#8 「みつかるの巻」



ぴんぽーん。



ふと時計を見ると午後の2時を過ぎたところか。
こんな時間に誰が来たのか、と思いながら、
レポートを作るために漁っていた資料を一旦まとめ、玄関に向かう。



がちゃ


ドアを開け、先ほどインターホンを鳴らした主を確認する。



「やっほ、貴司」
「なんだ、理奈か…」

玄関に立っていたのはお隣さんの理奈だった。

「なんだって失礼〜」
「ああ、悪かったな」
「悪かったな、ってあんまり反省してないでしょ?」
「まあな」
「うわ、即答…」



はぁ、と肩を落とす理奈。

「それはそうと今日はどうしたんだ?」
「えっと、最近二人とも見なかったからさ、
 どうしてるのかなーって」

そう言えばここ数日は理奈と顔を合わせていなかったような気がした。
普段なら大学構内で会う事もあったが、
今は夏休みなのでそれもなかった。



「そうそう、お菓子作りすぎたから持ってきたよ」
「お、さんきゅ」

理奈は菓子作りが趣味だそうで、
ときどき沢山作って御裾分けをしてくれる。
見た目は流石に市販品とまではいかないが、
味はそれと同じか、好みによってはそれより美味い。
甘さが控えめになっているので、男である俺にとっては丁度良い味だった。

「沙弥ー、理奈が山吹色の菓子折りを持ってきたぞ」
「それは賄賂でしょうが…」



理奈からの突っ込みを受けつつ、
すぐに沙弥は降りてきた。
何か大事な事を忘れていた気がするが…



「あ、理奈さんこんにちわ〜」
「沙弥ちゃん、久しぶ…」

降りてきた沙弥を見て理奈は固まった。



「沙弥ちゃん…」
「はい?」
「何か、コスプレにでも目覚めたの?」
「えっ…?」



いきなり訳の分からない質問をしてくる。
コスプレといっても沙弥は普段着なのだが。
…もっとも、普段着だがコスプレと言える要素があったのを思い出した。



「でも似合ってるじゃない、かわいいよ〜」

理奈はそういって沙弥の尻尾を引っ張った。

「ひゃ…理奈さん、痛いです…」
「…え?」

沙弥に非難されて、意外そうな顔をする。

「痛いって、これ生えてるわけじゃないんでしょ?」
「えっと…」

沙弥は言葉に詰まる。
一方、理奈は尻尾をひとしきり触った後耳の方に手を伸ばした。

「だから痛いです…」
「…冗談じゃなくて?」
「冗談じゃ言いません…」




間。




「…えええええええええええっ!!?」



暫くの間を置いて、理奈ははっとして時間差で驚いた。






「ふーん、そういう事があったわけね…」

理奈が落ちついてから沙弥の事について説明する。

「あの博士が作った薬なら納得…」
「いや、納得されても困るんだが」
「でも…」

理奈は沙弥に視線を移すと、
きらきらと目を輝かせて抱きついた。



「かわいー♪」
「はきゃ、苦しい…」
「このまま持って帰ってなでなでしてたい♪」
「だ、駄目ですよぉ…」



理奈に撫でられっぱなしで沙弥は困惑気味みたいだった。
なんとなく理奈の違う一面を見た気もしなくもなかった。



「ねぇねぇ、貴司」
「あ?」
「沙弥ちゃん連れて帰ってもいいかな?」

本気の目で聞いてきた。

「却下」
「えー」
「えーじゃない!」
「残念…」



それから、
理奈の持ってきた菓子を食べながら三人くだらない話をする。


「…でさ、教授がすごい勢いで怒り出したら、
 その勢いで教授の入れ歯がすぽーんと」
「あははははは」
「あはは・・・
 お兄ちゃん、それ本当の話?」
「ああ、マジだから凄い話…
 っと、もうこんな時間か」



話し込むと時間がたつのは早いもので、気がつけば夕方だった。

「あ、じゃあ私は夕ご飯作らなきゃだから帰るね」
「おう、またな」
「またね、理奈さん」



とりあえず玄関まで見送り、
最後に俺は声をかけた。



「理奈」
「なに?」



「…とりあえず、沙弥は置いていけ」
「う、残念…」



沙弥の手を掴んでいたのを離させた。
持ち帰りたいというのが冗談なのか本気なのか、
全く分からなかった。



[続]









「あついー」



季節は夏。
一年でもっとも暑い季節。



「暑い…」



夏。
太陽がもっとも長く姿を見せる季節。
そして。





「どうしてクーラーが壊れるかなぁ…」



我が家に一台のクーラーが壊れ、
兄妹二人は溶けていた。



#9  「Shaved Ice」



「お兄ちゃん、修理はお願いしたの?」
「したけど、同じような電話が沢山あって、
 早くても明日以降だとさ…」
「はぅ〜…」



扇風機でなんとかしのいでいるものの、
今日は特に暑い。
天気予報でも快晴とあったし、予想気温も今年の夏に入ってから最高だった。
ふと窓から外の道路を見ると、陽炎が見えた。
それだけでどれだけ暑いか改めて思い知る。



「しかし、今日壊れるか…?」
「はぅ…」
「理奈んところに涼みに…
 って旅行とかいってたっけな…」
「プールとか…」
「確か今日は休みだった気がする」
「呪われてるよ〜…」

沙弥は暑さからか物騒なことを言い出す。
クーラーがない今、なんとかして涼をとりたいところだ。
と、ある物が家にあったのを思い出す。

「ちょっと待ってろ」
「ふぇ、なにかあるの…?」

台所の棚をがさがさと漁る。
すり鉢。
ミキサー。
金魚鉢…?
どうでもいいものがごろごろと出てくる。




どさどさどさ



「ぬあっ…」

積まれていたもののバランスが崩れたのかどさどさ色々なものが落ちてくる。
それらをかき分けると、探しているものが見つかった。



「あった、あったぞ、沙弥!」
「なにがぁ…?」



のろのろとやってきた沙弥の前に、
まるで遺跡から探し出した財宝のように掲げたもの。



かき氷機だった。



ごりごりごりごり。

「かき氷なんて久しぶりだねー」
「そうだな…」

早速近所でシロップを買ってきて、
冷凍庫にあった氷でかき氷を作り始める。



しゃりしゃりしゃり…



ごりごりという音から変化し、
小気味いい音を立てて氷の粒が積もっていく。
氷が偏らないよう器を回しつつごりごり削ると、
すぐに氷の山ができた。

「じゃーん」
「効果音を口で言うな」

沙弥は効果音を言いつつ取り出したブルーハワイのシロップをかける。
俺もレモンのシロップをだーっとかける。



しゃく。

「うは…」

キーンと後頭部が痛くなってきそうな冷たさ。
うだる暑さの中ではまた格別だ。



「ひゃぁっ…」

沙弥は冷たさで尻尾がぴーん、と伸びていた。
見ていて飽きない妹だ、と思った。

「うー、後頭部がいたい…」
「一気に食うからだろう」
「でも冷たくておいしいんだもん…」
「ったく」

後頭部を押さえる沙弥を見て苦笑する。

「あ、ちょっと舌出してみ」
「え?」



言われるがままにんべ、と舌を出す沙弥。

「…ぷっ」
「あー、笑ったーっ!」

見事に青かった。

「そういうお兄ちゃんだってまっ黄色でしょ?」
「だろうな」
「見せなさい」
「断る」
「ずるいー」



茹ってしまう暑さ。
たまにはかいた汗をかき氷で流すのも良いかもしれない。

とりあえず氷がなくなるまではそう思って見るのも悪くない。




[続]