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1.肉主霊従との闘い(苦しみに負けないように踏んばる闘い)――醜い自分の心と闘って霊主肉従にする――

物質欲の誘惑に負けないために(金銭・財産)

物的なものは、いかに高価なものであっても、まったくチャチなものです。

『シルバーバーチは語る』p.59

金儲けにうつつを抜かすと、そちらの世界では金持ちと言われても、こちらの世界では哀れな貧しい魂になってしまいます。

『シルバーバーチは語る』p.83

束の間の地上的な喜びと恒久的な霊的価値とを混同してはなりません。地上的な喜びは安ピカで一時のものにすぎません。

『シルバーバーチは語る』p.88

物的なものだけに目を奪われている者は大きな過ちを犯しております。幻影を追いかけ、永遠の実在を忘れているからです。

『シルバーバーチは語る』p.94

霊は物質に優ります。霊が王様(キング)で物質は従僕(サーバント)です。霊はすべてに優ります。

『シルバーバーチは語る』p.124

贅を尽くした安楽の日々を送っている人を見て、羨ましがることはありません。その行く先には過酷な人生が待ち受けているのです。

『シルバーバーチは語る』p.207

俗世的なものはいずれ消滅するのです。束の間のものは、しょせん束の間の存在でしかありません。しかし、霊的実在は永遠です。移ろいやすい物的所有物を絶対と思い込んでいる人は、影を追い求めているようなものです。霊的真理を求めている人は、真に自分の所有物となるものを授かりつつある人です。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.37

本当の価値の尺度は霊的成長度です。それは、その人の生活、日常の行為・言動によって自ら成就していくもので、それがすべてであり、それしかないのです。お金で徳は買えません。お金で霊的成長は買えません。お金で霊格は高められません。

『地上人類への最高の福音』p.246

この世的な富を蓄積していると、それなりの代価を支払わされます。つまり地上的なものに心を奪われて、その分だけ霊としての義務を怠れば、地上的な富は増えても、こちらの世界へ来てみると、自分がいかにみすぼらしいかを思い知らされます。

『霊的新時代の到来』p.65

物的なものはそのうち色あせて朽ち果てますが、霊的なものは永遠であり、いつまでも残り続けます。物質の上に築かれたものは永続きしません。物質は殻であり、入れ物にすぎず、実体ではないからです。

『霊的新時代の到来』p.255


名誉欲・自己顕示欲・権勢欲に負けないために(名声・地位・権力)

地上界で大人物と言われた人が霊界でも大人物と言われるわけではありません。こちらの世界での偉大さは魂の偉大さ、霊性の高さ、サービス精神の大きさで計られます。

『シルバーバーチは語る』p.95

そこ(霊界)では地上時代の地位や肩書きといった飾りものが全て剥ぎ取られ、魂はその有りのままの姿を衆目にさらされ、長所と短所が一目瞭然となります。(中略)金持ちも貧乏人もいません。いるとすれば霊性の豊かな人と貧弱な人だけです。強者も弱者もいません。いるとすれば霊的に強い人と弱い人だけです。

『シルバーバーチは語る』p.164

地上で授かったラベル(名誉ある地位や肩書き)は霊界では通用しません。(中略)大切なのはただ1つ――日常生活でどれだけ大霊の資質を発現させたか、それだけです。

『シルバーバーチは語る』p.177〜178

階級・肩書き・職業・肌の色――こんなものが大霊を前にして何の意味がありましょう。真に誇れるもの、真の気高さは魂にかかわるもの、霊にかかわるもの、精神にかかわるものです。それこそが永遠の実在なのです。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.99

一時的に権力を握ったところで、そんなものは霊的実在の前では物の数ではありません。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.169

本当の高名は魂の偉大さが生むものです。それ以外に判断の基準はありません。

『地上人類への最高の福音』p.53

世間でいう“成功者”になるかならないかは、どうでもよいことです。この世的な成功によって手にいれたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。

『地上人類への最高の福音』p.107

偉大さの尺度は奉仕的精神の度合にあります。いただくものが多いから偉大なのではなく、与えるものが多いから偉大なのです。

『地上人類への最高の福音』p.207

他のすべてのものが忘れ去られ、剥(は)ぎ取られ、財産が失われ、権力が朽(く)ち、地位も生まれも効力を失い、宗教的教義が灰に帰したあとも、無私の人生によって培われた性格だけはいつまでも残り続けます。

『地上人類への最高の福音』p.225

残念ながら地上世界は、今なお物質万能主義の悪弊から脱け切れずにいます。すべてを金銭的感覚で捉えようとします。財産の多い人ほど偉い人と見なします。人間性ではなく財産と地位と肩書きと家柄によってランクづけします。実際には全く永続性のないものばかりです。虚飾にすぎません。実在ではないのです。

『地上人類への最高の福音』p.246

本当の価値の尺度は霊的成長度です。それは、その人の生活、日常の行為・言動によって、みずから成就していくもので、それがすべてであり、それしかないのです。お金で徳は買えません。お金で霊的成長は買えません。お金で霊格は高められません。

『地上人類への最高の福音』p.246


本能の力に流されないために(食欲・性欲)

人間各自の内面では常に“人間臭いもの”と“神性を帯びたもの”との間で葛藤があります。後者が勝てば大霊と一体となった喜悦を味わいますが、前者が勝った時は味気なさを味わいます。

『シルバーバーチは語る』p.135

やりたい放題の人生を送り、夢まぼろしの幸せを追い求めている魂は、いつかは実在を学ぶために過酷な体験をさせられる時がまいります。

『シルバーバーチは語る』p.206〜207

人間には大霊が宿っておりますが、身体的進化の途上で通過した動物的段階の名残も宿しています。人間の向上進化というのは取りも直さずその動物性を抑え大霊(神性)を発揮できるようになることです。

『シルバーバーチは語る』p.297

人間には自由意志と善悪を判断する道義心(良心)が与えられています。避妊の問題も最後は『動機は何か』に帰着します。『なぜ避妊するのか』――これをじっくり反芻(はんすう)してみることです。大切なのは動機です。それ以外にはありません。(中略)明確にしておかねばならないのは、性的快楽のみを求め、子供は邪魔だという考えから避妊するのは、私は賛成しないということです。動機が下卑(げび)た利己主義だからです。

『シルバーバーチは語る』p.412〜413

人間は本質的に二重の要素をそなえているのです。動物時代の本能の名残りと神の分霊とがあって、それがあなたの存在の中で常に葛藤しており、そして、そのいずれかを選ぶ自由意志を持つあなたがいるわけです。そこに進化の要素があるのです。あなたとしてはなるべく動物性を抑え、潜在する神性を発揮する方向で努力しないといけません。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』p.46

精神的にも霊的にも自己を厳しく修養し、生活のすべての側面を折目正しく規制し、自分は本来は霊であるという意識をもって、行動のすべてに霊の優位性を反映させなさい。霊の優位性の自覚にもとづく修養的生活――これが最高の生き方です。

『地上人類への最高の福音』p.243

私は決して肉体ならびにその必需品を疎かにしてよろしいと言っているのではありません。肉体は霊の大切な道具ではありませんか。肉体的本性が要求するものを無視するように、と勧めているのではありません。一人でも多くの人に、正しい視野をもっていただき、自分自身の本当の姿を見つめるようになっていただきたいのです。自分というものを肉体だけの存在、あるいは、せいぜい、霊をそなえた肉体だと思い込んでいる人が、まだまだ多すぎます。本当は肉体をそなえた霊的存在なのです。

『霊的新時代の到来』p.198


この世的な幸せだけに心を奪われないために(家庭・結婚)

家族的情愛や恋愛が間違っていると言っているのではありません。外へ向けてのより広い愛のほうが上だと言っているのです。排他性の内向的愛よりも発展性の外向的愛の方が上です。いかなる資質にも上等のものと下等のもの、明るい面と暗い面とがあるものです。

『シルバーバーチの霊訓(1)』(潮文社)p.145

家族的な愛は往々にして排他性を帯びます。いわゆる血のつながりによる結びつきです。それは進化の過程における動物的段階の名残りである防衛本能によって支配されていることがよくあります。

『シルバーバーチの霊訓(1)』(潮文社)p.145〜146

私は、同じ愛でも、家族的な絆に根ざした愛よりも、奉仕的精神に根ざした愛の方がはるかに尊いと信じている者の一人です。奉仕的精神から発動した愛の方がはるかに偉大です。

『シルバーバーチの霊訓(7)』(潮文社)p.110