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4.『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「死後世界観(他界観)」

宗教と死後の世界

人間にとって最大の関心事は、“死”と“死後の行方”についてです。大半の宗教では、人間は死んでも消滅することはなく、死後も霊魂としてあの世で存在し続けると教えてきました。では、宗教で言う「あの世(死後の世界)」とは、どのような所なのでしょうか。また「霊魂として存在し続ける」とは、どのようなことなのでしょうか。

多くの宗教では、人間は死後、生前の行為に応じて天国か地獄のいずれかに行くようになると説いてきました。キリスト教では、終末にキリストが再臨し、墓にいた死者が復活して審判を受け、天国に行く者と地獄に行く者に分けられるとしてきました。一方、古代インド思想や仏教では、死後は生前の行いによって、別の輪廻のサイクルの中に生まれることになるとしてきました。輪廻のサイクルの中にいる間、人間は苦しみから逃れられず、輪廻のサイクルを脱けて初めて救われることになると教えてきました。シャカは、救いを得るためには仏法を悟ることが不可欠であると説きました。死後にも生命が存続することを信じる人々にとっての関心事は、“死”そのものよりも死後の行き先や死後の運命です。「自分は果たして、あの世で苦しむことなく幸せに過ごすことができるのだろうか?」と考えるのです。

仏教は本来、この世に生きている人間(生者)が悟りを得るための宗教でしたが、時を経る中で“生者の悟り”という本来の立場を逸脱して、あの世にいる死者を救ったり、死後の自分を救うための宗教になってしまいました。“生者のための宗教”は、“死者のための宗教”に180度変化してしまったのです。日本仏教は、その最たるものです。

現代の知識人の中には、そうした日本仏教の実情を批判したり軽蔑する人がいますが、日本仏教の変遷は、死後の世界への関心を持ち続けずにはいられないという人間の本性から発する当然の帰結と言えます。死後の世界がある以上、“魂”がそれについて知りたいと思うのは当たり前のことなのです。「死後の世界のことなど分かるはずがないのだから、現世の生き方を考えることこそ重要だ」と言っても、人間の心を納得させることはできません。その意味で日本仏教のあり方は、シャカの教えよりも人間の“魂の声”に忠実であると言えます。

シャカの弟子の中に、マールンクヤという青年修行者がいました。あるときマールンクヤがシャカに、死と死後の世界に関する次のような質問をしています。「身体と霊魂は一つのものなのか、それとも別々のものなのか?」「人間は死後も存在するのか、しないのか?」――これに対してシャカは、沈黙して答えませんでした。マールンクヤは答えを知ろうとして何度もシャカに質問しますが、シャカは沈黙を守って答えようとしません。

そしてある日、シャカは有名な“毒矢のたとえ”を語ります。シャカは、「自分が説こうとしてきたのは苦しみからの救いであり、心の安らぎを得るための方法である」とマールンクヤを諌めました。大切なのは死や死後の世界に関する知識ではなく、苦悩を解決するための現実的な智恵(真理)であり、苦しみを取り除くことであるとしたのです。死の問題をあれこれ考えるよりも現実の苦しみを解決することが先決であるとし、結局、マールンクヤの質問に答えることなくやり過ごしました。こうしてシャカは、死や霊魂の存在や死後の世界についての問題を不問に付しこれを“捨置”と言います)、自分のテーマではないとの姿勢を貫きました。

シャカの言い分は、いかにももっともなように聞こえますが、実際には単なる独断論にすぎません。「死の問題」は人間にとって重要なテーマであり、マールンクヤの質問は当然のことなのです。シャカは詭弁を弄して、まっとうな質問自体に価値がないかのように言いくるめようとしました。死や死後の問題には、さほど重要性はないとしたシャカの考え方は間違っています。大きく偏っています。

シャカが説いた内容を現代風に解説するなら、内面的な苦しみを心理療法的に解決しようとするようなものです。神の存在や死後の運命を最初から除外したシャカの主張は宗教とは言えず、単なる心理療法・精神療法に近いものです。シャカが目指した解脱(げだつ)によって得られる“ニルバーナ”とは、結局、地上世界での苦しみの消滅と心の安らぎに他ならず、死後における魂の平安のことではありません。

スピリチュアリズムからすれば、「死後の世界」が実際に存在する以上、シャカの説は重要なものから目をそらし、あえてそれを見ないようにしたところからつくり出された観念論であり、独断論ということになります。もっともシャカ自身も死後は、すぐに霊的世界の現実に直面し、生前の自分の説が真実から大きくかけ離れていたことに気づいたに違いありません。霊界において、地上で自分が説いた教えが、その後さまざまな解釈を生み出すことになった実情を知って心を痛め、恥ずかしいような思いに苛まれたことでしょう。自らが解脱しニルバーナを体験したという説の間違いを、霊界ではっきりと認めることになったはずです。

これまで死や死後の世界について説くことは、もっぱら宗教の役目であるとされてきました。しかし、従来の宗教で説いてきた死後の世界の内容は、空想と何も変わらないものばかりでした。多くの宗教では、生前に悪事を働くと死後は地獄に堕ちて苦しむことになる、罪を裁かれて罰を受けることになる、と教えてきました。死後の世界については、人間が悪事を働かないようにするための教訓として述べられたものがほとんどでした。仏教の説話や地獄絵には、悪人が地獄で苦しむ様子が実にリアルに描かれています。

現代と違って知性もあまり高くなかった時代においては、そうした子供だましの教えにも、それなりの説得力があったと思われます。しかし現代では、従来の宗教によって説かれてきた「死後世界観(他界観)」をまともに信じる人は、ほとんどいなくなってしまいました。

スウェーデンボルグの「死後世界観」

スピリチュアリズムが地上で展開を始めるほぼ1世紀前に、スウェーデンボルグという偉大な霊能者が現れ、「幽体離脱体験」を通して死後の世界の様子を詳細に記しました。スウェーデンボルグには、スピリチュアリズムの先陣として道を切り開くという使命がありました。スウェーデンボルグは人類史上初めて、死後の世界の様子を従来の宗教(キリスト教)とは全く違う形で説きました。それは、宗教の歴史における画期的な出来事と言えます。

スウェーデンボルグは、それまでの宗教では考えられなかった「死生観」と「死後世界観」をもたらすという大きな功績を打ち立てました。しかし、その情報は「幽体離脱」という方法によって得られたもの(地上の人間が「幽体離脱」をした状態で霊界を訪れ、入手した知識)であるため、大きな制約を受けることになりました。入手した霊的情報の中に、従来のキリスト教の思想が色濃く混入することになってしまったのです。その結果、スウェーデンボルグが示した死後の世界の知識には、スピリチュアリズムからすると、とうてい真実とは言えない内容が含まれることになってしまいました。

死後の世界の様子を知るためには、霊界にいる当事者(霊界人)から直接教えてもらうのが最も良い方法です。そうすれば、効率的に多くの情報を集めることができます。スピリチュアリズムでは「霊界通信」によって、霊界人から直接、死と死後の世界に関する情報を入手してきました。霊界通信にはさまざまな問題がともないますが、通信が上手くいったときには「幽体離脱」という方法よりも、はるかに多くの正確な情報を手に入れることができるようになります。こうした意味でスウェーデンボルグとスピリチュアリズムの霊界通信では、情報の質・量・正確さの点で天と地ほどの違いがあります。

スピリチュアリズムは、霊界の高級霊が総動員体制で進めている「地球人類救済計画」です。地上人に死後の世界についての正確な情報を伝え、唯物思想の中で苦しむ人々の魂を救おうとする計画です。スピリチュアリズムの霊界通信の背後には、何十億という高級霊の存在があります。そうした高級霊たちの協力のもとで、「霊界通信」を通して高次元の霊的知識が地上にもたらされたのです。霊界通信によって明らかにされた霊的知識は、スウェーデンボルグのように一人の霊能者によって伝えられた知識とは次元が異なるものなのです。

スピリチュアリズムの登場と、新しい「死後世界観」の提示

19世紀以降、近代科学の隆盛にともない“唯物思想”が台頭してきました。それによって伝統宗教(キリスト教)の影響力は大きく後退し、人々はそれまで宗教が説いてきた「死後世界観」を空想として否定するようになりました。「あの世(死後の世界)などというものは、宗教を信じるお人好しか、知性の乏しい人間の頭の中だけに存在するものだ」と決め付けるようになりました。近代科学や唯物思想によって宗教が抹殺されてしまうかのような風潮が、地球上に広がっていったのです。こうした宗教が危機的状況に置かれていた19世紀の半ばに、スピリチュアリズムが地上世界に登場することになりました。

スピリチュアリズムでは当初、「心霊研究」がさかんに行われ、霊的事実に基づく画期的な「死生観」と「死後世界観」がもたらされることになりました。心霊研究によって実証された「霊魂観」を土台とした、従来の宗教とは全く異なる「死生観」が人類の前に示されることになったのです。

さらにスピリチュアリズムでは、次々と「霊界通信」が演出され、あの世にいる霊から情報がもたらされるようになり、これをもとに死後の世界の真実が明らかにされていきました。それまで宗教が説いてきたような空想的な死後の世界の話ではなく、現地(霊界)の霊からの報告を通して詳細な情報が伝えられることになりました。これによって、地球人類が永い間求め続けてきた「死後の世界」の真相が解明されるようになったのです。それがスピリチュアリズムの「死後世界観」です。

スピリチュアリズムは、霊界人から直接情報を入手することによって、死後の世界に関する知見を飛躍的に高めることになりました。従来の宗教における空想や寓話でしかない幼稚な死後世界観が、知性の高い現代人にも受け入れられる客観的で論理的な死後世界観に変わりました。スピリチュアリズムは、死後の世界の存在を実証し、その様子を霊界通信を通じて明らかにしました。そして“唯物思想”によって駆逐されようとしていた地球上の宗教的要素と人類の魂を救い出す道を開くことになったのです。

スピリチュアリズムの画期的な「死後世界観」

スピリチュアリズムによって、「死後の世界」についての霊的知識・霊的情報が次々と地上にもたらされるようになりました。死後の世界の様子が、まるで地上世界のことのようにリアルに伝えられるようになったのです。それはまさに、地上人と地上の宗教にとって革命的な出来事でした。「霊界通信」を通して死後の世界の真相が明らかにされたことは、死と死後の世界について教えるという宗教本来の役目が、スピリチュアリズムに取って代わられたことを意味します。スピリチュアリズムは宗教に代わって、地上人の“魂”を救う役割を担うことになったのです。

スピリチュアリズムの「霊界通信」によって明らかにされた「死後世界観(他界観)」の内容は、次のようなものです。

  • 霊体と肉体を結ぶシルバーコードが切れる時が“死の瞬間”である
  • 人間は“死”によって肉体を脱ぎ去り、霊体だけになって死後の世界(霊界)で新たな生活を始めるようになる
  • “あの世”と呼ばれてきた死後の世界とは、「霊界」のことである
  • 死の直後に入る霊的世界を「幽界」と言う幽界は「精霊界」や「アストラル界」や「ブルーアイランド」などと呼ばれることもある)。幽界は、本格的な死後の世界である霊界と地上界との中間領域・境界的世界であり、霊界の最下層を指す。他界者はここで、生前の反省をしたり休息を取ったりすることになる。休息にともなって、大半の人間は“死の自覚”を持つようになる
  • 幽界では、思念でつくられた環境の中で、地上時代と同じような生活(地上時代の延長的生活)を送るようになる。幽界の環境が地上とそっくりなのは、そこの住人の思念が環境をつくり出した結果である。人間は死後も地上時代と同様に感情を持ち、思考活動をすることになる
  • 幽界には、自分の死を自覚できない者もいる。そうした者たちはしばらくの間(死を自覚し地上臭を拭い去るまで)、幽界に留まることになる。彼らの中には“地縛霊”となって、地上人に対して悪い働きかけをする者もいる。しかし、これまで伝統宗教で説かれてきた“サタン”や“魔王”といった悪の勢力の支配者は存在しない
  • 幽界は、本格的な死後の世界である霊界に入るための準備の場所である。幽界での生活を通して地上臭を拭い去ると、自動的に霊界に入っていくようになる。特殊なケースとして、地上時代から霊性が高く、霊的世界のことを正しく理解していた人間の場合には、幽界を素通りして初めから霊界に入ることもある
  • 幽界は地上世界とよく似ている点も多いが、全く異なる点もある。例えばお互いのコミュニケーションは以心伝心(テレパシー)でなされ、地上のような言語は用いなくなる。また、思念がそのまま外部に現れるようになる。心の中で願えば、好みの衣服や食べ物・家・持ち物などがそのまま実物として現れるようになる
  • 死後は肉体がないため、幽界では飲食をしたり睡眠をとる必要はなくなる。肉体の重さ・不自由さから解放され、病気の苦痛や疲労などは一切なくなる
  • 幽界では欲しいものは何でも自由に手に入るようになるため、お金は不要となる。地上時代のような、お金を稼ぐための労働も必要はなくなる
  • 幽界での生活を通じて地上臭を拭い去り、「もっと霊的に向上したい!」という思いが湧き上がるようになる。幽界での生活に飽きを覚え嫌気がさすようになると、霊界へ行く準備が整ったことになる。すると、自然な形で霊界に入っていくようになる
  • 霊界には幾つもの界層が存在する。本格的な霊的世界である霊界には、霊格(霊性・霊的成長度)の違いから無数とも言える界層が形成されている。他界者は自分の霊格に相応しい界層に赴き、そこで霊的親和性によって結ばれた霊たちと共同生活を送るようになる。霊界では上下の界層間の交流はなく、同一界層の間だけで交流が行われる。したがって霊界では、霊性の違いによって住み分けがなされることになる。高い界層には霊性レベル(霊的成長度)の高い霊たちが住み、低い界層には霊性レベルの低い霊たちが住むようになる。高い界層ほど素晴らしい環境となり、天国・楽園のような様相となる
  • 霊界の低い界層の住人は、高い界層の住人が輝きに満ちた美しい環境の中で幸せに過ごしていることを知っている。そのため「自分も一刻も早くそこに行きたい!」と願うようになる
  • 霊界にも仕事はあるが、それはすべて利他愛の実践・他者への奉仕活動として行われている。霊界での仕事は純粋な利他愛の精神によるものであり、霊たちはその利他的行為を通じて霊的成長を達成していくことになる。この意味で、霊界での仕事は霊的成長にとって不可欠なものと言える。霊界での仕事は完全な適材適所のもとで行われており、誰にとっても喜びとなっている。皆が生き生きと奉仕の仕事に専念しており、一人として不平を言う者はいない

以上が、スピリチュアリズムの霊界通信を通して明らかにされた「死後世界観」のポイントです。従来の宗教の死後世界観と比べて、その違いは一目瞭然です。宗教によって説かれてきた死後世界観が、いかに幼稚で子供だましのものであるかが実感されます。スピリチュアリズムの「死後世界観」は、きわめて論理的であり、普通の理性の持ち主なら、たとえ宗教が嫌いな人間であっても矛盾なく受け入れることができます。

スピリチュアリズムは、死後の世界の存在を実証するだけでなく、これまでベールに包まれてきた死後の世界の様子を実にリアルな形で人々に示しました。死後の世界について初めて詳細に描き出し、そこが決して恐ろしい所ではないことを明らかにしたのです。スピリチュアリズムの「死後世界観」によって、地上人類は死の恐怖から救われ、人々の考え方や生き方に根本的な変革が生じることになりました。人類は、唯物的な考え方やそれに基づく生き方から完全に解放されることになりました。死後の世界の実情を知った多くの人々は、それまでの宗教を捨て去り、真実の霊的知識のもとで新しく生まれ変わることになったのです。

このようにスピリチュアリズムの霊界通信は、従来の宗教にはない画期的な霊的知識を地上にもたらし、多くの人々の“魂”を救うことになりました。それは人類史上、最大の“宗教革命”とも言える出来事です。

シルバーバーチによってもたらされた、さらなる画期的な「死後世界観」

『シルバーバーチの霊訓』は、スピリチュアリズムが地上で展開を始めてから半世紀以上を経た20世紀前半に登場しました。『シルバーバーチの霊訓』は、それまでさまざまな霊界通信を通じて地上にもたらされてきたスピリチュアリズムの「死後世界観」を大きくレベルアップさせ、それを完成させました。スピリチュアリズムの死後世界観の不備な点を補強し、修正を加えて集大成し、霊界の実情を詳細に解き明かしました。さらにそれだけにとどまらず「摂理」の観点から説明することによって、死後の世界について、より本質的・包括的に理解する道を示しました。

スピリチュアリズムの「死後世界観」は確かに画期的なものでしたが、その内容の大半は、それまで地上人が知ることのなかった死後の世界の様子・霊界の実情を明らかにするというところに重点が置かれていました。それに対してシルバーバーチは、霊界全体を支配する「摂理(法則)」の観点から霊界の本質と意義を解き明かしました。単に霊界の様子(外観)を説明するだけでなく、霊界を貫きこれを支配している「摂理」を中心として霊界全体を俯瞰し、死後の世界の真実を明らかにしたのです。こうしてシルバーバーチは、それまでのスピリチュアリズムの死後世界観にはなかった、さらに画期的な「死後世界観」を地上にもたらすことになりました。

シルバーバーチが「神の摂理(法則)」の観点から示した内容は、他の霊界通信にはない、まさに画期的で独自の「死後世界観(他界観)」と言えます。そのポイントを整理すると次のようになります。

シルバーバーチの「死後世界観」の特色【1】……
霊界がメインの世界で、地上界は仮の世界である

これまで、スピリチュアリストも含めて死後の世界の存在を信じる人間は、霊界を地上人生の後に待ち受ける世界として“あの世”と考えてきました。地上世界を“この世”と呼び、死後の世界(霊界)をこの世から離れた世界という意味で“あの世”と呼んできました。霊的なものを信じる人の多くは、人間は肉体が主(メイン)で霊は付属物(サブ)だと思っていますが、それと同様に霊界を地上界の付属的世界のように捉えてきたのです。

地上という物質世界に住み、肉体をまとって生きている地上人は、すべての事柄を地上を中心として考えます。それは、死後の世界(霊界)の存在を信じる人間も同じです。これまで地上では、宗教者も霊能者も皆、地上がメインで霊界は地上のサブ的世界だと考え、常に霊界より地上界にウエイトを置いてきました。また、多くの霊界通信も地上人の実情に合わせて、霊界を地上界の延長上にある世界として描いてきました。しかしシルバーバーチは、従来のそうした常識的な見方を根底から覆したのです。

シルバーバーチは、地上界の位置づけをこれまでとは逆転させ、霊界の下に置きました。そして、地上は霊界の影のような世界であり、「霊的存在」である人間が一時的に住む仮の生活場所であるとしました。「地上は、旅行者が旅先で一時的に逗留する宿のような所である」と述べ、地上界を霊界のサブ的世界と位置づけし、これまでの見解を180度逆転させたのです。地上は人間が霊的成長をなすうえで重要な意味を持っていますが、霊的成長のプロセスにおいてメインとなるのは、どこまでも霊界での生活です。

霊界がメインで地上がサブ的世界であることは、さまざまな事実によって証明されます。例えば、霊界での人生が永遠であるのに対して、地上人生は長くてもせいぜい100年ほどにすぎません。また、霊体は霊界での永遠の生活に対応するように造られていますが、肉体は永遠に存続するようには造られていません。シルバーバーチは、霊界こそが人間にとって本来の住処であり、地上世界は霊界での生活のための準備の場所・一時的な場所にすぎないことを繰り返し述べています。霊界と地上界の従来の立場を逆転させ、すべてを霊界から見下ろすというスタンスに徹しています。

このようにシルバーバーチが、地上界に対して霊界が上位の世界・本来の世界であることを強調しているのは、地上人に「霊的視野」を身につけてほしいと願っているからです。物質世界に住みつつも、自分自身と地上での出来事を霊的視野を持って眺め、地上人生において遭遇する苦しみや困難に雄々しく立ち向かってほしいとの強い思いがあるからです。

人間は、霊的視点に立って自分自身と地上での出来事を達観するとき、地上に居ながら霊界人と同じような生き方が可能となります。永遠の霊的生命を与えられた者(霊的存在)としての本来の生き方ができるようになります。物質世界にあっても「神の摂理」と一致し、霊的成長の道を歩むことができるようになるのです。

シルバーバーチは、地上人に根本的な意識の転換を促すために、霊界が主(メイン)で地上界が従(サブ)であることを強調しているのです。こうした姿勢は、他の霊界通信には見られません。霊界の様子を詳細に述べている通信はあっても、霊界が地上よりもすべての点で上位の世界であることを繰り返し説いているのは、『シルバーバーチの霊訓』以外にはありません。

地上人はこれまで、地上がメインの世界だと考えてきました。シルバーバーチは、そうした地上人の意識を根底から変化させることを意図して、霊界の真実を説いているのです。「霊的視野を身につけ、地上人生において確実に霊的成長を果たしてほしい」という強い願いを持って訴えているのです。地上人が霊界の様子を知ることは大切ですが、地上人生のすべてを「霊的成長」と関連づけて理解することは、さらに重要です。地上人が力強く霊的成長の道を歩むためには、「霊的視野」を持って地上人生を送ることが不可欠なのです。地上界が霊界のサブ的世界であることをしっかりと理解していなければ、限られた地上人生を霊的成長の期間とすることはできません。

シルバーバーチが霊界と地上界を対比させ、これまでにないような形で霊界の立場を上位に置いているのは、こうした深い理由があるからなのです。

シルバーバーチの「死後世界観」の特色【2】……
霊界のすべての出来事は、「霊的成長」という一点に集約される

シルバーバーチは、霊界の様子を詳細に説明し、他の霊界通信では伝えることができなかった数々の事実を明らかにしています。『シルバーバーチの霊訓』ほど、多くの霊界の情報を地上にもたらした通信はありません。しかし『シルバーバーチの霊訓』の真骨頂は、それだけではないのです。シルバーバーチによる死後の世界についての膨大な情報は、すべて「霊的成長」という「神の摂理」を中心軸として説かれており、その点にこそ『シルバーバーチの霊訓』の卓越性があるのです。

地上世界を理解しようとするとき、何に焦点を絞るかによって、さまざまな理解の仕方が可能となります。政治を中心として地上世界を理解しようとする人もいれば、宗教を中心として理解しようとする人もいます。また、経済や科学技術や文明を中心として理解しようとする人もいます。そして何を中心に置くかによって、それぞれ異なる地上世界像ができ上がります。

霊界についても同じことが言えます。シルバーバーチは、地上人に霊界の事実を理解させるために「霊的成長」に焦点を絞って述べています。「霊的成長」を中心軸として霊界全体を眺めるとき、霊界のすべての事象や出来事の本質が、より深く理解できるようになります。シルバーバーチは、「霊的成長」という観点から霊界を理解する方法を私たちに教えてくれました。霊界の本質を理解するキーワードは「霊的成長」です。「霊的成長」を中心軸とした理解によって初めて、霊界の全体像を包括的に把握することが可能となるのです。

人間をはじめとする神の被造物は、永遠に進化をする存在として造られました。「神の摂理」の支配のもとで、人間は永遠に霊的成長の道をたどる運命を与えられました。私たちが地上に誕生してきたのも「霊的成長」をなすためです。したがって私たち人間は、霊的成長を促す生き方をしないかぎり、地上に生まれてきた意味がないということになります。人間にとって正しい生き方とは、「霊的成長」にプラスとなる生き方のことに他なりません。

霊界で生きる目的も「霊的成長」です。霊界には多くの界層がありますが、それは一人一人の霊的成長レベルが異なるからです。また、人間が地上人生を終えて霊界に入ったとき、そこでの順応期間が人によってさまざまなのは、地上で培った霊的成長の度合いに違いがあるからです。大半の人間は死後、幽界に留まることになりますが、それは地上生活の間に十分な霊的成長をなしてこなかったからです。

霊界では誰もが仕事に携わりますが、霊界での仕事はすべて自分と他者の「霊的成長」のために行われます。また、地上への再生もすべて「霊的成長」を目的としています。地上人の多くが「前世のカルマ」を償うために地上へ再生してきました。カルマとは「神の摂理」に反した行為のことであり、それは「霊的成長」のプロセスを妨げます。そのため「カルマ」の解消を願い、地上での苦しみの体験を求めて再生してくるのです。

このように霊界においても地上界においても、あらゆる事柄が「霊的成長」という一点に集約され、「霊的成長」を中心軸としてすべてが展開していくようになります。「霊的成長」について理解することは、霊界の本質を理解することであり、人間の本当の姿を知ることです。「霊的成長」という観点から物事を眺めることは、実にシンプルでありながら、最も本質的な理解を可能にする方法なのです。

神が創造された霊界と地上世界は、「霊的成長至上主義」という摂理によって支配されています。シルバーバーチは、「霊的成長至上主義」について繰り返し述べています。霊界の様子やそこでの出来事を、すべて霊的成長という観点から整理し、霊界の本質を明らかにしています。そこには「地上人が常に霊的視点に立ち、霊的成長をなすような生き方をしてほしい」というシルバーバーチの強い思いがあるのです。人々が霊的成長の重要性を真に理解するようになったとき、「地球人類の魂を救う」というスピリチュアリズムの目的の一つが果たされたことになります。

『シルバーバーチの霊訓』は、霊界についての画期的な理解の仕方を地上人に教えています。シルバーバーチは、霊界の複雑な諸現象の根底に「霊的成長」という摂理があることを説き、すべてが「霊的成長」を中心に展開しているという霊界の事実を明らかにしました。霊界に対する包括的で最も深い理解の仕方を示してくれたのです。

シルバーバーチの「死後世界観」の特色【3】……
スピリチュアリズムの「死後世界観」の間違いを訂正し、“界層”についての真相を説く

多くの霊界通信によって形成されたスピリチュアリズムの「死後世界観」は、霊的事実に基づく画期的なものでしたが、そこには部分的な間違いもありました。その間違いの一つが“界層”についての見解です。

霊界は複数の界層から成り立っているという見解は、スピリチュアリズムの「死後世界観」の重要なポイントです。それはスウェーデンボルグにも見られ、彼は死後の世界を大きく3つに分けています。死後、まず赴くことになる世界を“精霊界”とし、次に入っていく世界を“天界”と“地獄界”としています。さらに“天界”と“地獄界”を細分化して、複数の界層を想定しています。一方、スウェーデンボルグに先立ってルネサンス期に登場したダンテの『神曲』の中にも、寓話的ではあっても、死後の世界がいくつかの界層から成り立っているかのような叙述が見られます。大乗仏教では、死後の世界には極楽浄土やさまざまな地獄界があるとしており、これらもある種の界層と言えるかもしれません。

スピリチュアリズムの登場後、ほどなくしてブラヴァッキーが現れ、“神智学”という神秘主義思想を唱導することになりました。神智学では、神が造った世界には地上界と6つの界層からなる死後の世界が存在するとし、宇宙は全部で7つの世界(界層)から成り立っていると説きました。この神智学の“七世界説”は、古代インド思想をもとに、当時のキリスト教社会に流行していた思想的要素を導入してつくり上げたものです。神智学の死後世界観は、一見すると非常に論理的であるため、当時の人々の間で大流行しました。そして多くのスピリチュアリストもその影響を受け、宇宙は死後の世界を含めて7つの界層から成り立っていると信じられるようになりました。その後、今日に至るまでスピリチュアリズムは、神智学の死後世界観の影響を受け続けることになりました。

現在のスピリチュアリストの中にも、神智学の“七世界説”をそのまま信じている人々がいます。また神智学とは別に、死後の世界を4つの界層からなるとする説や、3つの界層からなるとする説など、さまざまな見解が入り乱れています。

こうした「死後の世界は複数の界層から成り立っている」とする説では、人間の側にもそれに対応する複数の身体が備わっていると考えるのが普通です。「地上人の霊的身体は、霊界の界層に相当する数だけある」と言うのです。人間は複数の霊的身体を持ち、それぞれの界層に相応しい霊的身体で生活を送ることになるとする説は、これまでスピリチュアリズムの内部でも常識とされてきました。そして現在でも、それを事実であると信じている多くのスピリチュアリストたちがいます。

結論を言えば、“複数界層説”と“複数霊体説”は霊的事実とは一致しません。この説はいかにも論理的に映りますが、霊的事実に照らしてみると間違っています。全面的に間違っているとは言えないまでも、正しくはありません。『シルバーバーチの霊訓』は、それまでスピリチュアリストたちの間で常識とされてきた考え方(複数界層説・複数霊体説)を根本から覆すことになりました。

スピリチュアリズムがこうした間違った死後世界観の影響を受けてしまった原因としては、神智学の存在の他に「霊界通信によって間違った情報が送られてきた」という理由が挙げられます。霊界通信を送ってきた霊の中には、“複数界層説”を霊界の事実であるかのように語る霊もいたのです。霊格の低い霊は、霊界には界層があることは分かっていても、その実態を詳しく知る立場にはありません。そうした霊からの通信が多かったため、“複数界層説”が事実として受け入れられるようになってしまったのです。

『シルバーバーチの霊訓』は、スピリチュアリストが陥ってきた複数界層説の間違いを指摘し、正しい見解を示しました。シルバーバーチは――「霊の世界(霊界・死後の世界)は1つだけであり、その中に霊的進化の程度に応じた無数の界層がある」と述べています。そして「界層とは、地上人が想像するような地理的に区分された領域・境界線で区切られた領域ではなく、上の界とすぐ下の界はつながっている」と説明しています。

霊界は、高い界層から低い界層へと途切れることなくグラデーション的につながっており、霊界全体が一つに融合しているということです。そして霊たちは霊性レベルの向上にともなって、より高い界層へと上っていくようになります。シルバーバーチは、霊界にはこれまで言われてきたような一定数の界層があるのではなく、そこに住む霊たちの霊的成長度の違いに応じて無限の界層が存在することを明らかにしたのです。

(質問)――この世を去ったあとたどる7つの界層についてご説明願えませんか。(中略)

「まず最初にお断りしますが、私はその“7つの界”とやらを知りません。第1から第7まで番号のついた界というものを私は知りません。私が知っているのは、たった一つの界があって、それが無限の階梯をなしているということです。霊性が高まれば、自動的に次の境涯へと進化していきます。そういう過程が永遠に続くのです。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.51〜52

「霊の世界は進化の階梯を上昇しながら、上下の界が互いに融合しあっているのでして、平面上の地理によって区分けされているのではありません。霊性が開発され、魂が向上するにつれて、より高い界層へと適応するようになり、自動的にその界に所属するようになります。こうしたことは完璧な摂理の完璧な働きの結果です。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.40

こうしてシルバーバーチは、それまで常識とされてきた“界層”についての考え方を大きく変えることになりました。それによってスピリチュアリズムの「死後世界観」は、飛躍的に進展することになったのです。