ものみの丘で、もう一度〜prologue〜
季節は、春。 新緑の季節。 あいつが好きだと言っていた季節。 だが・・・ 俺の心は、まだ雪に閉ざされている・・・ 冬のある日、 俺はある少女と出会った。 沢渡真琴。 それが彼女の名前。 真琴は記憶喪失だった。 ただ『俺が憎い』と言う記憶だけを残して・・・ 真琴は毎晩俺に悪戯を仕掛けてきた。 俺はそれに応酬した。 他愛のない日常。 鬱陶しいけれども決して嫌ではない日々。 それがずっと続くと思っていた・・・ 日常は、突然終わりを告げた。 天野美汐。 少女はそう名乗った。 彼女は、真琴のことを知っていた。 いや、正確には真琴と同じ者を知っていた。 そして、 俺が『束の間の奇跡』の中にいると言った。 命を燃やして生まれる一瞬の輝き。 俺がそれを知るのは、もう少し後だった・・・ 真琴は、 日を追う毎に、 色々なことができなくなっていった。 まるで、子供に戻っていくように・・・ 夢を、見た。 7年前の夢。 片隅にあった記憶の映像。 そして、俺は知ってしまった。 いや、確信したんだ。 天野が言おうとしていたこと。 真琴が、 ・・・人ではないということ。 かつて俺が人の温もりを与えてしまった、 狐だと言うこと。 夜、俺は『ものみの丘』へ行った。 何かを捜すために。 だが、そこで見たものは、 ・・・真琴だった。 そして、 俺達は、 契りを交わした。 真琴は熱を出した。 俺はずっと側にいる事しかできなかった。 翌日、熱は下がった。 だが、その日から真琴は言葉をも徐々に失っていった。 『これ以上、私を巻き込まないでください』 そう言っていた天野は、再び俺の前に現れてくれた。 そして、全てを聞いた。 天野が避けていた訳。 同じ奇跡。 そして・・・その結末。 天野は、最後に言った。 『どうか、強くあってください』と。 みんなで、食事に行った。 始めてプリクラをとった。 そこには、こう書かれていた。 『水瀬家一同』 俺達は、家族なんだ。 二度目の発熱。 迫る最後の時。 俺達は始まりの場所へ行った。 『ものみの丘』へ。 玄関で、天野は待っていた。 真琴の友達になってくれた。 学校で、名雪と遊んだ。 真琴と名雪の二人が一緒に遊ぶのは、これが最初だった気がする。 そして・・・最後でもある。 『ものみの丘』で、俺達は結婚式を挙げた。 ゲストは雪だるま。 ヴェールしか買えなかったけど、 それを真琴にかぶせる。 誓いをたてる。 永遠の誓い。 その瞬間、ヴェールが風に飛ばされた。 真琴は泣き出してしまった。 だけど、 泣く事なんて無い。 俺達は、 『夫婦』になったんだから。 ちりん。 俺達は鈴を鳴らし続けた。 眠ってしまいそうになる真琴を起こし続けながら。 ちりん。 ・ちりん。 ・・ちりん。 ・・・ちりん。 ・・・・・・。 鈴が止まる。 そして・・・ 真琴は、 俺の腕の中から、 ・・・消えた。 『どうか強くあってください』 天野との約束。 すまない。 約束、守れそうにない。 俺は・・・そんなに強くなれない。 「うっ・・・く・・・ あああああああああああああああッッッッッッッ!!!」 泣いた。 声を上げて。 喉が枯れるまで。 涙が乾いて出なくなるまで。 そして。 春が訪れた。 真琴が望んでいた季節。 俺は、天野や名雪達のおかげで何とか耐えられた。 天野は夢を聞かせてくれた。 少女らしい、悪くない話。 天野は俺に聞いてきた。 『あなたなら、何を望みますか』と。 もし、叶えられるなら・・・ 望みは一つだった。 急に、あの丘に行きたくなった。 『ものみの丘』は、何も変わっていなかった。 強いて言えば、草が緑に染まったこと。 それぐらいだ。 心地よい風が吹いている。 春の穏やかな風が全てを癒してくれる、そんな気がした。 そして、 これから起こる二度目の『奇跡』を、 俺はまだ知らなかった・・・。 to be continued・・・