いたづら秋子さん 一日教師です
すっかり寒さが厳しくなってきた今日この頃です。
何でも、今年は記録的な寒さらしくて、はにゅはにゅとコタツに入りながらテレビを付けると、現地に飛んだレポーターさんがこの付近の寒さをいかにも強調して私たちに伝えます。
家には暖房が付いてるからまだ良いのですが、確かに、一歩外にでると、氷点下にも達する気温が私のあまり丈夫でない身体を切り刻みます。お出かけするにはマフラーとコート、手袋が必須になってしまって、夕食のお買い物に行くのも一苦労です。
「ただいま〜」
「ただいま……」
あら、子供達が帰ってきました。
私は愛おしいコタツから身体を引きずり出し、二人を迎えに玄関先まで向かいます。
「お帰りなさい、二人とも」
「ただいま、おかーさん……寒いよ〜」
あらあら。
開口一番、名雪はそう言って歯の根をがちがち震わせています。この寒さでは、確かに仕方有りませんね。
でも、祐一さんは黙っています。さすが男の子、ここの生まれじゃなくても寒さには強いんですね。
「良かったね、ゆーいち。もう、家に着いたよ」
「……死ぬ……寒い……」
……どうやら、違ったようですね。
大げさな祐一さんの物言いに、心配しつつもちょっと微笑んでしまいます。
「大丈夫ですか? 祐一さん」
「え、ええ、まぁ、なんとか……」
「さぁ、二人とも。着替えは後で良いから、まずいらっしゃい。お部屋は暖かいわよ」
私は二人を手招きして、お部屋に戻ります。
靴を脱いだ名雪と祐一さんは、足早に部屋にはいると、鞄を降ろしてコートだけ脱いで、すぽっとコタツに潜り込みました。
「おこた、おこた」
「生き返るな……」
うふふ。二人とも、はにゅはにゅですね。
二人の血色が段々と良くなってきます。
「はい、どうぞ」
私は、二人の前に、準備をしていたレモンティーを差し出しました。
つん、と爽やかな香りが、部屋を包みます。
「暖まりますよ」
「あ、有り難う御座います」
「ありがと〜……んく、んく」
うふふ、名雪ったら、言うが早いか、ですね。お行儀が悪いですよ。
二人は見る見るうちにレモンティーを飲み干してしまいます。口に付けていたカップを離した名雪は、ぷかー、と、嬉しそうな満面の笑顔でした。親ばかと思われるかもしれませんが、こんな時の名雪はとっても可愛いですね。可愛いと言えば……うふふ、祐一さんの様子はどうでしょうか?
あら?
すっかり安心した顔を想像していた私は、びっくりしてしまいました。だって、祐一さんは、なんだか浮かない顔をしていたのです。どうしたのかしら……心配になった私は、尋ねてみることにしました。お節介とも思いましたが、放っておくわけにも行きませんからね。
「祐一さん、どうしたんですか? 何だか、悩んでいるような雰囲気ですよ」
「あ、いえ……別に、なんでも」
要領を得ない祐一さんのお返事に、名雪が横からくすくす笑いながら口を出します。
「あのね、お母さん、聞いて。祐一ったらね〜」
「名雪っ、お前は黙ってろっ」
「え〜……祐一、ひどいよ〜」
何でしょうか。私には、聞かせられないような事なのかしら。二人の秘密。むぅ。ちょっとだけ、嫉妬しちゃいます。でも、無理に聞くわけにもいきませんからね。
「そうですか……分かりました、でも、心配事でしたら、遠慮なく相談してくださいね?」
私は、頬に手を当てて、それだけ言って席を立とうとしました。すると、あら? 祐一さんが、今までややうつむきがちだった顔を、ふっと上げました。理由を話してくれるのでしょうか。
「あの……秋子さん」
「はい、何でしょうか」
私はにっこり笑って、お返事します。
「実は……俺、今日、返されたテストの点数が……」
……まぁ。その言い方から察するに、良い結果ではないようですね。
「本当はね。わたしがフォローしてあげたいんだけど……」
少し、悲しげな顔になる名雪。
「名雪も、自分のことで精一杯だからな」
「うん、ごめんね、祐一」
「気にするな」
「だから……ね、お母さん」
はい、分かってますよ。
高校生のお勉強なんて、私に分かるかしら? とも思いましたが、祐一さんのためですものね。ここは、私に任せてください。さ、祐一さん、後は、あなたの口から――
「秋子さん……俺に……勉強を教えてくれませんか?」
「了承」
にっこり笑って、答えます。
*
夜〜
夜だよ〜
……と、どこからか名雪の声が聞こえてきそうなほど、夜も深まりました。そろそろ、祐一さんが勉強を教えてくれと指定した時間帯ですね。お風呂あがりの私は、湯冷めしないようにと、湯気の立ち上る身体に厚手のカーディガンを羽織って、階段をとんとんと上ります。
さて、祐一さんの部屋の前です。夜、甥の部屋を尋ねる叔母……きゃ。私、何を考えているのかしら。
ちょっとだけ感じる心臓のドキドキを隠しながら、私は静かにドアをノックします。
とんとん
「秋子ですが」
「あ、はーい。空いてます、どうぞ」
「失礼しますね……」
ガチャ。
控えめにドアを開けると、祐一さんは早速机の前に座って、勉強の準備を整えていました。
うんうん、やる気があるのは良いことですね。私まで嬉しくなっちゃいます。
「お待たせしました。はい、どこを教えれば良いんですか?」
「いえ、こちらこそ……まずは、英語なんですけど」
英語なんですか。ううん、あまり自信があるとは言えませんが、とりあえず、見せて戴きましょう。
「ここの訳が、ちょっと」
祐一さんが指で指し示した箇所に目を走らせます。ええと、なになに……? どうやら、現代米国におけるフェミニズムに関する文章の様ですね。最近の高校生は、大変なものを勉強して居るんですね。祐一さんと名雪の苦労を偲びつつ、私はその文章を良く読んでみます。
Forcing an employee to have sex against
her will(which is rape).
ええと、これは――「彼女の意志に反して性行為を強要する(それはレ
にゃにゃー。
はっ、ひっ、ひゃっ、ななな、何ですかこの文章はっ。セクハラ問題ですかっ。こっちの方がよっぽどセクハラですよっ。
「秋子さん、どうしました?」
一人顔を赤らめ、狼狽する私に祐一さんが不思議そうな顔を向けます。あらあら、秋子、しっかり。
こほん。咳払い、ひとつ。
「な、何でも有りません。えっと――ごめんなさい、私には分からないわ」
さすがに……いくら真面目な問題とは言え、ちょっと口には出せない物があります。それを聞いた祐一さんは少し残念そうな顔になると、
「そうですか……じゃ、後で名雪にでも聞きましょうか」
「そっ、それはダメですっ!」
「は?」
あ、いけません。ついつい取り乱してしまいました。誤魔化しましょう。
「あの、他に分からないところはありますか?」
「え、あ、そうですね。じゃあ、歴史なんですが――」
歴史、ですか。それなら、多分、大丈夫ですね。自信もあります。
「ええと……あった」
歴史のノートをめくっていた祐一さんの手が、挟まれたプリントの所で止まります。
「今週の課題なんですが、日本における傍流宗教を調べろ、と言うんですよ」
傍流宗教ですか。最近テレビを賑わせたアレやコレや、沢山有りますね。
「それで俺、これを調べてみたんですが……」
と、祐一さんがノートに書かれた単語を示します。これは、ええと。
真言密教立川流。
……知りません。知りませんよっ。知らないったら知りませんっ。淫邪教立川流なんて、聞いたことも有りませんっ。
ぶんぶんぶんぶん。私は首を激しく振ります。
「秋子さん、どうしたんですか?」
「え、あの、何でも有りません」
もうっ……祐一さん。まさか、わざとこういう部分ばかり選んで居るのでは無いでしょうね。とりあえず、分からないと言うことにしましたが……ううん、困りました。結局私、殆ど何も教えてません。ちょっと気まずくなってきました。
はぁ……あら。気が付くと、段々暑くなってきましたね。暖房がしっかり効いているのでしょう。うっすらと首筋に汗がにじみだしてくるほどです。
「ちょっと、上、脱ぎますね」
私は羽織っていたカーディガンを脱いで、手に持ちました。……もうっ。祐一さん、そんなにまじまじと見つめちゃ、イヤです……。私のパジャマ姿なんか、見ても楽しくないですよ? ぷぅ。
私の非難めいた表情に気づいたのか、慌てて祐一さんは次の教科書を取り出しました。
「じゃ、じゃあ、数学なんですが……」
あら、それなら、大丈夫そうですね。
「積分がちょっと……」
「はい、どこかしら……」
私は身を乗り出して、机の上に広げられた教科書を覗き込みます。
「ここの所なんですが」
えーと……置換積分かしら。
「あら、はい。ここはですね、xの三乗マイナスxをtと置いて……」
ふぅ、ようやく教師役らしいことが出来そうですね。今まで何も出来なかった分、自然と熱意がこもって、一生懸命に教えてしまいます。
「ここはこうして……」
鉛筆をお借りして、要所要所に説明を挟みながら、かしかしと問題を解いてゆきます。
できましたっ。
「……と、言うことです。分かりましたか?」
「…………」
あら? 祐一さんは何故か無言です。あの、あの。ひょっとして、私の教え方が悪かったかしら……不安になって、祐一さんを見ると、その視線はじっと私の方を見ていました。
え?
何を見ているのでしょうか。その視線は、身を乗り出している私の顔の少し下……ゆっくりと祐一さんの視線を追っていくと、ボタンが外れた私のパジャマの奥、ブラジャーに締め付けられて、ふにょん。とした私の胸の谷――
はきゃ。
「きゃあっ!? 祐一さん、どこを見てるんですかっ!」
「うわっ! すすすすすみませんっ!」
もうっ、祐一さんったら。知りません! 祐一さんは顔を赤らめてうつむいてしまいました。そしてその股間には、手で押さえても隠しきれないテントがああいえ違いますっ……私ったらっ、いやぁ。
これじゃ、おあいこ、ですね。うふふ、と私は苦笑いします。
ええと……
「祐一さん、他に教えて欲しい教科は、有りますか?」
「え……あ、はい。そうですね、あとは保健体育……なんですが」
保健体育。
保健体育を教える。
私が、祐一さんに、保健体育を――
「うふふ ほら 祐一さん よく見るのよ」
「すごい こんな風になってたんですね うわぁ」
「見てるだけじゃだめですよ さあ 実際にさわって」
「え あの こ こうですか」
「あッ そうよ いいわ 祐一さん」
……ぽっ。お、思わず、頬が火照ってしまいました。だめよ、こんないやらしいことを考えては。
「あ、あら……保健体育ですか」
私はなるべく正常を保ちつつ、でも少しだけ戸惑いながら返答します。
「ああ、でも、保体は名雪に教えて貰うから、大丈夫ですよ」
あら、そうなんですか。ちょっと残念です。あっ、その、違いますよ、やましい意味じゃありませんよっ。
「名雪の方が、詳しいですからね」
何ですって。
名雪の方が詳しいんですか。
その名雪に教えて貰うと言うことは――
「ほら 祐一 ここだよ」
「お おう」
「あはは がっついちゃだめだよ〜」
「う うるさいっ」
「あ んくゥ」
「そろそろ いいか」
「うん わたしが上になってあげるよ」
まぁ
名雪 あなたはそんな子だったの
さすが私の娘
違います
――妄想がヒートアップしていますね、私。だめよ、だめだめ。しっかりしなくちゃ……
気分を落ち着けて、ふと見ると、祐一さんはごそごそとなにやら分厚い教科書を取り出しました。タイトルは……保健体育、と書かれています。
「ほら、これなんですよ。陸上競技の効果について、と言う項目ですから、名雪の方が」
あらっ。なぁんだ、普通ですね。
うふふ。
変な事を考えちゃって、私、おばかさんでした。そうよね、名雪と祐一さんが、そんなことを考えるわけがありません。
さて――そろそろ、おねむの時間ですね。
「それじゃ祐一さん。後は、何か知りたいことはありますか?」
最後にもう一教科くらい、と祐一さんに尋ねます。すると祐一さんは、
「そうですね――」
と少しの間考えた後、ちょっと思わせぶりな口調で、
「――秋子さんの事が知りたいです」
え
どきどきどきどきどきどき
きゃぁ 祐一さんったら 何を言い出すんですか
胸が 一瞬だけ きゅんってしちゃいましたよぅ
私のことを知りたい、なんて、そんな、そんな――
「俺 俺 もう 秋子さん」
「きゃあ だめよ 祐一さん 私たちは 叔母と甥」
「ダメです 俺 我慢できません」
「いや 服を破かないで 祐一さん 落ち着いて下さい」
「秋子さんのことが もっと もっと 知りたいんです」
「名雪が 名雪が 帰ってきてしまいます」
「はぁ はぁ あああっ秋子さんっ」
「ぁぁ ひぃぃん」
――だめですよぅ……
私はもぢもぢしながら、真っ赤に染まった頬を両手で挟みます。
そのっ、そんなっ、祐一さんっ、ゃです……
「秋子さん、まずはですね……」
ひッ!
ゆらり、と祐一さんが椅子から立ち上がりました。
やぁっ、だめーっ
たたたたたたたっ
私は一目散に祐一さんの部屋から逃げ出しました。
はぁ はぁ 祐一さん ダメよ ダメよ 落ち着いて下さい
そんな 禁断の関係だなんて
ちょっと憧れ 違います違います違いますっ
ああんっ ああー
「ちょっ!? 秋子さんっ、職業とか、あのジャムの材料とかっ、あのーっ!」
祐一さんの声は、混乱しきってる私の耳には届かず、次の日の朝に顔を赤らめた私を見た祐一さんに真相を教えて貰うまで、私は誤解しながら悶々と眠れぬ夜を過ごしました。
ああっ、祐一さん、だめっ、だめぇっ
(終)
管理人より
再び頂いてしまいました。
お約束、秋子さんの妄想が可愛らしくて、
微笑ましく且つ萌え(ぉ
個人的には『はにゅはにゅ』がHIT(ぉぉぉ
F.coolさん、ありがとうございました。