カラン…
ドアに付けられた鈴が鳴り、来客を知らせる。
ゆっくりとドアを開けて入ってきた男は、
やや下を向きながら誰とも目を合わせる事も無く黙ってカウンターに腰掛ける。
「バーボン。ダブルで」
男の最初の言葉だった。
バーテンは何か話し掛けるわけでもなく、
黙ってグラスにアルコールを注ぐ。
受け取ったグラスを傾け、
一気にバーボンを飲み干してから男は語り始めた。
「出来損ないは出来損ない同士仲良く…さ。
俺をこの時代に送ったアイツにとっちゃいい厄介払いだろうさ。
口ではあの出来損ないを助けてやれとか言ってはいるけど、
どうせ大した事出来る訳無い、って思ってるんだろうな」
男は黙ってグラスを突き出した。
バーテンは黙って受け取り、再びバーボンを注ぐ。
「そもそも、ヒトの道具に頼って上手くやろうなんざ、下衆の考える事だろう?
そりゃ泣きつかれれば不憫に思えてくるし、思わず貸しちまうけどよ…
最初は上手く行くんだが、いつも調子に乗って失敗してるんだよ。
しかも何か貸す度にそれだ、学習能力って言葉知ってるのかねえ。
勉強はできない、運動もできない、ルックスが良いわけでも面白いわけでもない。
魅力なんて言葉はどこを探しても出てこないような奴なんだけど、
それでも見限れないんだよな。内面的な魅力でもあるっていうのか?
だいたい、俺が干渉したらマズいんじゃないのか?
俺が手助けするって事は、歴史を捻じ曲げるって事だよ。
それってタブーだと思うんだけどな。
まあ、悪いのは時を行き来できる様にした奴、かもしれないけどな。
―おっと、こんな時間か。
愚痴ばっかりで悪かったな」
男は領収書をくれと言い、
受け取った領収書を一瞥してから
「『セワシ』で頼む」
そう言ってドアに手をかけた。
「お客さん―」
男が出て行こうとしたその時、
初めてバーテンが口を開いた。
「タヌキですか?」
「―馬鹿野郎。
俺は猫だ」
バタン、と勢いよくドアが閉まり、
店内には静かにスロウテンポのジャズが流れていた。