言葉が鮮明によみがえってくる。

俺は悪い方へ悪い方へと深みにはまっていく。

だが、俺のそんな考えは杞憂に終わった。

真琴の言葉は、俺の考えとは正反対の物だった。

「私、こんなに幸せでいいのかな・・・」

「この幸せが壊れたりしないかな・・・」

真琴は、幸福に包まれた今に対して不安を抱いていた。

それを知ると同時に、疑った自分が恥ずかしくなってくる。

全く、俺って奴は・・・

俺は真琴に諭すように優しく声をかける。

「いいんだよ、真琴。

 今がこんなに幸せでも。

 だって・・・

 俺達はあんなに辛い思いをしてきたじゃないか。

 人生ってのはさ、

 辛いのと同じ分だけ幸せがあるんだ。

 だからさ・・・

 今がこんなに幸せでも、いいんだよ」 

「祐一・・・」

真琴の目には涙がたまっている。

「泣きたかったら、今日中に泣いておけよ。

 何たって、明日は結婚式なんだから。

 そんな所で、泣き顔は見せられないだろ?」

「祐一、ありがとぉ・・・ぐすっ、・・・祐一、祐一ッ!」

真琴は俺の腕の中で泣き続けた。

好きなだけ泣いてくれ、真琴。

そして明日はずっと笑っていてくれ・・・

そう思っている俺の目からも涙がこぼれていた・・・

 

 

 

二月一日。

六年前、俺達が二人だけの結婚式を挙げた日。

同じ日、俺達は再び結婚式を挙げる。

途中で終わってしまった結婚式を。

この『ものみの丘』で、もう一度・・・

 

 

「よおっ、相沢、久しぶりだな」

北川だ。

こいつは余り変わっていない。

「お前、変わらないな」

「甘いな相沢、実は『北川』から『真☆北川』になったのだ」

「まだまだだな、俺なんか『超!?相沢』に・・・」

「はあ、二人とも相変わらずね・・・」

この声は、香里だ。

「いいんじゃないか。変わらないままでも」

俺がそう言うと、香里は微笑んで、

「そうね、その方が楽しいしね」

と、挑戦的とも言える言葉を放ってくる。

「ところで、香里、何かずいぶん血色がいいな」

そう訪ねると、北川が、

「そりゃ、昨日は香里凄かったから・・・ムグッ!!」

「ち、ちょっと、潤、そんなこと言わなくてもいいでしょっ!!」

香里が慌てて口をふさぐ。

香里と北川がつきあってるってのはずいぶん前から知っていたから、

別に恥ずかしがるかとも無いと思うんだが・・・

まあ、内容がないようだし、お節介だったみたいだな。

俺は微笑ましい光景を繰り広げてみる二人を尻目に、名雪達の所へ行った。

 

 

「よう、二人とも」

「あら、祐一さん」

そこには名雪と秋子さんがいた。

「名雪、目をつぶってどうした」

「くー」

「・・・」

ぼかっ。

「祐一、痛い・・・」

名雪が非難の目でこっちを見る。

「こんな日まで寝る奴があるかっ!!」

「じ、冗談だよ・・・」

「嘘つけっ、涎垂れてるぞ!」

「えっ、本当!?」

「冗談だ」

「ううー、祐一、意地悪だよ」

「居眠りした奴が言える立場かっ」

「ふふっ」

秋子さんは終始楽しそうに見ている。

「あっ、そう言えば、祐一」

名雪が急に話を変える。

「真琴ちゃん、凄く綺麗だったよ」

「そうか・・・」

楽しみだな・・・

 

 

 

 

 

 

ん?秋子さんが何か持って名雪と話をしている。

あ、名雪が逃げた。

次は香里の所へ。

香里はしきりに首を左右に振っている。

今度は北川だ。話し声が聞こえてくる。

「北川さん、クラッカーいかがですか?」

「あ、頂きます」

「この上に乗っているジャム、私の特製なんですよ」

「へえ、そうなんですか」

北川はそう言ってクラッカーを口に運ぶ。

特製ジャムか・・・

・・・なにぃ!?

「北川、待てッ!!」

時、既に遅し。

北川は俺の方を向いたまま、動かなくなった・・・

「北川ァァァーーー!!」

こんな日に逝っちまうなんて・・・

「死んでない」

「いや、冗談だ」

北川は生きていたようだ。

まあ、あのジャムを食っても命に別状はないからな。

「ところで、あのジャムは何でできてるんだ・・・?」

「俺は知らん・・・と言うより、秋子さん以外誰も知らない」

「そうか・・・」

俺達は、しばらく虚空を見つめていた・・・

 

 

 

そんなうちに、神父が到着したようだ。

「では、祐一さん、始めましょうか」

秋子さんが笑顔でそう言う。

「はい」

「真琴、こっちにいらっしゃい」

「うん・・・」

真琴を見た瞬間、

俺は全身総毛立った。

それほどまでに真琴は綺麗だった。

『惚れなおした』とは、まさにこのことだろう。

俺が固まっているのを見て、真琴が不安げに聞いてくる。

「祐一・・・私、変かな・・・?」

「違う違う、その・・・き、綺麗だ・・・」

「あ、ありがと・・・」

二人とも真っ赤になって俯く。

「あらあら、それじゃ式が始まらないわよ。

 もう目の前に神父さんいらっしゃるのに」

秋子さんの言葉に、慌てて俺達は目の前の神父の方に顔を向ける・・・

って・・・

「天野!?」「美汐!?」

俺と真琴が声を上げたのは同時だった。

「はい」

「いや、『はい』じゃなくって、何で天野が神父を・・・?」

「神父さんに、どうしても、ってお願いしました」

「美汐、どうして・・・?」

「これだけは、譲れませんから」

そう言って天野は俺達にウィンクをした。

「では、始めましょうか」

天野が決まり文句の言葉を並べる。

「汝、相沢祐一は・・・

 というのは省きましょうか」

「へ?」

天野が微笑む。

「もう、途中までやったのでしょう?なら、そこからです」

「あ、ああ、わかった」

そう言えば、一回目の式のことは話したんだっけな。

「では、誓いのキスを・・・」

俺は真琴の方を向く。

真琴もこっち見る。

うう・・・緊張してきた。

心臓がバクバク言ってる。

二人の距離はどんどん近付く。

そして・・・

唇が重なった。

「・・・」

「・・・」

しばらくそうしていると、

「・・・ええと、もう結構ですよ」

天野の声に俺達は真っ赤になって離れる。

周りから笑いが漏れる。

天野もちょっと赤くなって微笑んでいる。

「・・・では、指輪の交換を」

そう言われた俺は、真琴の手を取る。

「真琴・・・」

「・・・」

真琴は黙ったままだが、その笑顔は眩しかった。

真琴の指に指輪をはめる。

その瞬間、歓声が巻き起こる。

「相沢、やけるぜーーーっっっ!!」

「祐一、真琴ちゃんを大事にしなさいよーーーっっっ!!」

その声はしばらくやまなかった・・・

 

 

 

一通りが滞り無く終わった。

「それでは、ブーケを・・・」

天野がそう言う。

「真琴」

「うんっ!」

真琴は、俺の声に答えるようにブーケを空高く投げる。

 

 

 

ぽすっ。

ブーケが香里の手に収まる。

「わっ、次は香里と北川君だね」

「ち、ち、ちょっと名雪、何言ってるのよ!」

「北川ァー、香里は任せたぞ!!」

「ば、馬鹿野郎、相沢、何言ってんだ!!」

真っ赤になる二人を中心に、

笑いと笑顔に包まれる。

 

 

 

俺達は、

今、

最高の瞬間の中にいる。

全てが輝いて見える。

そして、

今俺の隣にいる真琴は、

それ以上に輝いている・・・

 

 

 

「ねえ、祐一・・・」

「何だ、真琴」

「今、何考えてる・・・?」

「お前は何考えてるんだ?」

それは、一つの願い。

「この幸せが、ずっと、ずっと続いたらいいな、って・・・」 

「そっか・・・俺は違うけどな」 

「え?」

 




「真琴・・・ 



 『続いたらいいな』じゃなくて、



 『続かせる』んだよ。



 絶対に。



 な?」

 

「あ・・・」



真琴は一瞬驚いたようだったが、
すぐに言ったことを理解して笑顔になった。



「うんっ!」
 



 


−fin−